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【短編小説】 「スマホを見ないと死んじゃう病」  猫飼首相 (完)

 10月10日 午前8時
 悪夢の1週間が、ついに終わりを告げた。
 
 しかし、この時点で「スマホを見ないと死んじゃう病」が本当に完治したかどうかは誰にも分からない。
 それを確かめるためには、誰かが命がけで証明するしか方法がない。
 8時5分…8時10分…
 対象者は、いまだに1分ルールを守りながら、自分以外の誰かが病気の完治を証明するのを待っている。せっかく1週間を生き抜いたのに、ここで死ぬわけにはいかないと誰もが思っている。
 
 
 10月10日 午前8時15分
 長谷部恵子は、結局、慶太との会話のあと一度も仮眠を取ることができなかった。
 そして、朦朧としながらベッドの端に腰をかけ、完治の報を待っている。
 もし、慶太の言うとおり、「1週間後の完治が嘘」だったら、その時は目を閉じて1分間を待とうと密かに心に決めている。
 恵子の隣には孝之が座り、やせ細った妻の肩をしっかり抱いて、スマホに映る我が子の姿を一緒に見ている。
 部屋の中には、誰から言い出したわけでもなく、夜明け前から6人のボランティアスタッフ全員が揃っていた。
 でも、まるで何事もないかのように甲斐甲斐しく恵子の世話を行い、1分ルールに目を光らせ、そしていつものようにたわいのない話をしている。
 しかし、みんなが抱える不安は隠しようがなく、静かな緊張感が部屋に満ちている。
 
 10月10日 午前8時20分
 「スマホを見ないと死んじゃう病」対策本部のモニターが、停止していた   「突撃Boysチャンネル」が再び動き出したのを捉えた。
 「突撃Boys」ただ一人の生き残りである慶太は、保護されてる部屋のカメラの前に立ち、生涯最後となるかもしれないライブ配信を始めた。
 
 「いえーい!長谷部恵子ちゃん観てる~⁉ ついでに、俺が死ぬところを見たがっている世界中の底意地の悪いクソ野郎ども!突撃Boysだよー!待たせたな!残念ながら俺はまだ生きているよ~。」
 
 「一昨日おとといいろいろあって配信できなかったけど、やっと復活だわ。この1週間、楽しんでもらえたかな?俺らも死、ぬ、ほ、ど、楽しませてもらったよ。おかげで見てのとおり、突撃Boysは俺一人になっちゃった。あ、これじゃ突撃Boysじゃなくて突撃Boyだな。ホント笑えねえわ。」
 
 「さて!HPも0だしさっそく本題に入るね。今から、『スマホを見ないと死んじゃう病』に俺なりの落とし前をつけようと思う。病気は本当に完治したのか?それともしていないのか?他の対象者はみんなAKIRA以上のチキンだからさ、俺がそれを身体を張って確かめるというハラハラドキドキの企画だ!題して「突撃Boys最後の聖戦!」。しぶとく生き残っている対象者のみんなも、世界中の無責任なクソ野郎どもも楽しんでくれ!1分後も俺がここに立っていたらチャンネル登録よろしくね!じゃ、いくよ!3,2,1」
 
  慶太がスマホを部屋の片隅にポーンと投げ捨て、画面の隅の1分タイマーの数字が減り始める。ヘラヘラ笑っていた慶太の顔がスッと真顔になった。
 慶太は、これまで見せたことのない穏やかに澄んだ目で真っすぐにカメラを見つめた。
 そして静かにカメラに語り掛けた。
 
 「Boysはみんな死んじゃったけど、死ぬ必要なんてこれっぽっちもなかったよな。」
 「俺らが死んでも手に入れたかったものって、こんなくだらんものだったんだよ。」
 「結局、俺らはお前たちみたいなクソ野郎に尻尾を振るためにムダ死にしたんだ。」
 「スバル、コムコム、AKIRA、卓…。みんな、ごめんな。」
 
 タイマーが10秒を切り、慶太がゆっくりまぶたを閉じる。
 この1週間、一度も流れることがなかった涙が頬を伝う。
 「そっちでまた一緒に遊ぼうな。」
 3秒、2秒、1秒、「ピピ、ピピ、ピピ、ピピ…」
 1分経過のアラームが鳴り響く。
 
 しばらく微動だにしなかった慶太は、やがてゆっくり目を開けると、やるせない表情でカメラに向かって右手の中指を立てた。
 「地獄に落ちろ。クソ野郎ども。…そして俺。」
 
 ボランティアスタッフの山田が画面に飛び込んできて号泣しながら慶太を抱きしめた瞬間、映像はプツンと途切れた。
 
 
 10月10日 午前8時30分
 慶太のライブ配信をモニターしていた対策本部は、関係者に病気の終焉を通達した。 
 
 恵子の部屋で、館内放送のチャイム音が鳴り響いた。
 全員がビクッとして動きを止め、そして、その続きを待った。
 「館内の皆様にお知らせいたします。ただいま『スマホを見ないと死んじゃう病』の完治が確認されました!繰り返します。ただいま…『スマホを見ないと死んじゃう病』の完治が…確認…されました。」
 若い女性のアナウンスは明らかに涙声に変わっている。
 
 朦朧として理解が追い付かずにいる恵子を、孝之が号泣しながら強く抱きしめる。
 不安げな顔で仕事の手を止めていた6人のスタッフも、ワっと歓声を上げ、拍手をし、抱き合い、泣いている。
 他の部屋からも喜びの歓声が聞こえてくる。
 夫の胸に顔を埋めていると、恵子の目からぽろぽろと涙がこぼれてくる。
 「終わったんだ…。」
 そうつぶやくと、恵子は堰が切れたように泣きじゃくり始めた。
 
 そして、部屋のドアがゆっくりと開き、まだ開き切っていないドアの隙間から息子が飛び込んでくる。満面の笑みを浮かべて「ママー!」と叫びながら、まっすぐ恵子のもとへ駆け寄ってくる。
 恵子はスマホを放り投げて、大きく腕を広げて泣き笑いの顔で息子を迎え入れる。
 
 
 
市営地下鉄古今東西線 乗客数 約2700名のうち
「スマホを見ないと死んじゃう病」対象者661名
うち死亡者514名
生存者147名
生存率 22%
これが、「スマホを見ないと死んじゃう病」がもたらした悪夢の結末だった。
 
 
 
 
 10月10日 午後7時
 
 政府の重大発表があるとのことで、NHKとほとんどの民放各局が急遽報道特別番組を組んだ。
 多くの国民が固唾を飲んでテレビを見つめる中、首相官邸で「スマホを見ないと死んじゃう病」に関する緊急記者会見が始まった。
 笹塚康太も、編集室で他の記者と一緒に大型テレビの画面を食い入るように見ている。
 猫飼稲三郎首相は、額に汗を光らせ、その巨体を揺らしながら、中央の演台に立った。
 そして、カメラのフラッシュの嵐が落ち着くと、立錐の余地もない会場を一度ぐるりと見渡し、ゆっくりと話し出した。
 
 「本日午前、いわゆる『スマホを見ないと死んじゃう病』が、一応の収束を見ました。
 これに関係してお亡くなりになられた方の数は、現在514名に及ぶと見られております。犠牲者の皆様に対しまして、心より哀悼の意を表します。
 現在、全力を挙げて真相の究明に取り組んでおりますが、その全貌はいまだ掴めておりません。国民のみなさまに対する脅威は依然として続いております。
 したがいまして、政府といたしましては、国民のみなさまの安全確保を最優先に考え、明日10月11日の正午を持ちまして、スマートフォン及びこれに類する機器の使用を当分の間全面的に禁止することといたしました。
違反者に対する罰則規定につきましては…ガガッ!キィーン!!
 
 甲高いハウリング音とともに全てのチャンネルの記者会見の映像が乱れ、やがて一目でフェイク動画と分かる稚拙な猫飼首相の画像に切り替わった。
記者会見の音声は途切れ、代わりに画面の中の猫飼首相が無機質で抑揚のない声で話し出す。
 
「ザザ…ザ…国民の、みなさん、こんばんは!
みなさんは、なぜそんなに吞気のんきなのでしょうか?
このような危機的状況は、自分には関係がないとでも思っていませんか?
日本国政府は、国民のみなさんの、そのような危機管理意識の欠如を深く憂慮いたします。
我々政府は、みなさん自身に危機管理意識の欠如を自覚していただくため、只今から『テレビを見ないと死んじゃう病』を全面的かつ本格的に施行いたします。
対象者は、今、この画面を見ているあなた…」
 
【完】

あとがき
 
 長い間放置していましたが、無理やり書き上げました!苦しかった(泣)
 読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。

 誰が、何の目的で、どのような仕組みで、テロ行為を仕掛けたのか…謎は謎のまま放置しちゃいました。
 その謎の真相は…わしも知りたいです。みなさん考えておくんなまし。
 続編はありません。
 投げっ放しです。投げっ放しジャーマンです。三沢光晴フォーエバーです。知らんか。
 
 ラストは、B級ホラー映画のオマージュです。
 こういうオチってよくありますよね。
 わしは結構このオチが好きです。
 なにより書いてて楽だもん。

 さて、辛くも死地から脱した長谷部恵子や慶太はどうなったのでしょう?  
 御安心ください。
 彼らは首相会見の時間は、ぐっすり寝入っていました。
 だから、「テレビを見ないと死んじゃう病」には罹っていません。
 よかったですねえ。
 逆に、これまで傍観者であった笹塚記者が対象者になってしまいます。
 一体どうなってしまうのでしょうか?

 作中には明示していませんが、「テレビを見ないと死んじゃう病」は「スマホを見ないと死んじゃう病」と異なり、「1週間で完治」しません。
 何百万人?の方が、エンドレスの病との闘いに突入します。
 怖いですねえ。

 続編を書くとすれば(書かないけど)、対象者がバタバタと亡くなっていく中、いかに早く病の謎を解けるのか?という展開になると思います。
 主人公は、どん底から這い上がっていく慶太にお任せしたいところです。
  できればまた長谷部恵子と絡んで欲しいですね。
  
 ちなみに、「NHKとほとんどの民放各局」の「ほとんどじゃない民放局」は、お察しのとおりテレビ東京です。
 この時、テレ東はアニメを放送していました。相変わらずブレませんね。
 では、この時間にテレ東を観ていた人も「テレビをみないと死んじゃう病」に罹ったのでしょうか?
 アニメを観るのは子どもが多いです。あまりに忍びないので、テレ東を観ていた人はセーフということにしましょう。

 テレビ東京万歳!


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