【まもなく臨月突入】過去の私の呪縛⑤〜孤独な高校生活とヲタク化~

初七日が終わり、四十九日の前に私の受験はやってきた。

しかし、その記憶はあまりなく、唯一覚えているのは受験の日の昼ごはん。

同じ中学から受験した小学校も同じだった近所の子と食べた記憶。(のちにその子も合格)

その日にした自己採点では合格点だったので安心していた記憶もある。

そしてあっという間に4月になり、入学。

ここから私のひねくれた高校生活が始まる。

今思えば、クラスメートからしたらかなりめんどくさいヤツだったと思うが

いかんせん頭が良い子達が集まる学校だったので陰口やいじめなどはなく

なんとなーく皆から距離を置かれていた。

それが証拠に私の高校時代のニックネームは

“ちなみさん”だった

同級生からさん付けされる、という何とも奇妙な感じ。

背が高かったこともあるが(168センチ)
同じように背が高かったバレー部の子は
呼び捨てで呼ばれていたから、
恐らくそんな理由ではないだろう。

一番最初にニックネームをつけてくれた子は
私の後ろの席の子で、

その子は小柄で私と身長差があったからそんな風に呼んでくれていたのかもしれないが

彼女が呼んでいるのを聞いて周りも皆私を
“さん付け”で呼んでいた。

今思えばどこか冷めていて、あまりわちゃわちゃした輪の中に入れなかったからかもしれないが

とにかく私にとって高校生活は苦痛だった。

無理して入学したものだから、
初っぱなから授業に追いつけなくなり
理系科目は1年の夏ごろには赤点再試を受けまくっていた。
(反対に歴史や古文は大好きだったのでそれなりに成績もマシだった)

クラスでは姉御気質に扱われていたので
『姉御のちなみさん』を演じていたため

帰る頃にはいつも疲れていた。

以前の日記にも書いたが、やりたかった吹奏楽部には入れず授業が終わったら帰っていた。(詳細は私の半生日記〜③)

そんな私が高校時代没頭したのは
洋楽専門のラジオだった。

元々母がラジオ好きで、子供の頃から家では毎日FMラジオが流れていた。

ある日ふとしたときにたまたまつまみを少し間違えていつもの放送局と違う放送局に繋がった。

(今ではそんなラジオ機はないだろうが昔はつまみでラジオ局のチャンネルHzを合わせていた。昔のテレビのつまみと同じように)

後で新聞で確認したら、そのラジオ局は開局したばかりの名古屋の超ローカル局だった。
(悲しいことに数年前に経営難で閉局してしまったが…)

中学で洋楽に目覚めた私は、洋楽のヒットチャートや最新のPOPSが流れる

その放送局が大好きだった。

ちょうど帰宅する頃に洋楽チャート流す番組が毎日放送され、カナダ人男性のDJと日本人の女性DJの絶妙な掛け合いが聴いていて心地よかった。
(その時の影響もあって気のせいか少しばかり英語の発音が良くなったように思うw)

毎日聴く中で、いつしか番組にリクエストをするようになった。

当時はガラケーでiモードやezwebが使えるようになり出したばかりの頃。

ラジオではまだまだハガキかFAXが多い中、その新しいラジオ局(Radio-i)はWebからリクエストができた。

それまでリクエストなんてしたことがなかったが、初リクエストをしたらそれが採用され、そこから度々採用されるようになった。

採用されて読まれることとリクエストした音楽が流れることが楽しくて

リクエストしまくるようになり

そこからアーティストグッズに応募して当たったり、リクエスト曲が放送されたり…と、とにかく楽しかった。

学校では当然ながらその楽しみを共有する友人もおらず、

と言うか、当時の私はとにかくすさんでいて、だれも私の事なんてわかるわけないと決めつけていたんだけど。

とにかく私生活と学校で乖離があり、ますます他人と壁を作るようになった。

けれど、そんな中でも楽しいことはあった。

それはあるクラスメートからブレイク直前(“ひとり”がヒットする前)だった
“ゴスペラーズ”のCDを貸りたことがきっかけで

彼女と何人かの子でゴスペルサークルを組んだことだ。

彼女の計らいで非常勤講師の音楽の先生が顧問をしてくれて
(残念ながら先生が辞めることで半年ほどで解散となったが…)

それでも一曲だけアカペラをコピーしたのである。

その曲がこちら(もちろん洋楽w)

私が大人になってゴスペルサークルに入り、長い間ゴスペルをしていたのもここが原点と言える。

ある意味で、高校時代は私の音楽との関わり方が変わっていった頃だったように思う。

三歳から始めたエレクトーンも、高校卒業と同時に辞めた。(というか親に辞めるように言われた)

理由はこれ以上続けても先はないし、私の大学進学に伴って金銭的なこともあっただった。

それまでプロを目指していたが、プロの道を諦め、趣味として音楽を楽しむようになっていった。

大学は親から下宿を許されず、選択肢のないために地元の国立大学を受験するも見事に不合格し、滑り止めのFラン大学に入学した。

その後の大学生活は恋愛などとは程遠く、ゴスペラーズにドはまりし、

毎日のように彼らのラジオを聴きながらブラックミュージックやR&Bのルーツを研究しまくる、というさらにヲタク化が進んでいったのである(笑)

続く

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