ドラマ・映画感想文(06)『落下の解剖学』

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作品の面白さ:7点(/10点)
制作年:2023年(日本公開は2024年)
公式サイト:https://gaga.ne.jp/anatomy/ キネマ旬報専門家レビュー:https://www.kinejun.com/criticreview/detail?id=99349

第76回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品。
第81回ゴールデン・グローブ賞脚本賞等も受賞。
アカデミー賞最有力とも。

はじめに、この映画をオススメしたい人とそうでない人を記そう。

▼オススメ
・法廷ドラマを観たことがない人
・法学(法律学でなく)になじみが無い人
・白黒ハッキリしないことを受け入れられる人

▽観てもあまり楽しめない、または感動できない人
・法学部出身者
・サスペンスものを期待する人
・白黒ハッキリするドンデン返しを期待する人
・ドラマ『リーガル・ハイ』(2012~14年、フジテレビ制作、堺雅人・新垣結衣等出演)を観ていた人


では、ネタバレを含みながら書きますので、ご注意ください。






雪山の家で暮らす父母、息子、犬。あるとき、父が屋外で血を流して死んでいるのが見つかる。状況的にあり得るのは3通り。①事故②自殺③妻(母親)が殺害。

真相をめぐって裁判になり、最終的に母親は無罪となる。では①②だったのか。本当に③ではないのか。

結論を言うと、分からない。この作品の核心はここにある。

人間は、自分が信じたいものを真実だと思い、そうでないものから目を背ける。裁判も結局は同じ。真実は存在せず、何もかも真実「っぽい」だけ。

ニーチェの格言「この世に存在するのは、数学と解釈だけ」に通じる。数学以外に真実は存在しない。あとは全て解釈(≒主観)だと。

そういう価値観に触れたことが無い人にとっては新鮮な衝撃を受ける作品かもしれないが、このテーマ自体は結構手垢がついていないか。

というのも、こんなことは法学部に行けば普通に習うことである。何を今更と思うが、「真実は、いつもひとつ!」と疑わない人がいるのも確か。いや、コナン君を否定するわけではないし、むしろ少年サンデーの連載を追いかけている古参ファンであるが。

こういうテーマを扱っている映像作品で思い出したのは、ドラマ『リーガル・ハイ』(2012~14年、フジテレビ制作、堺雅人・新垣結衣等出演)。まさにこの作品が言いたかったことと相似形。古美門弁護士(堺雅人)が法廷で「人は、自分が信じたいものを真実だと思い込む」(大要)と絶叫していた。同じ出来事や証拠品でも、解釈の仕方によって別の(それどころか真逆の)意味を表すことがある。そして、大衆の解釈はマスメディアや他人に流されがち。そんなものの集合体を、果たして「真実」と呼べるのか。実に痛快な問題提起だった。

そういう作品に触れた経験のある人がこの映画を観ても、「まぁそうだよね。そう思うよ。」で終わってしまう懸念あり。150分の長丁場ゆえ余計に。

最後まで観ても、結局①②③のどれだったかハッキリしないので、それを期待する人にとっては肩透かしになるだろう。しかし、繰り返しになるが、①②③のどれだったかは、作中に登場する誰にも分からない(厳密に言うと、③だったのかどうかを母親だけは知っている)ので、描きようがありませんというのが本作のスタンス。

ただ、本稿冒頭リンク先の公式サイトをご覧のとおり、映画のキービジュアルと宣伝文句が、サスペンス物・推理物という期待を抱かせてしまうのは事実。日本版だけのキャッチコピーか?

以上のような感想を抱いたが、決してつまらなかったわけではない。特に、法廷シーンの丁々発止は見応えあり。

終盤の夫婦喧嘩シーンは、「そうそう」「あるある」と思わされる連続。世界中で同じようなケンカが繰り広げられていると思うと、苦笑いが漏れつつ少し勇気が湧いた。

あと、犬がすごい。スヌープ君。単純にかわいいのだが、終盤の、死にそうになって蘇生するシーン。あれは演技なのか、それとも精巧な人形か何かに差し替わっていたのか。演技だとしたら助演男優賞。『FIRST COW』の雌牛といい、人間以上の演技力を備える動物たちがトレンド?

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