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【小説】 紅(アカ) 別の世界とその続き 第25話

第25話

長老が珊瑚の奥に戻っていくと、先ほどまでガラスの様に固まっていた海の断面が一気に崩れて大量の水が押し寄せた。
僕らはその水の勢いに飲み込まれ、視界は激しく揺さぶられた。
 
 
 
意識は遠のき、目を覚ますと海の底で倒れていた。
辺りには、色あざやかなサンゴ礁、見たこともない海の生き物。

……リリーは? リリーが居ない!
 
僕は使った事もない尾鰭を一生懸命に動かし、辺りを泳いで探した。

……水中で息もできる。本当に人魚になったんだ!
ずっと、ぐるぐると泳いでいると、岩陰に隠れている美しい生き物がいた。

リリーだ!

僕には、ほとんど魚になった彼女も美しく見えた。   
彼女の肌はオーロラの様に光り、紫色にも、青色にも、黄金色にも見えた。

近寄った僕に気づき、小さな声でリリーが言った。
「嫌いにならないで」

——なる訳が無い。
当たり前だ。

僕は彼女の頭を優しく撫でながら頷いた。
「もちろん嫌いになったりしないさ。……ところでさ、リリーは門番の話アンナから聞いていたの?」
リリーは僕の問いかけに、俯いたまま頷き、
「アンナが、門番を代わってくれるって。アンナはもうずっと長い事、門番してきたから終わりにしたいと言っていたの。……アンナが消えちゃう事私、知っていたの。アンナもそれを望んでいたし。……その事も、言わなくてごめんなさい」
「そうか。君が謝らなくても良いよ。アンナはそうなる事を望んでいたんだろう? ……長い間って、アンナはどれくらい門番をしていたんだい?」
「……。二百年くらい。大体それぐらいだって」
「二百年!?? そんなに?」

……二百年。気が遠くなる程の年月、これから彼女がそれを背負って生きていくのか。
 
リリーは、まだ俯いたまま続けて言った。
「私、役割が欲しかったの。私にしか出来ない役割。門番はこの世界でも同時に二人は出来ないって、一人だけしかなれないって言っていたの。特別になりたかった。それだけなの」
 
「……うん。大丈夫だよ。僕がいる。こっちの世界でうまくやれるさ」
 
俯いたままの彼女は弱々しく、儚げだった。

彼女が、ただ息をして、僕の隣で笑いかけていてくれるだけで僕には価値がある。
 
僕は、彼女をぎゅっと強く抱きしめた。
また繰り返すのは嫌だ。
もうあんな思いをするのは嫌だ。
リリーがちゃんとここに存在するだけで嬉しかった。

僕は、目の前のリリーを大切にしようと思った。
 
 

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