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施術家はカリスマじゃないとダメですか?第三話

「気持ち悪い。」

目が覚めると、自分の身体が自分ではなくなっていた。

酷い頭痛と吐き気。
内臓が全力で私を責め立てている。
唇は乾燥してガサガサ。
薄化粧でもメイクオフせずに寝た顔は、泥がこべりついているような気持ち悪さがある。

「水。水。」
やっと起き上がると、這うようにトイレに行き、顔を洗い、歯を磨き、水を飲む。

まだ髪が気持ち悪い。

’朝風呂は身体が冷えるからやめておいた方がいい。’

学生時代の鍼灸師の先生が言っていた言葉が蘇る。

「先生すみません。緊急事態なんです。」

必要の無い言い訳をつぶやきながら、熱いシャワーを浴びる。

身体をキレイにしていく度に、気持ち悪さが抜けていく。

そうか。
これが世に言う二日酔いというものか。

シャワーは心地よいが、頭痛が酷い。
風呂場で立っていられず、椅子に座りながら、シャワーを浴びる。

昔見たボクサー漫画の名シーンみたい。
燃え尽きた。

お風呂から出ると、母がミキサーでジュースを作っていた。

「あら楓、今日は家にいるなんて珍しいわね。」
ご機嫌な母の声が頭に響く。

「うん。今日は休み。ちょっと体調悪いから寝てるね。」
少し微笑む自分の頬が動かしにくい。
表情筋までストライキ中なのか。
アルコールの威力はすさまじい。

「まっ!それは大変ね。お母さん特製ビタミン増し増しドリンク持って行きなさい!!」

何か良いことがあったのか。

母は楽しそうに、緑とオレンジが混じり合った、何が入っているか分からない液体を、学生時代に使っていた大容量の水筒に流し込んでいる。

私は冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り、
母に水筒を肩にかけられ、
自室に戻った。

ベットに倒れ込んだ時に、スマホの通知音が鳴る。

’楓先生、無事に帰れましたか?
本当にお酒に弱かったんですね!これも修行と思ってお許しを(笑)
また食事行きましょう!’

五条先生からのメッセージに飛び起きる。

慌ててやり取りを確認すると、
良かった。

昨日の深夜。
深々とお辞儀をするネコが
’ありがとうございました’とつぶやくスタンプを送っていた。

記憶は無いが、デカした昨日の私!
親しき仲にも礼儀あり。

頭痛は酷いが、すぐに返事を送る。

’昨日はお忙しい中、お食事ありがとうござました。
久しぶりに先生とお話出来て、とても嬉しかったです。
先生に言われた言葉をしっかり考えて、
これから何をすべきか、改めて考えてみます。
また相談のってくださいね!
ショートケーキより、あんこ派の大谷楓’

「よしっと。」

スマホを置いた途端、また気持ち悪さが襲ってくる。
今日は一日、このまま寝て過ごそう。

両親はお酒を飲まない。
お酒に無縁だった私も、学生の時に少しビールを飲んでみた。
あまりの苦さに驚愕して、これは私に必要がないものだと判断した。
それから下戸の楓で通してきた私。

酔った両親も見たことがなく、二日酔いというものは患者様からの話に聞くだけだった。
自ら経験した二日酔い。
これも施術の糧にしよう。

気持ち悪さも、寝込んでしまうであろう今日の日も、
心のどこかでポジティブに考えられる。
それは今日から2日間連休だという心のゆとりからだ。

私は社会人になって初めて2連休を取った。

仕事は週休2日だから、シフトで2連休を取ることは出来る。
でも、かならず研修か勉強会への参加があった。

完全に何もしない休みは社会人になってから一日もなかった。
思い返せば学生時代からかもしれない。

中学と高校はサッカー部のマネージャーで、土日も練習や試合があった。

専門学生時代は土日は勉強か、勉強会への参加があった。

だが、今回は違う。
仕事や勉強の予定を入れない2日間を作った。

今後について考えるためだ。

今まで突っ走り過ぎていた。
少し足を止めて考える時期でもあると思った。

27才夏。

高校の時の友達は結婚ラッシュ。
ベビーラッシュ。

不妊専門鍼灸院で働いてきたから分かる。
今では高齢出産も当たり前だけど、

女性の身体、卵子の状態。
男性の身体、精子の状態。
そりゃ若い方がいいに決まっている。
若い方が、妊娠するチャンスも多い。

私自身、子どもが欲しいのかまだ分からない。
まずは仕事で独り立ちしたい。

でも、仕事に自信をつけた頃、私は何歳になっているのか。

今のようにプライベートがないような生活で、私はパートナーを見つけられるのか。

同業者に男性は多い。
優しくて、知的な先生も多い。

でも私は心に決めている。
同業者とは恋愛しない。

施術家の先生達の優しさは、患者様に向けられているものだ。
その接客姿勢に惚れて、恋人になったら、
求める優しさのハードルが高くなってしまう。

’どうして優しくしてくれないの?’
施術で疲れた相手にそんな事言いたくない。

相手だってプライベートまでホスピタリティを求められたら辛いだろう。

とは言え、私だって恋人には甘えたい。
優しくもしてほしい。

同業者だと、きっと仕事の大変さが分かりすぎるから、私自身が言いたいことが言えなくなって、互いに疲れてしまうと思う。

だから、2日間の連休を決めたとき、
すぐに五条先輩にお食事のお誘いをしたのも下心があったからではない。

施術家として、尊敬する先輩に相談したかったからだ。

確かに五条先輩はとても素敵な先輩だけど、決して恋愛とかではない。

今日は必要ない言い訳を繰り返してしまう日だ。
それもこれも、五条先輩に注がれた日本酒のせいにしておこう。


待ち合わせの5分前に居酒屋に着いたとき、既に先輩は何品か注文してビールを飲んでいた。

「よっ!楓先生こっち!」
手を挙げて、私を呼ぶ先輩の声は、院内で聞くよりもフランクだった。

「遅くなってすみません!」
小走りで駆け寄る私を見て、五条先輩は笑う。

「遅刻なんてしてないよ!相変わらず真面目だね。
こちらこそ申し訳ない。
早く着いちゃって、外が暑くて待ちきれなくて先に始めてるよ。」
まだキンキンに冷えてそうなビールを片手に、そう言うと、

「ビールでいい?
すみません!同じのを!」

「もちろんです。今日はありがとうございます。」

いくら下戸の楓ちゃんでも、最初のビールを断るような無粋なことはしない。
ただ、少しずつチビチビ飲むだけだ。

そこから私は、3ヶ月後には院が閉まることを先輩に告げた。
そして、私自身の今後の身の振り方を悩んでいること。
まだ現実味がないことなどを淡々と話した。

先輩は、枝豆を食べながら、’うん うん’と聞いてくれた。
要点を得ないような話でも、聞きに徹してくれる先輩。
話を急かすでも無く、
結論を求めるでも無く。

ただ聞いてくれることで、私の中でも、何が課題で、何が悩みなのかが見えてくる。

これがいつもの五条先輩のスタイルだった。

一気に話終えると、のどがカラカラだった。
思わずビールをぐびっと飲む。

あれ。
苦くない。

いや、この苦さが心地良い。

「はっはっはっ!上手い?もっと飲め飲め楓先生!
だいたいさ、楓先生はガッチガチなんだよ。
こうだと思ったら周りを見ずに突進するじゃない?
いいとこでもあるんだけどさ。
今まで直感重視で突っ走ってきたから、このタイミングで人生の見つめ直しもいいかもね。」

五条先輩の目の色が変わった。院では見たことのない先輩だった。

「大先生もさ、疲れたんだと思うんだよね。
オレも含めてだけど、育てても育てても、みんな離れていくって思っちゃったのかもね。

楓先生入社してさ、マニュアルの多さにビックリしなかった?
うちの院、マニュアル多過ぎだよね。

大先生のところに来る施術家はさ、大先生の技術に惹かれて来るんだよね。
大先生の下で修行したら、自分も凄い施術家になれるかもと思って。
大先生も優しいからさ、自分の技術を伝える為に、マニュアルを作ったんだよね。
あのマニュアルの多さは歴代のポンコツ施術家先輩達の残像だよ。

分からない。出来ない。
そう言われる度にマニュアルは増えていったんだよね。

大先生はさ、
売れている大人気のショートケーキを量産しようと考えたんだよね。

自分の施術という、例えるなら人気のショートケーキを量産しようとしたわけ。
だから誰でも量産出来るように、完全なるレシピを追い求めた。

でもさ、大先生のすごさって出来上がったショートケーキの見た目や味じゃないんだよね。

ケーキを作るときの、小麦粉をふるいにかけるその美しさだったり、
クリームを塗るときの角度だったり、
数あるイチゴの中でも、どのイチゴがこのケーキに合うかが分かる目利きの力だったり。

マニュアル化出来ない、大先生の所作や技術の美しさや、温度みたいなもの。
それらが全て合わさって大先生のカリスマ性になってるんだよね。

カリスマの元でカリスマは育たない。

だってさ、施術家って、誰かのコピーになりたいわけじゃないじゃない。

ほら!楓先生の同期の女の子!
可愛い顔して「やってられっか!」って辞めていった子。
面白かったよねー、あの子。

施術家はあんな子が多いよね。

凄いと思った技術は会得したい。でも、完全に真似たい訳じゃない。
自分の武器の1つにしたいだけ!
っていう子。

そう思うのも仕方ないよね。
鍼灸師も柔道整復師も開業出来るのが特権じゃない?
みんな、開業して自分のスタイルで患者様を見たいって思ってる人間が多いのよ。

もちろん売れてる人気のショートケーキになりたいって思うことを否定しないし、量産出来るように完全なるレシピ作りをしてきた大先生の努力も尊敬する。

ただ、本当はチーズケーキを作りたい奴もいるし、
タルトもいいなと思ってる奴もいるし、
なんならジェラートはどう?なんて思ってる奴も多いのよ。

自覚あるなしは置いといて。」

「私はあんこ派です。」

「あっはっはっ!和菓子派!
いいねぇ楓先生、もっと飲め飲め。

いいじゃない和菓子派。
大先生のところで学んで経験させてもらったことは、楓先生の血肉になってる。
大丈夫決してムダじゃないよ。

でも、その学びや経験を、活かすも殺すも、自分次第だ。

自分が誰に何をしたいのか。
そもそも何故自分は施術家になったのかが見えてないと、常にカリスマ達のコピーを学ぶだけで施術家人生終わっちゃうよ。

インプットだけじゃなくて、アウトプットしていこうよ。

和菓子いいじゃない。
大先生で学んだ経験活かしたら、売れるイチゴ大福作れそうだな。」

「はい!売れるイチゴ大福作ります!頑張ります!」

「和菓子か。そうだ!日本酒でも飲むか!」

思い返せば、既に酔っていたんだろう。
イチゴ大福作りますって、我ながらどういう返事なんだ。

そこからの記憶は曖昧だけど、
日本酒が美味しくて驚き、
五条先輩の食と酒と旅の熱弁に聞き入り、
居酒屋で食べる夏野菜が美味しいことを学んだ。

「カリスマに憧れるけど、
カリスマのコピーをしたいわけじゃない。」

寝返ると目の前に大容量の水筒が、
’いらっしゃい’と言うようにそびえていた。

蓋を開けて飲んでみる。

「美味しい。」

母のビタミン盛り盛りドリンクで、どうか昨日の悪事をお許しください内臓様方。

強烈な眠気に襲われて私はそこから16時まで二度寝した。

’朝風呂は身体を冷やすからオススメしないけど、どうしても朝に入る事になったら、短時間でもお布団で二度寝した方がいいよ。
そしたら冷えもマシだから。’

夢の中で学生時代の先生が話していた。

先生。ありがとうございます。
心置きなく二度寝したら、二日酔いも治りました。




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