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施術家はカリスマじゃないとダメですか?第一話

高校卒業後、6年間の猛勉強の末、柔道整復師と鍼灸師という国家資格を取得。
憧れの施術家デビューを果たした楓。
不妊専門鍼灸院でキャリアを積んで、後々は自分の院も持ちたいと夢憧れる日々を過す。
しかし、資格取得から3年目の夏。
彼女が務める鍼灸院が突然倒産。
いきなり無職で放り出された彼女。
開業するには知識も技術も未熟で自信がない。
そこで、転職活動を開始。
同時に個人開業されている先輩達の元を尋ね、自分らしい’施術家像’を模索することに。
施術家の先生になって3年目の夏。
これまで若さだけで突っ走ってきた人生の糸が、急にぷつりと切れた時。
彼女は多くの出会いの中で何を学ぶのか。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

「あー、朝日が辛い。」
いつものように目が覚めて、カーテンの隙間からもれる日光をおもわず睨んでしまう。

仕事柄、自分の体調には敏感だ。
首の動きの悪さ、手首の硬さ、足の冷え。

「医者の不養生だな。医者じゃないけど。」
誰もいない部屋でぶつぶつ独り言を言ってしまう。
’おしゃべり楓ちゃん’というあだな通りの癖。

整骨院の先生になれる柔道整復師。
鍼灸師と一般的には言うけれど、正しくははり師、きゅう師の国家資格を取って、早くも3年目。
365個のツボ。
206個の骨。
生理学、病理学、東洋医学、学、学、学、学だらけの勉強漬けの6年間を経て、やっと施術家の先生になって早3年。

私は今、不妊専門鍼灸院で働いている。

朝は6時に起床。
7時には出社し、オープンの準備。
清潔感のある個室仕様の院内には、すこしお灸のこげくさい香り。
私はこの香りが好きだ。

壁には、ご懐妊された患者様たちと大先生のツーショット写真が額に入れて飾っている。
この額もほこりがたまらないよう毎日拭き掃除を怠らない。

院は朝8時から夜10時まで。

「多くの患者様がお仕事をされているので、仕事前や仕事後でも対応出来るように長い時間開院している。」

説明会で大先生が話していた姿を思い出す。

’難しい不妊施術を専門にされ、さらに患者様に寄り添う姿勢が素晴らしい!’
感動して、その後すぐに就職希望を出したあの日が懐かしい。

院には、
受付スタッフ3名。
施術スタッフ3名。
総院長(大先生)。
合計7名がいる。

その中で、3年目の私は既に中堅ポジションになっている。
驚くほど人が辞めていくからだ。

実は先週も、慕っていた5才年上の先輩。
五条副院長が院を去って行かれた。

ご自身の院をご実家近くで開業するため。

おめでたいことだけれど、五条先輩が居なくて、院は大丈夫なのかと不安に襲われた。

というのも、大先生は週に一度院に顔を出す程度で、今はほぼ施術をされていない。
実際患者様の施術を担当するのは施術スタッフのみ。

そんな状態でも患者様に施術が出来るのは、
入社1年目にたたき込まれる施術マニュアル、接客マニュアル、クレーム対応マニュアルがあるから。

入社一年目は、朝から晩まで研修と言う名のマニュアル詰め込みの日々だった。
休み時間はマニュアルテストか、施術テスト。
休日は、院内で施術研修勉強会か、大先生オススメの外部勉強会への参加が暗黙のルールだった。

入社一年目、自由な時間はほぼなかった。

それでも、これは立派な施術家になるための修行期間だと考え、がむしゃらに頑張った。

色んな先生のお話や、施術を目の当たりにするのは刺激的でスキルアップを実感出来、やりがいも感じていた。

同期入社の桜ちゃんは、入社半年で去って行った。
捨て台詞は「やってられっか。」

可愛い小顔のトイプードルみたいな桜ちゃんが、
ヤンキーのような形相で言った捨て台詞は私の心に深く刻まれた。

それでも私は修行に取り組んだ。

自分の時間は後々好きなだけ取れる。
今技術と知識をたたき込んで、患者様に本当に喜ばれる施術家になる。

そう!SNSとかで有名なカリスマ先生みたいな人になれたらいいな。
きっとそんな方々は沢山勉強して、たくさん修行してきたはずだから。

そう言い聞かせて、一年がむしゃらに頑張った。

そして本格的に施術デビューを果たした2年目。
現実の壁が待っていた。
実際の施術は、マニュアル通りではうまくいかないことの方が多い。

分からない、不安、自信がない。

それらが手を通して患者様に伝わるのが何より怖かった。

そこから更に自分の時間を削って勉強した。
休みになれば研修会にも積極的に参加した。

不妊だけでなく、様々な分野の施術にも触れ、自分の引き出しを増やすことにやっきになっていた。

そして3年目。

新人の頃からいつでも側に居て、
分からない事はなんでも答えをくれていた五条先生が院からいなくなってしまった。

今度は私は入社1年目の修太郎くんのアドバイザーになった。
修太郎くんは、真面目だけど頑固。
意見を聞くのは尊敬する人からのみと自分で言ってしまうタイプ。

そんな修太郎くんに私は何を教えられるのだろう。

そしてもう一人の施術家は、五条先生と同期の飯塚誠先輩。
誠先輩は、我が道を行くタイプ。
群れを嫌うオーラがすごくて、質問するのにはかなりのエネルギーを消費する。

飯塚先輩。
修太郎くん。
そして私。

この3人が、施術プレーヤーだ。

うまくいく気がまったくしない。

いままで笑顔と人柄と懐の大きさで五条先輩が包んでくれていた調和が、
見事に破壊されていく。

五条先輩が去って1週間。

その日は突然やってきた。

朝10時。
早朝の患者様達への施術が一段落ついたとき、予告無しに大先生がやってきた。

そしてスタッフを集めてこう言ったのだ。

「みんないつもありがとう!実は院の経営はおもわしくない。
そこで、この院は廃業することにしました。
3ヶ月後の院を閉めるので、おのおの次の働き先を見つけてね。
いままでありがとう。
あっ、お客様にはまだ内緒ね。」

目を丸くするとはよく言ったものだ。
あまりに突然で、何も考えられなくなった。
毎日来るべき勤務先が3ヶ月後なくなる。
私は次を見つけなければならない。

次?
次ってなんだ。

その時院の扉が開いた。
反射的に出た言葉は
「こんにちは!!○○さん、お待ちしてました。」

患者様を迎える挨拶は思考がフリーズしていても出来るんだな。

とりあえず、今は目の前の患者様に集中することにした。

問題を先送りするのも、’おしゃべる楓ちゃん’の悪い癖。


https://note.com/karada_kenkou/n/n33ef3a068426



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