【短編小説】 「スマホを見ないと死んじゃう病」 Boys→Boy(6日目)
「スマホを見ないと死んじゃう病」対策本部では、保護勧告に従わないキューチューバーユニット「突撃Boys」のライブ配信をモニターしていた。
コムコムというメンバーの死亡をモニター越しに確認したとき、
「自業自得だな…。」
本部の誰かがボソッと呟いた。
コムコムの搬送や警察による現場検証とメンバーへの事情聴取などにより、突撃Boysのライブ配信は中断せざるを得なくなった。
ライブ配信が中断された後、ネットでは、慶太が最後に取った行動に対して大きな批判が巻き起こっていた。ジャッジの慶太がコムコムを助けようとしたことについて、そもそも、真剣に勝負をするつもりがなかったのではないかという疑惑を持たれたのだ。
マスコミも掌を返すように、ゲーム感覚で安易に死者を出した突撃Boysの行動を非難し始めた。対象者達が必死になって生き残ろうとあがいているのに、Boysは売名のために自分達の死を見世物にしていると。
これらの逆風に対して、突撃Boysは完全な沈黙を貫いていた。
10月8日 12時
コムコムの死から二夜が明けた8日正午、3人になった突撃Boysはライブ配信を突然再開した。
慶太は、まずはコムコムに追悼の意を捧げたあと、コムコム死亡のあれやこれやでライブ配信を中断したことを詫びた。
そして、チキンレースでの自身の行動については、「とっさに口をついて出てしまったもので、勝負は真剣に行っていた。疑念を持たせる行動をしてしまったことは申し訳ない。」と謝罪したが、批判の嵐は止むことはなかった。
死を見世物にしているというマスコミの批判に対しては、「建前なら聞きたくもない。ニーズがあることが全て。我々は、対象者である前にキューチューバーである。視聴者が求めているものがあるのなら、身を挺してもそれを提供する。」と強弁し、対決姿勢を示した。
そして、今夜20時にスベシャルイベントを行うことを告知し、いつもの配信に戻った。
実は、配信を中断している間、突撃Boysに対する国からの保護勧告の圧力はさらに高まり、Boysは配信を止めてそれに従うか迷っていた。
それに強硬に反対したのは、意外にも脱落者となったAKIRAであった。
仲間2人を失ってまでここまで登り詰めたのに、今さら引くことなんてできない。
俺に、チャンスをくれ。チキンレースの汚名を返上させてくれ。
もう一勝負して視聴者を取り戻そう。
俺に考えがある。
今まで誰もが疑問に思っていたが検証できなかった事。
自分のスマホでなくても、1分ルールはクリアできるのか。スマホならなんでもいいのか。
それを俺が検証してみる。
失敗して死ぬのは怖くない。このまま何にも残せずに死んでしまう方が怖い。
スマホで上手くいったら、次はタブレットでもクリアできるかやってみる。
クリアできたら対象者も少しは安心できるぞ。言わば、社会貢献だ。
どうだ、いいアイデアだろう?また話題になるぞ。盛り上がるぞ。視聴者数も増えるぞ。
これでスバルとコムコムの弔い合戦をしよう。
そして、キューチューブのトップグループのまま1週間を駆け抜けよう。
鬼気迫る表情で慶太と卓を説得するAKIRAの迫力に根負けした二人は、配信を再開することを決めた。AKIRAのアイデアで再び勝負に出ることにしたのだ。
10月8日 20時
事件発生から132時間が経った。完治まであと36時間。
「突撃Boys・AKIRAの名誉挽回企画!死ぬのは俺か?」が始まった。
AKIRAは、小さなテーブルを前にパイプ椅子に浅く腰掛けている。AKIRAの右手にはいつもの愛用のスマホ、テーブルの上には予備用のスマホが置かれている。カメラのレンズをギラついた充血した目で睨みながら、時折チラッチラッとスマホの画面を見て、AKIRAがしゃべりだす。
「やあ、みんな!究極のチキン野郎AKIRAだよ。この間の俺は本当に情けなかった。死にたくなかったんだ。とんだ臆病者だったんだ。でもこのままじゃ、死んでしまったコムコムに顔向けができない。これから俺は、自分の名誉を取り戻すために勝負をする。簡単に言えば、1分間ルールは他人のスマホでもクリアできるのか、俺が身をもって検証する企画だ。立派な社会貢献だろ?まあ、お前らが興味があるのは、俺が死ぬことだけなんだろうけどな。成功したらお前ら絶対ブーイングするんだろ?失敗したなら、俺はお前たちの歓声とガッツポーズに包まれて死んでいくよ。じゃあ、始めようか。」
AKIRAが愛用のスマホをテーブルに伏せると同時に1分タイマーが減り始める。
AKIRAの全身がカタカタ震えはじめたのが画面越しでもはっきり分かる。
50秒…40秒…30秒…
AKIRAは真っ青な顔で歯を食いしばり、必死にカメラを見つめている。
20秒…
一瞬、AKIRAの右手が愛用のスマホを求めて宙を彷徨うが、思いとどめてなんとか手を戻す。
10秒…
AKIRAは震える手でテーブルの上の予備用のスマホをガッと掴み、テーブルに両肘をつき、祈るような姿勢で画面を見つめる。
5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、0!
一瞬、ニッと笑みを浮かべたかのように見えたAKIRAの全身の力が一瞬にして抜け落ちる。
そして、祈るような姿勢のままテーブルに倒れ込む。
テーブルの上にぐったりと伏したAKIRAに駆け寄る慶太と離れて絶叫する卓。
「もう、嫌だ!!!家に帰る!!!」
卓はスマホだけを手に部屋を飛び出していった。
慶太がAKIRAの息を確認している間に、モニターにマシンガンのようにコメントが飛び交う。
「大失敗~!」
「ラッキー!死ぬとこリアルで見られた!」
「犬死にだな~」
「単なる自爆でしょ、これ」
「正直、飽きた」
「あと1日半おとなしくしてたら完治できたのになw」
「今さらそんなもん検証してどーする?」
殺伐とした大量のコメントがBoys不在のまま流れ続ける。
慶太は一瞬呆然としていたが、ハッと我に返り、ベランダに走り、下に叫ぶ。
「卓!戻ってこい!」
その時慶太の目に飛び込んできたのは、卓が強引に道路を横切っている途中で、一瞬立ち止まり思い出したようにチラッとスマホを見る姿と、その直後に突っ込んできた大型トラックに撥ねられた卓が、不自然な恰好で大きく吹き飛ぶ光景だった。
遥か前方の道路の上にドン!とバウンドした卓の身体の上に、わずかに遅れて卓のひしゃげたスマホが降ってきた。
(続く)
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