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ドラマ・映画感想文(17)『東京カウボーイ』

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個人的評価:9点(/10点)
制作年:2023年(日本公開は2024年)
公式サイト:https://www.magichour.co.jp/tokyocowboy/

※結末には言及しませんが、若干ネタバレを含みます。

予告編とイントロダクションを見てイメージしたとおり、非常に良作。

商社マンのヒデキ(井浦新)が、アメリカ・モンタナ州の牧場経営の再建に乗り出し、現地へ赴くが、独りよがりの行動は牧場の人たちをしらけさせ、再建どころかコミュニケーションすらまともにとれない。「郷に入っては郷に従え」どころか、自分の片意地にこだわる。それでも、彼らと関わっていくうちに…。

物語は東京で始まる。私たちの見慣れた風景。そこから、モンタナ州の広大な牧場へと舞台が移り、観ているこちらもヒデキと同じく異世界感を味わう。この東京とモンタナの対比が視覚的に面白い。

モンタナでヒデキは、自分がいかに独りよがりだったかということを思い知らされる。それは、牧場の再建だけでなく、結婚を待たせつづけてきたケイコ(藤谷文子)の本心を理解することにも繋がる。

ヒデキがこうした気づきを得て変化していく過程が、けれんみなくていい。スーツ姿にこだわっていた彼が、やがて心を入れ替えてカウボーイ姿に変身するのは、その最大の象徴だが、前半で描かれるヒデキの人物設定のあれこれが、中盤以降に利いてくるのも見逃せない。例えば、一つは酒であり、もう一つにはスマホの翻訳アプリである。

酒が飲めない彼は、勧められても頑なに飲まずに過ごしてきたが、ある場面で、バタンガ(テキーラ、コーラ、ライムジュースのカクテル)を飲むことになる。ここは、彼が変化していく節目として重要なシーンであるが、酒=バタンガは、その象徴として分かりやすい役割を果たしている。バタンガは後半でも出てくるなど、この映画のある意味カギとなっている。

もう一つの翻訳アプリも、重要な意味を含んでいると思った。前半では、難しい言葉を自分で話さずスマホの翻訳アプリに喋らせていたが、カウボーイに変身以降は使っていない。ここにも彼の変化がみてとれる。後半、牧場の仲間たちと夜に焚火を囲うシーンで、婚約=engageという単語が思い出せなかった彼は、それまでならスマホに吹き込んで翻訳させていたのを、今回はそうしなかった。一生懸命思い出そうとして、結局思い出せずに仲間が合いの手を入れてくれたのだが、翻訳アプリにではなく、あくまでも自分の言葉で話そうとする姿勢が表れていた。

この焚火のシーンで、婚約相手ケイコの話題になる。ヒデキとケイコは、序盤で、新居を探しに家を見学に行っていて、その回想シーンが流れるが、庭にいるケイコと屋内にいるヒデキの間はガラスで隔てられている。ヒデキがケイコとちゃんと向き合わず、ケイコの声もぼんやりとしか聞いていなかったことを、ガラスの存在が暗示しているように見えた。

結末も大袈裟なものでなく、この作品らしい締めくくり方で上々だった。エンドロールも観た方がいい。

なお、ここまで触れてこなかったが、國村隼さんについて。ヒデキに乞われて一緒に渡米したものの、現地でいきなり骨折して入院した、和牛専門家の役。ヒデキと違い、英語が堪能で、ジョークを交えながら現地で相手と互角に渡り合える、ひょうきんなおじさんを好演。いつ聴いても、声がいい。

ところで、序盤で少しだけ岩松了さんが出てくる。ヒデキのプレゼンを聴く会長役。短いシーンだったが、役がハマっていて妙に印象に残る。


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