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『スパイの妻』のウラバナシ(3)

 10月の劇場公開も情報解禁となりました、『スパイの妻』。 いやー、多くの皆さんに見て頂けるようで、よかったなあーと思いますね。是非ね、映画も(コロナに気をつけつつ)劇場でご覧いただければと思いますけども。

■試写に行って参りました

 先日ですね、実は映画版の「初号試写」に参加させていただきまして、都内某所の試写室にて拝見して参りました。観られずにやきもきされている皆様には大変申し訳ないのですけれども、これもノベライズをやったご褒美みたいなものでして。何卒ご了承くださいませ。

 ラッシュの映像は事前に自宅で観ていたのですけれども、やっぱ音が入って劇場で観ると違うもんですねえ。もともと8K放送用ドラマということだったので、ああいう歴史ドラマよりは、大自然バーン!みたいな映像の方が良かったんじゃないか、と当初は思っていたんですけど、映像の見せ方にはやっぱりこだわりを感じましたね。特に印象的だったのは、福原夫妻の自宅のシーン。ステンドグラスから入る光の加減が美しかったなあ、と思います。8Kで見るともっときれいに見えるのかなあー。

 音楽もね、エンディングテーマは大河ドラマのように壮大でしたし、ラッシュの時に「この場面でどんな音楽を入れるのかなあ」と思っていたシーンについては、え、この曲を入れるの!?という意外性もあって、こういうとこセンスだよなあ、と思いましたね。なんか、肉に果物とか甘いもの合わせると美味い、みたいなセンス。僕は絶対、塩か醤油か、しょっぱいものをかけてしまうタイプ。

 ストーリーはね、どうしてもはしょられたサイドの部分もあったりするんですけど、それはきっと「映像のためにあえて切り捨てている」のだろうな、と思いました。小説家はね、細かい部分を拾ってちくちく整合性を取ろうとしちゃうんですけど、映像は「頭になだれ込むものを受容する」というエンタメなので、どういうストーリーラインであれ、見終わった後に残るものがあれば、それが映画の価値なんだなあと改めて感じました。細かいものはねじ伏せる、という力が映像にはありますね。

 まあ、その分、ノベライズするときに大変だった部分も、あるわけですけども、、、! 時制とかね、、、!w

■満州と僕

 『スパイの妻』の舞台は、一九四〇年頃の神戸市なんですが、もう一つ、作中で大きな意味を持つのが満州国というロケーション。作中序盤で、主人公・福原聡子の夫・優作は、仕事で満州に赴きます。実は、僕はこの満州とほんの少しだけ縁がありまして。

 満州というのは、中国の東北部の地域一帯を指す呼称でして、現在でいうところの、遼寧省、黒竜江省、吉林省辺りを指します。戦時中、日本は清国のラストエンペラー・愛新覚羅溥儀を擁立して「満州国」を建国します。無論、日本が「侵略なんかしてないよ!」と国際社会に言い訳するための傀儡国家でしたので、現実的にはほぼ日本の植民地であったわけですね。

 さて、僕の父方の祖父は研究者でありまして、主な専門は「防疫」でした。実は、『スパイの妻』作中にも防疫を主任務とする某部隊らしき組織が登場しますが、祖父は軍属ではなくて、民間の研究者として家畜の防疫の研究をしていたようです。今も問題になる豚コレラとかね。ああいうのですね。
 もともと祖父のルーツは福島県ですが、『スパイの妻』の舞台となる時期より少し前に、満州国奉天市(現・遼寧省瀋陽市)の研究所に転勤します。なんか、僕の感覚だと、「移民」とか「移住」みたいな出来事なんですけど、祖父の残した資料だと「転勤」となっていて、満州国と当時の日本はそういう距離感だったのかあ、なんて思いましたね。

 祖父は奉天で祖母と結婚して、その後、現・黒竜江省哈爾浜市の近くに異動になります。父が生まれたのもこの頃だそうで、ほんのり記憶があるみたいですね。「とにかく寒い」と言ってました。東北育ちが「寒い」と言ってるんですから、相当寒かったんでしょうね。
 ただ、子供だったのであんまり覚えていることはないらしく、今回は取材対象としては全然役に立ちませんでしたけども、、、、!

 祖母は現地でいろいろ料理を覚えたようで、僕が子供の頃、祖父母宅にお邪魔すると餃子をよく作ってくれました。皮から手作りで、もっちもちのやつ。本来はたぶん水餃子にして食べるもんだと思いますけど、焼餃子にしたものをよく食べさせてもらってました。あんなに皮がもちもちの餃子は日本でお目にかかったことないですね。食べると、ほんのり香辛料の香り。中国東北部では料理にクミンをよく使うと物の本に書いてあったのですが、祖母の餃子はナツメグが入っていた記憶があります。代用だったのか、現地でも使っていたのかはわからないんですけどね。

 祖父は満州で終戦を迎えまして、その後数年、中国政府によって拘束されて研究を続けるように強要されるのですけれども、その頃に、ノベライズ版に登場するある伝染病のワクチン研究なんかも行っていたようです。その後は日本に戻って定年を迎えて、僕にとっては「物知りのおじいちゃん」になりました。もう他界して随分経ちますけど、もっといろいろ話を聞いておきたかったなあ、と思ったりもしますね。

 当初、ノベライズの第一報は、「なんか満州の話らしいですよ」ということだったので、なんとなくご縁を感じたというか、だったらやってみたいなあ、と漠然と思ったものです。もしかしたら、ノベライズの話は祖父が縁を取り持ってくれたのかもしれません。

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 ということで、今日はいつもとちょっと違うセンチメンタルなお話でした。小説を書く仕事と言うのは孤独なもので、自宅で独りデスクに向かう時間がとてつもなく長くなるんですけど、だからこそ、人と人の繋がりの妙、みたいなものを感じることがありますね。
 『スパイの妻』も、映像美や役者さんの演技も見どころですが、是非、人が人に及ぼしていく影響の大きさのようなものにも着目して頂けるといいのではないかな、と思います。

 映画を観る前にor観た後に、ノベライズ本もいかがですかー。


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp