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香川県から長野県に移住してみたら

2018年の冬に長野県に引っ越し、今は小諸市という小さな町に住んでいます。

あっというまに月日が流れたと思う一方で、まだたったこれだけしか過ぎてないのかという気もしなくもない。長野の暮らしは想像以上に初めてのことだらけで、今だに慣れないと感じることもたくさんあります。

そもそもわたしは長野県に魅了されて移住してきた人ではありません。憧れもなければ縁もゆかりもありません。ただ当時お付き合いしていた夫が住んでいたというだけの話です。
今日は、そういう人が長野で暮らしてみて、どんなふうに感じているかを書いてみたいと思います。


わたしは香川県丸亀市出身です。
と言うと、十中八九「うどんですね」と言われて「あ、はい。そうです」と答え「丸亀製麺ですよね!」と続き「いやそれは実は丸亀とまったく関係なくてですね……」と、丸亀製麺が丸亀市と無関係ということを告げるとお相手がびっくりして若干落ち込む、というのがもはや定型です。それと同時に「え、香川から来たの!?」と驚かれることもしばしば。
夫のイギリス(夫はイギリス人です)よりもはるかに驚かれる機会が多いのがいささか釈然としませんが、思い返せば香川県で長野県出身の方に会ったことがなかったので、そのくらい県民の行き来がない場所同士なんだなと思っています。


わたしはずっと実家のある丸亀市のことを「ちょうどいい田舎」だと思って生きてきました。
実家から徒歩圏内にはコンビニがいくつかと、大きなドラッグストア、飲食店などなどがあります。学校も近いです。
車で5分も走ればスーパー、本屋、美容院、クリニックにホームセンター。生活に困ることはありません。
誰かのプレゼントのための、気の利いたものが買えるお店も、まあいくつかあるし、お城があって美術館もあります。
そう聞くと街中のイメージが湧くかもしれませんが、実家の周りは田んぼやあぜ道があって、神社もあって、朝と夕方は通学する子どもたちや犬の散歩をする人たちが歩いているようなところです。
ただ、取り立てて目の覚めるような何かがあるわけではないことが、ちょびっと不満でした。
だから「ちょうどいい田舎」と例えていたのだと思います。


では今の場所はというと。

ここでは自宅からいちばん近いコンビニまでは車を使います。歩いて行こうとは思わないけれど、もし歩くとなればいくつも坂を上ったり下りたりして軽く1時間はかかるでしょう。
学校は、同じようにいくつも坂を上ったり下ったりしたところにあります。
好きなブランドの洋服や靴を買える場所は近くにはありません。
何より悲しいのは、いたるところに本屋があった香川県と違って、ここには本屋がめっぽう少ないこと。
会社の帰り、友だちとの待ち合わせ、なんとなくの暇つぶしで、毎日のように本屋に行っていたわたしにとってこれはなかなかのダメージでした。


さて。
丸亀がちょうどいい田舎なら、ここはどうでしょう。
これだけを見ると、ただの田舎。ずいぶん不便な場所に引っ越してきたような気がします。
ただ、わたしはここでの暮らしが思ったよりしっくりきました。
それはおそらく、わたしが生活する上で重要視することが変わっていったからだと思うのです。

はじめて長野に遊びに来た夏の日。佐久平駅から車で走ったときに見た浅間連山の迫力に圧倒されました。田畑の広さや空の高さ、どれをとっても香川のそれと全部が違っていました。

道の駅で、長野に来たら絶対買うと決めていたナガノパープルを1万円分買って実家に送り、自分たち用にもひと房買いました。
パンパンに膨らんだ巨大な果実を噛むとフルーツらしからぬパリッとした音がしたと同時に、口の中に甘すぎるほどの果汁がはじけてびっくりしました。

夜は湯の丸山の駐車場まで車で上がり、寒空の下で星を眺めました。
あまりに感動してその翌日の夜は車を走らせ、もっとすごい星空を見るために美ヶ原までドライブ。
季節外れのダウンジャケットを着て、小さなライトと三脚とカメラを持って暗闇の一本道を歩き、塔のふもとで夜通し星空を撮影しました。
流れ星はいくつ見たか、途中で数えるのは諦めました。なんちゃら流星群でもない日にこんなにたくさんの流れ星を見たのははじめてです。

次の日は昼前にむくりと起きて、近所の山に登ってハンモックで昼寝をしました。夕方になると一気に涼しくなってこれまた感動。
山から降りる頃にはエアコンいらずで、窓から爽やかな風が吹き込んできたときには、無風かつ湿気地獄の瀬戸内の夏には戻れないかもと思いました。

こういうことを楽しいと思える自分に気づいたのもそのときです。

そうやって暮らすように滞在するのを何回か繰り返して、結婚することになり長野県東御市に引っ越してきました。
その1年後、気に入った家を見つけてお隣の小諸市へ再び引っ越し。今やっとちょっと根っこが生えてきたかな、というところ。

ここでの暮らしは、近所の山道を散歩したり、浅間山の様子を観察したり(ときどきもふっと煙が出ている)、天気がいい日にはっきり見える北アルプスに感動したり、山肌の葉っぱの色が変わっていくのを楽しんだりすることを基盤に、仕事をし、ごはんを食べ、温かい布団で眠り、休みの日は山に登ったり、おいしいものを食べに行ったり、家でだらだらしたり、ともだちと会ったり、買い物したりというものです。

夏には標高の高いところまで車で行けば、天然のエアコンを満喫できます。立科町の女神湖でハンモックを吊るし、読書してランチを食べてうとうとして、肌寒くなってきたら家に帰る、というのがわたしたちのお気に入りの過ごし方。その頃には自宅付近も夕暮れで涼しくなっています。

言わずもがな冬は寒いし、今年は特に灯油代にげんなりしているけれど、生活に困るほどの積雪がないのは安心です。山に行けば、雪なし県民の憧れの銀世界を楽しむことができます。


コンビニが遠くても、坂道だらけでも、おしゃれな洋服が買えなくても、それよりもなんかいいなと思えるものがたくさんあるから、今ここに住んでいます。それ以外のことをいいなと思えるようになったから、きっとこの暮らしが気に入ったのでしょう。
譲れないことの順位は実はかなり流動的で、あやふやで、思ったよりしっかりしていないもの。自分の価値観が環境や年齢とともに変わることもあると受け入れたら、今よりもっと知らないことを知れるチャンスが手に入るはず。

本屋がないのは悲しいままだけど、図書館が比較的近くにあるのでそこは目をつむることにします。

この街で暮らすこと。なかなか気に入っています。



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