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施術家はカリスマじゃないとダメですか?第四話

「いただきます。」

目の前には母の作ったカレーがある。

「家族揃って食事なんて久しぶりねー!」
相変わらずご機嫌な母の声。

母の横で、’カレーは冷める前に食べるに限る。’という信念の父がカレーを頬張る。

父と母の会話は、1対9だ。
おしゃべり楓ちゃんの血は母からの遺伝だろう。

平和な土曜日の夕飯。
黙々とカレーを食べながら、私は改めて家族に感謝していた。

連休の2日目の昼下がり。
私は普段しないオシャレをして、高級ホテルのフロントに居た。
どう考えても場違いだ。

久しぶりに着たワンピースは、ひらひらして落ち着かない。
外の暑さでかいた汗がシミになっていないかヒヤヒヤする。
海外からの旅行者は、ジーパン、Tシャツも普通だ。

「もっと気軽な格好が良かったかも。」

大きな鏡に映る自分を見て、恥ずかしさでもじもじしてしまう。

「楓ちゃん!お待たせ!」
振り返ると相変わらず美人の彼女がそこに居た。

「久しぶり!卒業以来だから3年ぶり?
今日はここまでありがとう!」
キレイにまとめ上げられた髪、
つるつるのお肌。
ばっちり二重に、
コロンなのか?香りまで美人。

彼女は鍼灸専門学校で同期だった千尋さん。
年齢は確か39歳。

「行きましょう。」
スマートにエスコートされて、ホテルの中のカフェに向かう。

このホテルは彼女の現在の職場。
ホテルスパでのセラピストが彼女の仕事なのだ。

「ごめんなさいね、ここまで足を運ばせちゃって。
どうしても今日はこの時間しか空いて無くて。」

「とんでもない!
私が急に会いたいって言ったのに、時間取ってくれてありがとう。」

お互い頼んだルイボスティーはキレイな色をしていた。

千尋さんは、元々化粧品メーカーの研究開発をしていた。
結婚を機に、手に職をつけたいと専門学校に入学された。
鍼灸の専門学校は、10代は少なく、30代や40代が多かった。
皆さん、何かしらお仕事をしていたが、それぞれ理由があり再び学び舎に戻ってきた人たち。

鍼灸の専門学生時代は、そんな本気な大人たちに囲まれていた。
多分、人生で一番勉強した3年間じゃないかなと思う。

千尋さんは、そんな本気の大人の中でも群を抜いて優秀だった。
国家試験は5問しか間違えなかったという伝説を残し、
卒業式では、その優秀さが認められ大きなトロフィーが授与されていた。
千尋さんが、その顔より大きいトロフィーを持って、
はにかんだ笑顔が忘れられない。

千尋さんは常に謙虚だった。
どれだけ優秀な成績を収めても、’私はまだまだ’という彼女。

’千尋さんがまだまだだったら、私はもっとだ!’
私が怠けず取り組めたのは千尋さんの影響が大きい。

卒業後の進路として千尋さんが選んだのは、高級ホテルのホテルスパ。
多くの生徒が一般的な鍼灸院や整骨院を選ぶ中で特殊な就職先だった。

美容鍼灸や、専門性の強い治療院からも就職のお声はあったようだけど、ホテルスパを選んだ千尋さん。

新しい職場を探す中で、自分の固定概念に囚われないようにしたいと、まずは千尋さんの話を聞いてみたいと思った。


「そうなんだ。突然院が閉まるってなったら動揺するよね。大変だね楓ちゃん。」

「ありがとう。でも、前向きに考えるようにしてて。今度は自分らしく働けるというか、自分がしたかったことをしっかり考えて、就職するにしても、開業を目指すにしても行動していきたいなと思ってるの。」

そう話す私の手を、千尋さんは握ってこう言った。
「楓ちゃんなら大丈夫だよ!きっと自分の中にもう答えがあるから、焦らず探したら良いよ!」

千尋さんはすごい。
すでに泣きそうになってしまう。

そんな私を見ながら、千尋さんがほぅっと背もたれにもたれかかり深呼吸する。
「楓ちゃんに、私の家族の話を聞いてもらおうかな。
誰にも言ってない私の話。」

ルイボスティーを一口のみ、彼女は丁寧に言葉を選んで話し始めた。

彼女の7つ下の妹さんは、重度の障害を持って生まれた。
知的にも身体的にも、家族の介護が必要な妹さん。

千尋さんのお母さんは、妹さんの介護の為に仕事を辞め、それはそれは献身的に妹さんの介護をしていた。
そして千尋さん自身も、妹さんの介護をしていた。

「妹は可愛いのよ。
7つも離れていたから、特に。
小さい頃は母を取られたっていう感覚よりも、
私も戦力にならなくちゃっていう使命感の方が大きかったな。
でも、私も反抗期があってね、家が嫌で嫌で仕方なくなった時があったの。
妹中心で回っている家の普通が嫌だったの。

勉強は好きだったから、大学に行きたいって言って。
お金がかかる私立は無理だと思って、地方の国公立にして、
大学を理由に家を出たの。

母は大変だったと思う。
父は家のこと全然出来ない人だから。

その後は自分の時間を謳歌したの。
本当にやりたいことをした。
就職も、希望が叶った。

でも、結婚して家族を持つ事だけは嫌だった。

私子どもはいらないって思っているの。

ずっと目の当たりにしてきた母は、
妹に全てを捧げる人生だった。
私はどうしても、母みたいな深い愛を我が子に向けられる自信がなくて。
障害の有無に関わらず。
人一人の命を背負う覚悟を私は持てないなって。

主人と結婚したのは、主人は私の気持ちをくんで、子どもはいらないって言ってくれたから。

まぁ。もう43才になったし、欲しくても出来ない年齢になったら、どこかほっとしたのもあるんだけどね!」

私はルイボスティーを吹き出しそうになった。
「えっ!千尋さん43才なんですか?」

「やだ急に敬語って!あれ?言ってなかった?年齢詐称しちゃってたかな私。」

いたずらっぽく笑う彼女。
いや、確かに正確に年齢を聞いたことはなかった。
それにしても43才。

見えない。

「実は私ね、鍼灸師の専門学校に入る2年前に母を亡くしてるの。

まぁ色々あって、妹は今施設でお世話になってるんだけど。
姉として出来ることの限界を色々痛感してね。
共倒れしそうな時に、鍼灸師の先生にお世話になって、なんとか心身共に辛い時期を乗り越えられたの。

重すぎるから、こんな話誰にもしないんだけど。

ホテルスパに就職したのもね、私夢があるの。
海外クルーズ船、分かる?
セレブたちが利用する、豪華客船に乗って、色んな国を観光するやつ。

私、あの船に同乗する鍼灸師スタッフになりたいのよね。

もしくはハワイに店舗を構えて鍼灸サロンをやりたいの。

ホテルスパだったら海外からのお客様も多いから、接客や技術面でも日本に居ながら海外の方の身体への施術が出来るでしょ?

私と主人って旅好きなのね。
時間とお金が許せば、色んなところに行きたいの。

だから、主人も私の夢を応援してくれてる。

’君が海外に出店したりクルーズ船のスタッフになったら、僕もカメラマンになって、色々行きたいな。’
なんて言ってるの。
可愛いでしょ?」

千尋さんがルイボスティーをキレイに飲み干す。

「でも、子どもがいたら、それは叶わない。
もちろん子どもがいる幸せも分かる。

でも私は子どもが居ない夫婦の幸せを選択したの。

私の人生のテーマは自由なの。

大の大人が、そんなワガママなって言われるかもしれないけど、
子どもの時に自由や、ワガママ言うのが、ちょっぴり物足りなかったんだから許して欲しいわ。

いつでも好きな時に、好きなことを楽しめる。

それって、人生を豊かにしてくれると思うの。

色んな事情や、色んなしがらみや、色んな価値観で、

’こうでなければ’に縛られて、苦しい人って結構いると思うのね。
それって、身体も人生も蝕む。

だから私自身も、私に身体を預けてくださる方にも、少しでも解き放たれるような感覚を味わって欲しいなと思ってるの。

その為には私自身はフリーダム&ハッピーじゃないとね!
って、なんか安っぽい言い方ね。」

そう言って笑う彼女。

今まで私は千尋さんの上辺しか見えていなかったんだなと痛感した。
優秀でキレイで優しい旦那さんも居る。

完璧にしか見えていなかった。

でも違う。
彼女は色んな経験の中で、自分の幸せの価値観をきちんと見つけているんだ。

患者様に
「無理して頑張り過ぎないようにしてくださいね!笑顔で幸せ感じると、子宮もぽかぽか柔らかくなります。」

そう言っていた自分の言葉が特大ブーメランで返ってきた。

私の幸せの価値観はなんだろう。
それを見つけられたら、きっと。
色んな選択をするときも、自分の幸せのためになると自信を持てる。
後悔しない。

それがないと、
誰かが良いと言ったから。
そんな他人の価値観に振り回される。

’楓ちゃんなら大丈夫だよ!きっと自分の中にもう答えがあるから、焦らず探したら良いよ!’

私の手を握りながら言ってくれた千尋さんの言葉。

そうなんだ。
答えは外にはない。
私の中にある。
それを見つけたい。




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