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【エッセイ】本の虫のささやき #未来のためにできること

 2011年3月11日14時46分、東日本大震災が日本を襲った。

 我が家は倒壊を免れたものの、基礎に亀裂が入り、家中の家具が倒れた。物は散乱して床に厚く積もり、家の中で生活できる状況にはなかった。
 避難所の環境は劣悪だったので、僕ら家族は車に寝泊まりしながら、家の生活スペースを少しずつ確保していくことにした。

 本当なら1階から片付けるべきなのだが、僕は2階にあった大量の蔵書の片づけに固執した。
『この家の重心は2階にある!次に大きな余震が来たら、今度こそ倒壊してしまう』
 そんな脅迫観念に囚われたのだ。
 僕は、倒れた家具を乗り越え、散乱したガラス片を避け、苦労して2階にたどり着いた。
 そして、全ての窓を開け放ち、あれほど大事にしてきた本を次々に外に投げ捨てた。

 『生きていくために必要でないものは全て捨てる。 
 趣味のために命を捨てるわけにはいかない。』
 家の周りに本の山ができていく。

 『これで家のバランスが取れた。
 そして、本の山が土地の重しとなって、次の地震からこの家を守ってくれるはずだ。』
 よほど動揺していたのだろう。
 だが、そのときは、本気でそう思ったのだ。
 


 震災から数年が過ぎ、日常が戻ってきた。
 心に余裕ができ始めると、また僕の中の本の虫がうずき始めた。
 本を買いたい!手元に置きたい!
 
 本の虫が、耳元で甘く囁く。 
『紙の本が売れなくなって、データで買う人が増えているそうだよ。
 紙の本も、ネットで注文する人が増えてるよ。運送業者にも負担がかかってるってさ。
 小さな本屋さんだけじゃなく、大型書店も撤退を始めてるよ。
 ねえ、どうする?
 紙の本を、本屋さんを、助けないの?』
 
 本の虫の囁きに負けた僕は、また本を買い始めた。
 しかし、震災前のように家を本で溢れさせるわけにはいかない。
 だから、本との付き合い方を根本的に見直し、自分の中でルールを設けた。

 むやみに本をコンプリートするのではなく、本当に必要なものだけを厳選して買う。
 安易にネットで注文するのを止めて、できるだけ自分の足で書店を回って買う。
 やむを得ずネットで買う時は、できるだけまとめて頼む。
 ただ読みたいものは、データで買う。
 必要としなくなった本は、早めに古本屋さんに売る。

 僕の行動はちっぽけだけど、僕の、本屋さんの、出版社さんの、運送業者さんの、本に係わる全ての人々の小さな幸せに繋がることを願うのだ。


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