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平安自衛隊

■2019/02/03 節分

 陸上自衛隊・新井場三等陸尉は、深泥池 みどろがいけの向こうに鋭い眼差しを向けた。二月、食料が足りなくなるこの時期に「鬼」はやってくる。

 御殿場・東富士演習場での総合火力演習の最中、新井場率いる戦車中隊は突如時空の歪みに呑まれ、平安時代の京都にタイムスリップした。当初、魔物と勘違いをされて護衛部隊に包囲されたが、現れた「鬼」によって護衛部隊は四散した。鬼たちの目的は、平安京を襲って人を殺し、女や金目の物を奪い取ることだった。つまり、「鬼」とは山賊のことだったのである。

 時代は違えど、自衛隊が守るべきは日本国民である。新井場らは近代兵器の圧倒的な武力を用いて鬼を制圧し、一躍、京の守護神として受け入れられた。新井場は、時の天皇、宇多天皇にも拝謁を許されたほどだった。

 それから数年、鬼がやってくる度に新井場らは迎撃に向かうことになった。だが、次第に弾薬はつき、戦車を動かすための燃油も不足しだした。鬼との戦いの中で戦死する隊員も現れた。自身の求心力の低下を感じる中、新井場がとった作戦は、敵の殲滅であった。

 鬼の砦は鞍馬山の山中、僧正が谷の近くにある。鬼が都に向かって砦を出た後に、貴船口に展開する第一部隊が作戦を開始。ヒトマル式戦車の火力で砦を破壊、占領する。すでに砦を出た鬼たちを新井場率いる第二部隊が深泥池で食い止め、砦を攻め落とした第一部隊と合流、挟撃して殲滅する作戦だ。だが、戦略上重要な第一部隊に残存火力を集中したために、第二部隊の装備は貧弱なものになってしまった。切り札となる戦車砲は、たった一発。弾薬も少ない。

「なんで俺たちがこんなことを」
「こんな豆鉄砲みたいな戦力で、鬼のやつらと戦えますかね」

 京の民は新井場らを頼みにするあまり、自ら戦う意志を失ってしまった。そんな民のためになぜ命を投げうって戦わなければならないのか、という隊員たちの不平も理解できる。

「敵襲! 鬼です!」

 山間の小道から、わらわらと鬼たちが現れた。第一部隊が合流するまで食い止めなければならないが、数年に渡る戦いから鬼たちも銃に慣れ、自動小銃の斉射くらいでは止まらない。見る間に第一防衛線を突破され、鬼たちの矢が飛んでくる。

「新井場さん、ここは危険です!」
「いいから戦車砲を用意しろ!」

 すでに、一部の隊員たちが白兵戦に巻き込まれていた。拳銃や銃剣で応戦するも、見る間に犠牲者が増えていく。苛立った新井場が指示を出そうと身を乗り出した瞬間だった。風を切って飛んできた矢が、深々と新井場の胸に突き立った。やつらの矢は毒矢だ。もう助からない。
 ここまでか。新井場が全滅を覚悟した瞬間、背後からわっという声が上がった。見れば、数千の京の民が援軍にやってきたのだ。先頭に立っていたのは、この時代で唯一新井場が心を許せる友と思っている、でん六である。

「鬼は外!」

 京の都に鬼を入れるな。でん六たちは、必死の投石で鬼を食い止める。戦車砲が轟き、鬼たちを蹴散らす。そうだ、これでいい。薄れていく意識の中、新井場はほのかに笑った。

     * * *

「戦車砲がさあ、恵方巻の起源で、石投げが豆撒きの起源なんだってさ」
「へえ」

 テレビを見ながら炒り豆をぼりぼりと喰らう嫁が、興味がないことも隠そうとせずに生返事をする。せめて「ウソでしょ?」くらいのツッコミはいれたっていいではないか。俺は、ちっ、と舌打ちをした。嫁が食っている豆の数をカウントしているが、すでに年齢の四倍は口に放り込んでいる。



小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp