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(本)それぞれの「推し、燃ゆ」(宇佐美りん)

●「推し、燃ゆ」(宇佐美りん、河出書房新社)芥川賞受賞作

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読みながら、ふわふわした感じが抜けきらなかった。
小さい頃、公園にある柵の上をバランスを取りながら必死で歩いたような、あんな感覚がずっとした。

これが今時の若い人たちの危うい生活を描いているからだろうと思っていた。もう私にはわからないかもな、と思いながら、「推しは、自分の背骨」ってさらっと言っちゃう感覚を一生懸命想像してみながら、読んでいた。

私の「推し」

そしてふと、重ね合わせてしまったのが、私のお腹の中にいた赤ちゃんのこと。
赤ちゃんはお腹の中で天国に行ってしまった。
自分の体の一部であり、愛おしくて大切な存在だった。
だけど、コミュニケーションはとることはできなくて。できるのはただ一方的に話かけることだけ。
「今日も元気にしてる?」
「写真で大きくなってきてるのが見えたよ」
「また次の検診で会おうね」
ひたすら手元にある情報から赤ちゃんのことを必死になって理解しようとして、一喜一憂していた。

ひょっとして、「推し」に近い存在だったのかも?。
ある時から急に自分の一部になったけど、自分ではないもの。その一挙一動が歓喜の声を上げさせ、不安にもさせる。
私の中心になっていった。

「背骨がなくなる」

そしてある日、突然いなくなってしまった。
何が原因だったのか。
病院の先生からは説明を受けた。でも、赤ちゃん自身がどう思ってたのかは、やっぱりわからない。ずっと「向こうの人」のままだった。

赤ちゃんがいなくなってから、私は私でいるためにいろんな憶測を立てた。
「まだ私には準備ができていないと思ったのかもしれない」
「他にもっといいママを見つけられたのかもしれない」
「あの時、お腹を冷やしてしまったのが、悪かったのかもしれない」

「推し」が姿を消した時と同じ。

本当のことはわからないまま、取り残される。私は残っているのに、私がぽっかり消えた。「背骨がなくなる」って、ひょっとしたらこんな感じかもしれない。

「何か」があった時と「何か」を失った時

きっと、これはかなり飛躍的な読み方。
でも、誰にも少なからず、経験があるだろう。家族やペットとの死別、恋人との別れ、親友との仲違い・・・。誰もが「何か」があった時と、「何か」を失った時を知っている。高揚感や快感が焦燥感や絶望感になる瞬間を。だから、この小説に引き込まれるのかもしれない。

あなたの「推し、燃ゆ」は?

読み終わってからも、しばらくはふわふわした感じが残る。考えてるうちに、こんな私の胸の内にたどり着かせてもらえた。
それぞれの人の「推し、燃ゆ」の話が聞きたくなった。


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