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【既刊紹介】バイバイ・バディ

■内容紹介

十五年前、海斗は小学校の四階から飛び降りようとしていた。それを助けたミツルは「いままで友達ができたことがない」と言う。六年前、海斗は死んだ。ミツルは海斗との最後の約束を守るため動き出す。そして今、三咲が屈強な男に追い詰められたとき、怪しい二人に助けられる。

 内容紹介だけ見ると、ハードボイルドサスペンスかクライムアクションみたいな雰囲気がありますが、そうでもないです。どっちかというと、一種の青春小説、的なカテゴライズをしてくださる方が多いような気がします。作者的には、「人間の成長譚」という位置づけなんですけどね。

■ダイビング小説じゃない

 表紙がイワシのベイトボールで、タイトルが「バイバイ・バディ」なもので(ダイビング時、一緒に潜るパートナーを「バディ」と呼ぶ)、海やダイビングが関係するお話かと思うかたもいらっしゃるんじゃないかと思うわけですけれども、申し訳ないことに海は一切出て来ないですし、酸素ボンベも登場しません。紛らわしくてすみません。
 ストーリーは、決して明るいものではありません。出てくるキーワードも、ネガティブなものばかり。自殺、殺人、違法薬物、売春、改造拳銃、不正、談合。おおよそ、この世界にはびこる「悪いもの」ばかりです。
 でも、表紙のイワシの群れは、本作のテーマを暗示するものになっておりまして、読み終えた後に「ああ、なるほど」と思っていただけるのではないかと思います。

■二作目の壁ヤバイ

 よく、新人賞を取ってデビューした作家が、「二作目の壁」にぶち当たる、という話があります。実際、デビュー作刊行後、二作目を書けずにこの世界から離れてしまう方も少なくないようで、デビュー直後は「二作目の壁」をいかに乗り越えるか、というお話をいろんな方から聞きました。

 なんですが。

 いや、この壁がね、実際すごいんですよ。僕も、ものの見事にぶち当たりまして。デビュー作の「名も無き世界のエンドロール」が単行本として刊行され、その後数年たって文庫化されてもなお二作目を出せず、ああ、このまま壁を超えられずに終わってしまうのだろうか、ともよく思いました。
 僕の場合、デビュー作=長編処女作だったということもあって、まだまだ数百枚の長編をどう書くか、なんていう技術も感覚も身についていなかったですし、兼業で仕事も忙しいですし、プライベートでもあんなことこんなこといっぱいあって、精神的にいっぱいいっぱいになってしまっていたな、と思います。
 そんな中、なんかものすごく苦労して苦労して、ようやく二作目として刊行に至ったのが本作、「バイバイ・バディ」でした。なので、ストーリーだとか作品の出来云々より、難産の末に生まれてきた我が子、みたいな感じで、これも思い入れのある作品です。

■友達とトモダチ

 本作のテーマの一つに、思春期における自分と他者の関係性というものがあります。人間のアイデンティティというものが形成されていく際に、どうしても必要になるのが「他者」の存在です。自分と他者を比較して、人は「自分とはこういう人間だ」という自己認識をします。意思疎通のできる相手のいない無人島に一人いるだけの人間であれば、人格や性格がどうであっても別段重要なことではないわけですし、社会生活を送る人間だからこそ、他者の存在を通した自己の確立が重要になります。
 思春期に接する他者の代表格が、友達です。それまで、ある程度価値観の近い家族の中で育ってきて、突然学校という水槽に放り込まれたとき、周りには自分と考え方の違う人間がぞろぞろいるわけです。その、自分とは違う人たちと付き合い、「友達」となっていく中で、協調性を身につけたり、客観的・多角的な視点を養っていったりします。
 ですが、すべての人間と仲良くする、というはなかなか難しいことです。クラスの中で反りが合わないやつも出てきますし、そもそも話すらしないやつもいる。同じクラス、と括られているので学校にいる間は付き合いを持つけれど、卒業したら連絡を取ることもなくなる。そういう人を何というのか? あんまり、「小、中学校時代の知り合い」と表現する人は少ないのではないでしょうか。「小、中学校時代のトモダチ」と言うことが多いように思います。
 
 卒業後も、長きにわたって付き合うことになる「友達」と、学校生活を送る中で便宜的に呼ばれる「トモダチ」という存在。似て非なる存在のうち、あなたが「ともだち」と呼んでいるのは、どちらの人のことでしょうか。

■人間としての「個の価値」を考える

 僕が学生の時、友達が多いというのは一種のステイタスのようなものでした。最近だと、SNSで繋がる人の数、フォロワーの数といったものがステイタスになっているように思えます。人と人との繋がりによって、新しい経験や思い出が生まれる。そして、人が人を呼んで、また新しい出会いが生まれる。そういうことって素晴らしいことなんですけど、あまりにも交友関係が膨れ上がってしまうと、その中の「個としての自分」を見失うことがあるのではないかな、と思います。 

 本作では、友達もトモダチもいない孤独な男子、トモダチは多いけど人を求めない孤高の男子、そして、トモダチがたくさん集まってくる男子、という三人の少年を軸に、話が進んでいきます。僕がその中で考えようと思ったのは、集団の中で生きる人間の、「個の価値」です。

 自分という個が、この世界にもたらすものはなんなのでしょう。人は一人で生きていくことはできない動物ですが、反面、自分のことを嘘偽りなくすべて理解できるのも自分だけです。他者という鏡に映った自分を見て自分の立ち位置を把握しなければならないのに、他者には完全に自分を理解してもらうことはできないという「自己認識」の矛盾。それをどう捉え、どう乗り越えていくのか。そういうものを本作を通じて考えてもらえたらいいな、と思っています。

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 そんなこんなでございまして、本作もお手元に置いて頂けたら、大変うれしいなあと思います。


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp