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【既刊紹介】ヒーローの選択

■内容紹介

清水勇介は「奇跡の水、ミラクルネイチャーウォーター」の訪問販売をしていた。ペットボトル10本を担ぎ、足を棒にして歩いても契約は一件もとれない。諦めてアパ―トのチャイムを端から順に鳴らしていると、一室のドアが開き、小学校時代の友人・小山田と再会した。
連絡をとらなくなって久しいが、昔は当時流行っていた特撮ヒーロードラマの真似をして遊んだ仲だ。
小山田はいとも簡単に、宅配水の契約をしてくれるという。その言葉につられて家に上がると、小山田はCDラジカセのスイッチを押し、予言者・ケンジのラップを流す。ラップの内容は、清水がこの部屋に来ることを予言したものだった。さらに小山田は、世界は八百四十一年後に終わることが決まっており、世界の終わりを防ぐため、ケンジに会って「世界を守り隊」に入ってほしいと頼まれる。どうする、清水?

 宣伝用の内容紹介の文章は基本的に編集さんが考えてくれているのですけれども、本作だけでなく、僕の小説というやつは内容紹介が難しいようで、苦労の跡が見て取れる文章になっております。毎度ありがとうございます。

■実は、本作がデビュー後第二作

 僕は、デビュー後二作目として「バイバイ・バディ」を刊行したのですけれども、実は書き始めが早かったのは本作「ヒーローの選択」でした。新人賞に応募原稿を送った後くらいに構想が始まって、デビュー前に冒頭数十枚を書いていたのですけど、デビューだなんだとバタバタしたり、いろいろもろもろ紆余曲折があって、刊行自体は三作目となりました。

 本作を書くにあたっては、デビュー作の「名も無き世界のエンドロール」が全体的に鈍色といいますか、どんよりともやがかった空気感のお話だったので、とりあえずノリは軽いものにしよう、と思っていました。

 じゃあ、どういうノリがいいだろう。
 縦ノリとかどうだろう。
 オールドスクールのヒップホップみたいな?

 というところから、「ラップで予言する予言者」というどうしようもないキャラクターが生まれ、本作の執筆がはじまったのでした。

■ヒーローと言えば?

 作中、一つの要素として「戦隊ヒーロー」が出てくるのですが、みなさんのなかでの「戦隊ヒーロー」は、どの辺りでしょうかね。
 幼い頃の記憶は定かではないところもありますけど、僕はたぶん、一番最初に大ハマりしたのが、「大戦隊ゴーグルファイブ」であったと思います。「世界征服を目論む悪の組織と戦う正義の戦隊」という、勧善懲悪の王道ど真ん中な作品で、本作に出てくる戦隊ヒーロー「世紀末戦隊エスカータ」のモデルになっております。

 ヒーローと言えば、正義の戦隊ヒーロー。弱きを助け、悪をくじく。

 でも、そういう価値観を心の底から受け入れられるのって、子供だからだと思うのですよね。オトナになって、いろいろな価値観や思想に触れていくうちに、「勧善懲悪」の危うさといいますか、恐ろしさのようなものを感じるようになる。この世界には、いくつもの「正義」があって、その「正義」同士が、お互いを「悪」だと言い張って、傷つけあっている。

 リアルな世界におけるヒーローとはどんな存在か。それが本作の大きなテーマの一つになっています。

■予言は可能なのか?

 本作では、ラップで予言をする「ケンジ」が、841年後に世界が滅ぶ、という予言をする(ラップで)ところから話がスタートしますが、ところで、予言というのは実際、可能なものなのでしょうか。
 かつて、世界というものが因果論で語られていた時代には、「この世にあるすべての原子と、その運動をリアルタイムに把握する存在がいるとしたら、未来予知は可能である」という考え方がありました。所謂、「ラプラスの悪魔」という概念です。この世界はすべて物理法則の元に動いているのだから、物質がどう動くのか、を知ることができれば、やがて世界がどう動いていくかがわかる、というわけです。

 ところが、量子力学の世界では、原子よりも小さな量子は、「観測をすること」自体が刺激となって動きを変えてしまうので、ラプラスの悪魔は成立しない、と証明されてしまいます(不確定性原理)。観測することによって生まれる小さな量子の動きは、やがて大きな変化を生むので(カオス理論・初期鋭敏性バタフライエフェクト)、観測した時点で未来は大きく変わることになります。つまり、量子力学的な見方では、未来の予知は不可能、ということになるわけです。

 じゃあ、「観測」ではなく、「計算」でこの世にあるすべての物質の動きを把握できたとしたら? 現時点での世界の状態を観測をする必要はないので、「計算」ができる悪魔は、不確定性原理で否定されることはなくなります。この宇宙が始まった時の物質の状態を知っていて、すべての物理法則を計算できる数式(標準理論)を把握する、「ラプラスの悪魔・改」ならば、この世界の始まりから終わりまでを計算し、予言することができるのではないでしょうか!


 ええと、なんのこっちゃ。


 なんかこう、わかってますよ、的な体で話しましたけど、僕もまあ、基本はド文系ですから、なんとなーく、ああ、そういうもんなのか、という程度の理解ですけどね。もちろん、こういう難しい話は本作中には出てきません。エンタメ小説ですからね。でも、根っこの部分には、こういう考え方が練り込まれていたりします。

■人間の思考は無意味なのか

 さて、理系の方々における「予言」が小難しい、ということはわかっていただけたのではないかと思いますが、文系脳がこういう学問の話を聞くと、理論とか法則とは別の方向に考えが向いていきます。

 ーー僕らは、「物質」なのだろうか?

 量子力学のお話の中では、人間も量子などの素粒子でできた「物質」として扱われます。素粒子でできた原子が結びついたものが人間を形作っていて、僕たちが見たり聞いたりして感じること、考えることは、脳内の神経物質の伝達によるものです。たとえば、リンゴを見たときに「うまそう」と感じるかどうかは、目に入ってきた刺激に対する、物質的反応でしかないわけです。
 つまり、僕たちは「宇宙」というすさまじい規模の精密コンピューターの中の、ミクロレベルの歯車の一つでしかなくて、その動き方は神様が作った物理法則に支配されている。だから、ヒーローになる人は、生まれる前からヒーローになることが決まっているわけですし、不慮の事故で亡くなる方も、生まれる前から死ぬことが決まっている。そういう考え方を聞くと、わくわくする反面、なんだか自分の人生って虚しいな、とも思ってしまいます。

 僕たちは日々、生きながらいろいろなことを考えます。あと一個から揚げ多く食べたら太るかな、とか、遅刻の言い訳どうしよう、とか。将来のことを真剣に考えたり、悩んだりします。それもすべて、宇宙の始まりから物理法則で決まっていたことだと言うなら、僕なんかは、考えるだけ無駄な気がしてきてしまい、なんかあらゆることに対するやる気がなくなりそうになるのですけれども。

 でも、人間は昔から人間としての生き方を考えてきました。答えの出ない問いに対しても、必死に頭を動かして答えを導きだそうとします。世界のすべてが決まっているなら、そういうものの価値はどこにあるのでしょうか。無意味なものなのでしょうか。

 この世界に「悪と戦うヒーロー」がいたら、きっと「正義とは何か」という問いに頭を悩ませるはずです。でも、頭を悩ませた結果、出した選択が世界を変えることもなく、元からそう答えを出すと決まっていた、と言われたら、もうマジでなんなん、やる気でねえわ、と、ヒーローもふてくされるに違いない。だから、小説における「予言」は、未来を変え得るもので無ければいけません。

 それは同時に、僕たちが生きていくという上でも、無意味なものであってはいけないと思います。

■ヒーローの選択

 我々の頭を悩ませる多くの問題の一つに、ジレンマというものがあります。「あちらを立てればこちらが立たず」という状況で行動の選択をしなければならない時、我々の思考を補完するルールや倫理観といったものが機能しなくなってしまって、簡単に答えが出せなくなってしまうのです。

 本作では、世界を守るヒーローの頭を悩ませる問題として、有名な「トロッコ問題」をモチーフとして使いました。トロッコ問題とは、「自分の選択がどちらも人の命を奪う結果をもたらす場合、どう行動を選択するのか」という思考問題です。
 我々のような一般人ですら、その問題を前にしたら答えが出せないと思いますが、本来、人を助けなければならない「ヒーロー」には、さらに酷な選択になります。人を救うのがヒーローであって、人を殺してしまったらヒーローではなくなってしまう。でも、人を死なせなければ、人を救うこともできない。そんな状態に置かれたヒーローは、果たしてどんな選択をするのでしょうか。

 結論を言ってしまうと、本作でその答えは出ていません。そりゃ、世界中の哲学者が束になったって結論を出せるような問題ではないですから、いち物書きが答えを出せるものでもないわけですし。そこは何卒ご了承ください。

 でも、我々は日々、こういった選択と直面するのです。その時、どうすればよりよい選択ができるのか。物理法則で動く巨大な宇宙という機械のいち歯車である僕たちにできる選択とはなんなのか。そういうことを、読んだ皆さんが考える契機になればいいなと思っています。



 どうでもいいんですけど、科学とか物理学とか、理系分野で出てくる文学的表現って、異常にカッコイイですよね。「ラプラスの悪魔」とか。「シュレーディンガーの猫」とか。理系なのに文学的センスがあるとかズルくない? とよく思います。

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp