草の根広告社/秋谷日記(ニコニコチャンネル復旧までの臨時更新)
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「ピースランド」
ピースランドには、ビスケットの木という樹木がある。牛がたっぷりミルクを与えることでおいしいビスケットが実るという。その島では朝が来ればありともぐらがモーニングコーヒーを飲み、夜が来ればうさぎがともだちのペンギンと海に浮かべた小舟の上でビールを飲む。
高畠純さんの「ピースランド」という絵本の話だ。発表されたのは1981年。日本が空前の好景気で、バブルに突き進んでいった時代。農漁村を離れ、都会で忙しない日々を生きるようになった日本人が束の間の現実逃避としてのどかな南の島をイメージし始めた最初の時代だったのかもしれない。
ぼくも都会で暮らしていた頃は同じように南の島に憧れていた。手ぶらでサイパンに飛び、スーパーでケース買いしたコロナビールとオレンジを浜辺で嗜みながら、忙しくて読めなかった文庫本のページを捲る。そんな時間に憧れていた。
その根底に消費を強いられることに対する疲れがあったのに気づいたのは、秋谷暮らしを始めた後のだった。
資本主義社会は「経済成長が人を幸せにする」という教義の元に成り立っている。だが、経済が成長し続ける為には人が消費し続けなければならない。ちょっとコインパーキングに車を停めておくだけでチャリン。原稿を書くためにカフェに入るだけでチャリン。歩いていて喉が渇けば至るところにコンビニがあり、水を買うだけのつもりがレジの横に置かれたスナックについ手が伸びていたりして気がつけばチャリンチャリンと小銭が飛んでいる。なんとか節約しようとしても町の至るところに消費を促す広告がある。つまらない散財というのは人にストレスを与えているそうだ。そのストレスこそが経済を成長させているはずなのに幸せを感じられない理由だという。
秋谷暮らしで手に入れたもののひとつがこうした消費によるストレスからの解放だった。この町には都会ほど消費できる場所がない。県営の無料駐車場に車を停めて、家でポットに詰めてきたコーヒーを飲みながら海を望む堤防に腰掛けて原稿を書く。高級食材が買える成城石井はないけれど、家庭菜園で無農薬野菜を育てることができる。一円もかからない。だから都会ほどの経済成長もない。なのに幸せを感じられる。幸せというのは消費しないことで簡単に手に入るものだったのだと気づいたときは洗脳が解けたような気分だった。「経済成長が人を幸せにする」という資本主義教の教義から解放されたような実感があった。
ピースランドを読んで、ぼくは今の自分の暮らしそのままじゃないかと感じた。リゾート暮らしというほど贅沢じゃないけれど、ここでは毎日が夏休みだ。朝の涼しいうちに宿題をして、暑くなったら海で泳いで、夕暮れになったらビールを飲んで、自分たちで作ったおいしいごはんを食べて、夜になったら眠る。時々、星空や海に光の道を描く満月を見上げて泣いちゃったりもする。
夏休みと言っても、7月じゃないし、お盆休みとも違う。夏休みの終わり――8月31日だけを毎日タイムリープして生きているような感覚。夏の終わりの切なさと、明日からの新学期を思ってのちょっとした焦り。それが何年も続いている。
2024年6月の日経新聞の記事によると「東京に住む20代の2人に1人は移住に関心がある」そうだ。多くの人々が農漁村を離れ、都会に出て半世紀。経済成長が必ずしも人を幸せにするものでもないと気づいた人々が少しずつ農漁村へと戻っていくのかもしれない。それぞれの、ピースランドへと。
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