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世界初の全身麻酔は日本人?-History of General Anesthesia-

外科手術をする際、特に動脈付近や神経、脳などの部位やその近辺、痛覚刺激により患者への負担が大きい際などに、全身麻酔が用いられることがあります。

20世紀に入るまでは全身麻酔は死亡リスクが高く、20世紀頃に局所麻酔や複合的に麻酔薬を使用する”バランス麻酔”の概念が提唱されてから安全かつ有効的に全身麻酔が使われるようになりました。

そんな全身麻酔、実は世界で最初に成功させたのは日本人ということはご存知でしょうか?
今日は、そんな麻酔の歴史の話をします。

1804年11月14日(文化元年10月13日)、華岡青洲という医師が執刀した乳がんの摘出手術に全身麻酔が用いられたという記録が、現存するものでは最古のものになります。

麻酔を用いた治療は中国より伝来しており、日本国内でも使用されていましたが、局所麻酔のみでした。
当時日本では乳がんの手術は行われておらず、根治のために病巣を切除するにも患者に強い負担がかかることから、華岡青洲それの解決が不可欠と考えました。
華岡青洲は自ら麻酔薬を作り人々の命を救いたいという志から医師として活躍する傍ら麻酔薬の研究を行うこととなります。

その後、「麻佛散(通仙散)」という麻酔薬が開発されました。この麻佛散、その配合は

  • 曼陀羅華(チョウセンアサガオ) 八分

  • 草烏頭(トリカブト) 二分

  • 白芷(ヨロイグサ) 二分

  • 当帰(トウキ) 二分

  • 川芎(センキュウ) 二分

というものでした。

主要な構成成分であるチョウセンアサガオには、有毒なアルカロイドであるhyoscyamineやscopolamineなどのトロパンアルカロイドが多く。含有されています(Fig.1)。

Fig.1 Structure of hyoscyamine (1) and scopolamine (2)

トロパンアルカロイドについては、以前atropineの構造について説明していますが(リンク)、scopolaineはさらにトロパン骨格がエポキシ化された構造になっています。

どちらもムスカリンレセプターの拮抗物質であり抗コリン作用があります。これにより副交感神経系を抑制し、筋弛緩や運動抑制の作用があります。

チョウセンアサガオはhyoscyamineとscopolamineの他にatropineも含むことから、古くから麻酔のように使用されていました。

また、構成成分にあるトリカブトには猛毒のaconitineが含有されています。aconitineはトリカブト(アコニット)アルカロイドと呼ばれ、独特かつ複雑な環構造を有しています(Fig.2)。

Fig.2 Structure of aconitine

Tetrodotoxin(TTX)感受性Naイオンチャネルを活性化させ、心臓発作や呼吸困難を引き起こします。なお、TTXはこれを抑制する働きを持ちますが、TTXの方が半減期が短いのでしばらく拮抗してもまたaconitineが勝ちます。同様にNaイオンチャネルの活性化に働くもので、ヤドクガエルの毒であるbatrachotoxinというステロイドアルカロイドが存在します。

麻佛散は動物実験を重ねた結果完成しますが、数回の人体実験で妻と母親も投与試験に参加したとされていますが、妻の失明と母の死去という大きな犠牲があったとされています。

1804年の手術は無事に成功し、世界初の全身麻酔の成功例となりました。

実際、外科手術で腫瘍の摘出は行えましたが、再発により術後生存期間は平均で3年半ほどであったとされています。しかし、200年前に、外見で明らかにわかるようなステージの乳がんの治療であったことを考えると重要な治療成績であったと考えられます。

後に、1846年にアメリカでジエチルエーテルを用いた西洋初の全身麻酔による手術が行われます。
ジエチルエーテルは引火性が高いことからクロロホルムが一時使用されますが、毒性の強さで死者が相次いだことからクロロホルムは使用されなくなります。

現在の全身麻酔は静脈注入または吸入により実施され、プロポフォール(フェノールにイソプロピル基がo-配置で対称的に結合したもの)やバルビツール酸系麻酔薬のラボナールなどが使用されます。

筆者の経験からいうと、静脈注入後は1分ほどしてふと気づいたらもうベッドの上というようになります。あまり手術室を観察するような時間はありませんでした。それほどスッと効くので、不思議なものです。また、手術前に足採寸するというプロセスがありますが、血液に血栓ができないように硬い弾性ストッキングを着用するものになります。

西洋と東洋で使用された最初の全身麻酔について、西洋は明らかに合成されたような単純なアルコールなのに対して、東洋は天然の材料から調合したあたり、それぞれの医学の発展の流れの違いを感じます。

現代の医学は先人の積み上げた叡智の歴史の上にあり、そこには携わった一人ひとりの、人々を救いたいという熱い想いが込められています。
たまには、そんな歴史に思いを馳せるのも良いかも知れませんね。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】
世界で初めて全身麻酔手術に成功したのは、日本人医師だった。

【大人のための図鑑】毒と薬【すべての毒は「薬」になる?!】
ISBN: 978-4-10805-9


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