【短編小説】 「スマホを見ないと死んじゃう病」 突撃Boys(4日目)
9カ月振りの再開です。m(__)m
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10月6日 午後8時
事件発生から84時間が経過した。完治まであと84時間。
そして、「突撃Boys」のチキンレースが始まった。
まずは時間を遡ろう。
10月3日、「スマホを見ないと死んじゃう病」事件当日、慶太、コムコム、卓、スバル、AKIRAの5人によるキューチューバーユニット「突撃Boys」は、市営地下鉄古今東西線でゲリラ撮影を敢行していた。
「満員電車を満喫しちゃうぞ」という企画で、リーダーの慶太が満員電車内で通勤客に無理やりインタビューをして、社畜の悲惨さを嘲笑おうとする、どう考えてもつまらない企画だ。
「突撃Boys」は迷惑系ユニットとして2年前までは登録者数が3万人を超え、ちょっとしたカルト的人気を得ていた。
しかし、今ではすっかり飽きられて登録者数が8千人を切るジリ貧状態に陥っている。迷惑系をうたいながら、その企画の中途半端さは、中途半端な反感しか生まず、視聴者離れが深刻化しているのだ。
三十路が近いというのに全員会社を辞め、フリーターになってまでキューチューブに懸けてきたBoysは、必死に巻き返しを狙っている。
だが、いかんせん、彼らの企画力は絶望的と言っていいほど貧弱だ。
「はいはーい!突撃Boysですよー。今日は、社畜のみなさんが毎朝どんな目に会っているかをリポートしますよー!」
慶太が自分の顔が映ったスマホに能天気にヘラヘラと語り掛け、他のメンバーも周りの迷惑も顧みずに撮影を続けていた。
すると、ハウリング音がキィーン!!と鳴り響き、奇妙な車内放送が始まった。
Boysは、自分たちの企画そっちのけで、目をキラキラさせて車内放送に聞き入った。
『スマホを見ないと死んじゃう病!?』
『超面白い企画じゃん!』
『ドッキリ?ドッキリなの!?』
『1分スマホ見ないと死ぬってヤバイな!』
『ひょっとして俺らも対象者!?』
そしてBoysは、すぐに、これがキューチューバーとしてのし上がる千載一遇のチャンスであることを本能的に感じ取った。
彼らが夢中になって車内の異様な雰囲気を撮り続けていると、やがてあちらこちらから悲鳴と怒号が聞こえ出した。
背の高いスバルが、悲鳴の方向にスマホを高々と掲げた瞬間、急に起こった人の波に押されてスバルのスマホはどこかにはじき飛ばされてしまった。
ちょっと焦った顔で辺りをキョロキョロと探していたスバルであったが、突然がっくりと頭を垂れると、崩れるように人混みの中に沈んでいった。
『あれ?スバルが消えた!』
『1分ルールってマジだったのかよ…』
「スバル!大丈夫か!?返事しろ!」
『ヤバイ!ヤバイ!今の撮れたか!?』
Boysはスマホの画面から目を離さないよう注意を払いながら撮影を続けていたが、車内は阿鼻叫喚の様相を呈していき、やがて撮影どころではなくなってしまった。
多々良目駅のホームに吐き出されたBoysは、ひと通りホームの様子を撮影し、一旦電車内に戻ってスバルに手を合わせてから、倒れて動かない人々を動画に収めた。
そして、逃げ惑う人々を無理やりかき分けてホームの階段を駆け上がり、到着した救急隊員と入れ違うように駅をあとにした。
そのときBoysの頭の中にあったのは、スバルの死でも自らの身の危険でもなかった。ただ、一刻も早く、誰よりも早く、動画を編集してキューチューブにアップすることだけだった。
運良くタクシーを捕まえることができた4人は、撮れたての素材を編集するために慶太のマンションに向かった。タクシーの中で彼らは、車内放送の内容について話し合い、これは「マジ」だという結論に至った。
だからこそ、これからアップする動画がバズることを確信し、「突撃Boys」が大ブレークするであろうことに興奮した。
マンションに着くまでの間に、Boysは与えられたチャンスを最大限活かすための作戦を練った。
まずは、撮影した動画を編集してキューチューブに誰よりも早くアップすること。
テレビ局に売り込み、突撃Boysの知名度を上げること。
それを足掛かりにマスコミに顔を売りまくること。
勝負企画として、自分たちが「スマホを見ないと死んじゃう病」の死亡条件に1週間耐えられるかどうかをライブ配信すること。
そして最後に、必ず全員生き残ってバイト生活から脱出することを4人で固く誓い合った。
マンションに到着した彼らはすぐに、スマホから目を離すことのないよう気をつけながら作業に没頭した。
スバルのスマホがどこかにいってしまったのが残念だったけれど、残った4人のスマホの動画を様々な画角から死体が直接的に映らないよう編集し、多々良目駅ホームや乗客が逃げたあとの車内の様子も入れ込んだ15分の動画にして、11時25分にアップした。
動画では、人混みに沈んでいくスバルの姿や、生き残った自分達も「スマホを見ないと死んじゃう病」の対象者であることを強調して、世間の同情を買うことを忘れなかった。
事件をリアルに撮影したこの動画は、目論見どおりにあっという間にバズり、爆発的に拡散され、2時間後には350万回再生を記録した。再生数は時間を追うごとに右肩上がりに増え続け、世界中から賛辞と励ましのコメントが殺到した。
テレビ局については、こちらから売り込むまでもなく、向こうから素材利用のお願いが次々に舞い込んできた。もちろん、突撃Boysの名前を出すことを条件に全て許可を出した。Boysの動画は、あらゆるニュース番組で使用され、それに伴いキューチューブの再生数も跳ね上がった。
また、対象者たちが生き抜くことに全精力を注いでいる中、BoysはWebを駆使して積極的にマスコミ対応を行った。その結果、知名度は爆上がりし、突撃Boysの名前は、すぐに全国区となった。
充血した目で時折チラチラとスマホを見ながら、インタビューに答えるチャラそうな彼らの姿は対象者のアイコンとなっていた。
全てが順調過ぎるほど順調だった。
事件が起きた日の夕方から始めた、名実ともに「生き残りをかけた」ライブ配信も人気を呼んだ。
Boysは、慶太のマンションのリビングで眠気と疲労を物ともせずにカメラの前に立ち続けた。とはいっても、特に何をするわけでもなく、「生きている様子」を映し出しているだけなので、企画としてはこれほど楽なものはない。
もちろん、視聴者が望んでいるのは、Boysの死をリアルに見ることだと十分に承知している。
初めは「突撃Boys頑張れ!」のコメント一色だったのに、1~2時間後には「もう飽きたから早く死んでくれ」といったものも混ざるようになり、その類は時間とともに増えてきている。
だが、Boysは視聴者の残酷なニーズに応えるつもりはさらさらない。メンバー間で互いの様子を確認し、寝落ちなどを防止して、身の回りのことも協力してこなしながら、必死に地獄の1週間を生き抜こうとしている。
Boysは元気いっぱいだ。当初の目論見が想像以上に上手く進んでいることと、キューチューブのトップグループに躍り出たという事実が、彼らのアドレナリンを盛大に分泌させ続けていた。
だが、視聴者の悪意は、時間を追うごとにBoysの心を蝕んでいった。
味方であるはずの視聴者が、全員そろってBoysの死を願っているようにさえ思えてきた。
その悪意に抗うかのように、Boysは視聴者数に異常に固執するようになっていた。
10月5日、政府が非常事態宣言を発令し、対象者を保護する方針を打ち出した。
メンバー全員で話し合った結果、国には頼らずに自分たち4人だけで1週間を乗り切る道を選んだ。医療関係者もボランティアも無用、手助けは辞退すると高らかに宣言したのだ。
この話し合いから宣言に至るまでの様子も配信で見せ、視聴者から大量の「いいね」が届いた。
しかしこの宣言は、自分たちを追い込むことで視聴者数を増やしたいという浅薄な策でしかなかった。視聴者がくれた「いいね」は、「見たいシーン=Boysの死」を早く見られることへの無責任な拍手でしかなかった。
ここまで全てが順調に進んできた突撃Boysであったが、宣言の効果は思いの他見られず、逆に昨日からライブ配信の視聴者数が急激に下がり始めていた。皮肉なことにBoysが頑張れば頑張るほど、視聴者の残酷なニーズに合わなくなってきたということだ。視聴者は正直なもので、Boysがスマホをチラチラ見ながら生活しているだけの配信に飽きたということだろう。
Boysも、1週間前だったら、これだけの視聴者がいれば大満足していたはずだ。なのに、今やほんの少しでも視聴者が減ることを極端に恐れるようになっていた。一度手に入れたものは絶対手放したくないものだ。
ここ数日のあまりにも劇的な状況の変化にBoysは翻弄され、正常な判断を行うことすらできなくなっていた。
配信のてこ入れの必要性に迫られたBoysではあるが、そもそも彼らは企画力皆無のグループである。結局、体を張ることしかできない彼らがたどり着いた結論が「チキンレース」であった。
ルールは簡単だ。
できるだけギリギリ1分近くまでスマホを見なかったプレーヤーが勝者となる。
勝者へ報酬は、次のレースのジャッジになることと名誉だけだ。
一方、3回連続で最下位となった者はレースから脱落し、敗者となる。
敗者は、それ以降の生活を全て自己責任で送っていかねばならない。
つまり、そのメンバーが寝落ちしそうな状態になっても、他のメンバーは起こしてはいけないということだ。
これは、それまで協力し合って生き延びてきたメンバーにとっては、ある意味死刑宣告に近いものだ。
そして、Boysは哀れにも大事なことに気付いていない。協力し合う人数が減ることで、勝者の首も絞めるということを。
1週間の折り返しである10月6日20:00にチキンレースを決行するとの告知は、世界中で大きな反響を呼んだ。
告知では、何らかの形で勝負が続行不可能になるまでレースを続けることが宣言された。ギリギリを狙って1分を超えて死亡するか、大事を取って連敗の果てに孤立無援になるか、いずれにしてもメンバー個人にとって、なに一つ良い事はない。
つい数日前には、必ず生き残ってみんなでバイト生活から抜け出すことを誓い合ったはずだ。
それが、いとも簡単に「自分の命」と「仲間との絆」を売って視聴者数を稼ぐという、その場しのぎの愚策を弄することになったのだ。
そして今。
慶太のマンションのリビングには、カメラとモニターの前に3つのパイプ椅子が並べられ、プレーヤーの慶太、卓、AKIRAがスマホをチラチラ見ながら引き攣った笑顔で座っている。ちょっと離れた所に立つのは、じゃんけんで最初のジャッジに決まったコムコムだ。
「レディー…GO!」
合図とともに3人が目を閉じ、スマホを膝の上に伏せる。モニター画面の片隅のタイマーが動き始める。
世界中の視聴者が見守る中、チキンレースが始まった。
1回目。まずはAKIRAがバッと目を見開いてすぐにスマホを見る。それからモニターのタイマーに目を向けて落胆の表情になる。思わず嘆声を上げそうになるがグッと我慢をする。一言も発してはならないのがルールだ。
それに、慶太、卓が続く。全員、滝のような汗をかいている。
結局、卓 45秒、慶太42秒、AKIRA 40秒という1分からあまりにかけ離れた情けない結果に、世界中の視聴者から「全員チキンじゃねえか!」と失望と罵倒のコメントが殺到する。
死への恐怖で時間の感覚が歪んでしまっているBoysを、視聴者は情け容赦なくサディスティックに叩く。
2回目は、 ジャッジが卓に代わり、慶太 54秒、コムコム 51秒、AKIRA 47秒と慶太が頑張ったが、残酷な視聴者たちが満足するレベルには到底及ばない。むしろ、前にも増してBoysを煽り、罵倒するコメントが増えている。早くも二連続最下位となったAKIRAはリーチを告げられ、もう後がない。人一倍臆病なAKIRAの顔色が青白くなる。
視聴者数は徐々に上がってきている。
3回目は、ジャッジが慶太に代わり、コムコム 58秒、卓 54秒、AKIRA 53秒という結果となり、AKIRAの3連敗が確定し、あっけなくレースから脱落することになった。
AKIRAは頭を抱え、もはや蒼白となった顔で虚ろな目を仲間達に向けるが、誰もその目を見ようとはしない。AKIRAはノロノロと席を立ち、画面から外れた部屋の片隅に力なく座り込んだ。
コメント欄は、脱落者が出たことで大いに盛り上がっている。やっと状況が進展して、近いうちにBoysの死を見ることができるという悪意の嵐が吹き荒れている。視聴者数もどんどん上がっている。
しかし、勝負はまだ終わらない。残った慶太、コムコム、卓3人だけのチキンレースが続く。
一進一退の勝負が続いたが、8回目の勝負でコムコムが二連続最下位となり、崖っぷちに立たされることになった。
そして9回目のレースは、ジャッジが慶太、プレーヤーがコムコムと卓の組み合わせとなった。
あとがないコムコムは、どうしても卓に勝たなければならない。
まず、卓が55秒で目を開けた。これで、コムコムの三連敗はなくなり、視聴者から落胆のブーイングが巻き起こる。
しかし、脱落回避が決まったことが分からないコムコムは粘っている。
56秒、57秒、…
世界中からGO!GO!GO!のコメントが押し寄せる。
どうしても脱落を回避したいコムコムはまだ粘る。
58秒、59秒…
たまらずジャッジの慶太が「コムコム!」と叫ぶと同時に、目を開けてスマホを見ようとしたコムコムが椅子からドウと崩れ落ちた。
世界中のクソ野郎どもの歓喜のコメントが爆発し、視聴者数が跳ね上がった。
(続く)
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