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摩訶不思議なかたち-Complexity and Diversity of Natural Compounds-

この世界に存在する動植物は様々な物質を生産しており、多くのものが医薬品や工業製品に応用されています。その生産へのインスピレーションは、自然界に存在する数々の奇妙な小さな物質から得ています。

今日は、天然に存在する分子のユニークな構造の不思議についてお話していこうと思います。

Introduction

普段なにげなく使っている医薬品。見た感じでは錠剤や粒剤の状態ですが、実際は有効成分となる分子の塊です。

それら成分は機械的に工場で生産されているかと思いますが、そのデザインは実は天然に存在しているものを模倣しているものが多く存在します。
天然に存在する生理活性を呈する物質というのは単純な形もあれば複雑怪奇なものも存在し、その形によって効能は千差万別です。
そういった天然の物質を工業的に増産し、また改良してより効果を高めてきたのが今日までの創薬です。

ところで、化学における構造式は見たことあるでしょうか?たまに薬の箱をみると変な絵が書いてあることがあります。馴染みのない人は何が描いてあるのかよくわからないと思いますし、人によってはこんな話聞くだけでアレルギーを発症しかねないようなものです。
よろしければ、気長にお付き合いください。

Adrenaline

Fig. 1 Structure of adrenaline

この世界にあるものを構成しているのは原子ですが、その原子が複数繋がっているのが分子です。
構造式というのは、ある分子の構造について図式的に表したものです。単純に言えば、構成している原子を物理的な結合通りに線で繋いだ模式図です。

有名な化合物として、アドレナリンを例に出します。Adrenalineは神経伝達物質の一種です(Fig.1)。

分子式はC9H13NO3というのがあるのですが、これは炭素(C)が9個、水素(H)が13個、窒素(N)が1個、酸素(O)が3個で構成されている分子という意味です。

有機化合物は国際的に命名方法が決まっており、IUPAC命名法に従います。Adrenalineというのは一般名称であり、下に書いてあるのが正式名称になります。よくわからないように思えますが、実際は構造を文字で説明したものであり規則が分かればそれほど難しいものではありません。

今回のポイントは、オレンジの円、"立体"です。
この立体、有機化学では非常に(*2^10ぐらい)重要なものです。これにより活性が大きく変わったり、構造が非常に複雑かつ多様なものとなっていきます。

Fig.1は平面ですが、物質は実際には3次元で存在します。Adrenalineでは水酸基が太線になっていますが、太線は画面手前にある置換基で、破線の水素は画面奥に存在します。
Adrenalineは掃除機のような形をしており、持ち手の右側にOH、左側にHがあるといったところでしょうか。逆にわかりにくいですか?

この立体をいかに再現するか、どのように思い通りの置換基を導入するか、このことについて世界中で日夜研究されており、そのための新たな手法や理論が提唱され論文となっています。

では、摩訶不思議な天然物化学の世界を紹介していきましょう。

Atropine

Fig. 2 Structure of atropine

Atropineは、チョウセンアサガオやハシリドコロなどのナス科の植物に多く含まれる物質で、ムスカリンレセプター(mAchR)のインヒビターとして作用します。

フェニル酢酸骨格に変な物がついてます。緑色のイス型の6員環に、2炭素の架橋ができており横から見ると風車のような構造になっています。これはトロパン骨格といい、コカインにも同様の構造が含まれています。
シクロヘキサンの立体はイス型やふね型のやや歪んだ構造をとりますが、不思議と安定した形になっています。

なんとなく見方がわかったきたでしょうか?
どんどんいきましょう。

Paeoniflorin


Fig. 3 Structure of paeoniflorin

Paeoniflorinは、シャクヤクの根に含まれるモノテルペン配糖体で、筋弛緩作用があるとされおり鎮痛鎮痙薬や風邪薬に利用されます。
中心に塊になった構造があります。6員環のジオキサンとシクロヘキサンが繋がった凧が3点で糸で手前に引っ張られているような構造です。立体的にはジオキサンがイス型でシクロヘキサンがフネ型となり不思議と安定しているようです。
実際の生合成は、モノテルペンなのでDMAPPからスタートしてα-pineneの構造を作った後水酸化されていくようです。

Tetrodotoxin

Fig. 4 Structure of tetrodotoxin

Tetrodotoxinは、フグから単離される有名な神経毒で、ナトリウムイオンチャネルを阻害します。
中央の6員環を3本の糸で吊っているような構造はアダマンタン構造といい、これはジオキシアダマンタンになります。変な形に見えますが、結合角は炭素本来の結合角となっており非常に安定な構造となっています。合成研究では格好の題材となっており、発見以来多くの合成手法が提唱されています。
Tetrodotoxinはヒョウモンダコやスベスベマンジュウガニも保有する毒ですが、元々はPseudomonas sp.やVibrio sp.が生産したものを食べて生体濃縮して武器として使用しているようです。
ちなみに石川県名産の河豚の卵巣の糠漬けの毒素分解の仕組みは未だ不明らしく、まだまだ謎が多い物質です。

Puberuline

Fig. 5 Structure of puberuline

Puberulineは、キンポウゲ科の植物に含まれるジテルペンアルカロイドです。微量にしか単離されず、まだ謎の多い化合物です。
ここまで来るとかなり奇っ怪な構造をしています。複数の環構造が縮合した非常に歪みの大きい構造であり、更に複数の不斉中心と酸素官能基を持つ合成が非常に困難な物質でした。連続ラジカル環化反応が決め手だったようですが、筆者には理解できませんでした。

Ginkgolide

Fig. 6 Structure of ginkgolide

Ginkgolideは、イチョウの葉や樹皮に含まれる苦味成分で、血小板活性化因子の作用を強力に抑制する作用があり、喘息や炎症を抑えるとされています。
いよいよよくわからない形になってきましたが、構造としては複数の5員環で構成されており、シクロペンタンが2つ、フランが1つ、ブチロラクトンが3つくっついます。こんなサイコロを作るような組み方があり得るんですね。
最近では記憶力増進や脳内血流改善の効能のサプリメントとして売られているようです。

Toxiferine

Fig. 7 Structure of toxiferine

Toxiferineは、南アメリカに自生するマチン属の植物に含有されるビスインドールアルカロイドで、人類に知られている最も強い植物毒と言われています。狩猟に使用されていた毒で、筋弛緩剤として作用し、LD50は10-60μg/kgです。8員環を中心に対称(bis)であり、インドールの構造を複数持ちます。複素員環がさらに平面に結合することがあるんですね。

長すぎますか?次が最後です。

Palau'amine

Fig. 8 Structure of Palau'amine

最後の化合物、Palau'amine(パラウアミン)は、1993年に海綿より単離されたアルカロイドで、多数連続不斉中心に加えグアニジンやアルキルクロライドなどの高反応性官能基が密集した構造をしています。
その合成の困難さから全合成界の最難関化合物と言われており、長きにわたり合成研究がされてきました。全合成が達成されたのは2009年で、スクリプス研究所より報告されました。高極性の含窒素化合物は扱いが難しいとされており、こういった化合物は全合成の手腕が試されます。
ちなみにその合成難度の異常な高さから、小説 : 喜多喜久『ラブ・ケミストリー』の「合成化学界におけるフェルマーの最終定理 」と呼ばれた化合物pranksterinのモデルにもなったそうです。

Conclusion

いかがだったでしょうか。今回は天然物の構造のユニークさの視点から見ていきました。
天然物は発見から微量な化合物を生体からの単離・精製し、構造決定を経て存在が明らかになります。そしてそれを利用するにあたって更に全合成や構造改変などの研究に繋がっていきます。その間には非常に複雑なステップが存在し、専門性の高い技術と知識を持った研究者たちが日々試行錯誤を繰り返し、一つ一つの化合物に立ち向かっています。

実際に本稿をみてもよくわからなかったかも知れません。
それでも、少しでも天然物化学に興味を持っていただけたら幸いです。
筆者は実際に天然物化学に触れたのは大学院からですが、卒業した今でもその興味は尽きないものです。その魅力を、今後も伝えていければと思っております。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】

Paeoniflorin in Paeoniaceae: Distribution, influencing factors, and biosynthesis
https://doi.org/10.3389/fpls.2022.980854

A Concise Synthesis of Tetrodotoxin”
https://doi.org/10.1126/science.abn0571

Total Synthesis of Puberuline C
https://doi.org/10.1021/jacs.2c11259

Toxiferine
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S096808962100568X

Total Synthesis of Palau’amine
https://doi.org/10.1002/anie.200907112


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