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子どもたちがコロナに惑わされずに学ぶために

コロナ、というか、戦争でもテロでも自然災害でもなんでも、ですが。
猫も杓子もステイホームで、それ以外に正義なんてない、という今の風潮が今の子どもたちにとって1番の毒じゃないのかなぁと、いち教育者として思ってしまう。

個人的には今が、教育の本質を問う大事な時期だと思っています。
なぜなら教育の本質には「学校に通うこと」が含まれてないから。
だから「学校に通う」という要素が抜けても、教育の本質は何ら変わらないのに、それだけでこんなに混乱や不安が生じるのは、親も子どもも教育が何かを理解していないから。

先日友人に「9月入学導入に肯定的な声しか聞かないないんだけど、どう思う?」と聞かれ、びっくりしました。
これこそ「学校に通う」=「教育」だと思っている最たる例です。
学校がいつはじまるかなんて、勉強や教育をする上で、最上級にどうでもいい話です。
それは義務教育のカリキュラムとして、とか、就職するときの便宜上、とかには関わるでしょうが、それは社会システムの都合であって、教育そのものには何の関係もないことです。

問題は「学校に行きさえすれば、勉強する」と親が信じていることです。
または「学校に行きさえすれば、先生が学びのフォローをしてくれる」と思い込んでいることです。

残念ながら、学校に行こうが行くまいが、勉強する子はするし、しない子はしません。
家で宿題をしないのを親が張り付いてフォローしたからって、学校ではそもそも授業をきちんと聞いていないかもしれないし、当たり前ですが、その聞いてない生徒を先生が個別にフォローすることはありません。

どんな環境にある子どもに対しても、教育は平等に自主性を要求します。
つまりやる気のある子にしか、学びは訪れません。
これは学校でやろうが、塾でやろうが、家庭でやろうが全く変わりません。
環境は全く関係ないんです。

教育を行うためには、子どものやる気を起こさせる、この一点のみにしか大人が干渉する余地はありません。
どんなに一生懸命教えようが、学びは自力でやってもらうしかないからです。

やる気とは、好奇心であり、興味であり、疑問です。
なんで?どうして?
やる気の全てはここにあります。
疑問が原動力となり、学びにつながるんです。

今だからこそ、お子さんと見てほしい動画があります。

エリフ・シャファクさんがTEDGlobal>NYCで披露された「多様な考え方が持つ革命的な力」というトークです。
彼女は「扇動家は複数の選択肢を嫌い、多様性を扱えない」と言っています。
単一的な思考に人々を誘導することで、多様性を奪い、考えることを辞めさせ、あたかも自分が最も正しいと信じ込ませるためです。

今子どもたちは、家の中で単一の情報を流すメディアにしか触れられない状況下に置かれています。
「感染リスク」という脅威で縛って、教育を獲得するための多様な選択肢を奪われているんです。

だからせめて大人が、もう少し努力して、子どもたちにそうじゃないと伝えてほしい。
子どもたちの、なんで?どうして?に応える努力を惜しまないでほしい。
その選択肢は、学校に通う、だけじゃないはず。
もしそれが「学校に通う」しかないと思っていたんだとしたら、この機会に考えてほしい。

細々と教えることを辞めていない私に今できることは、皆さんに「考えるのをやめないで」ということ。
子どもたちの教育だけに限らずね。
フィジカルにできないことが増えても、本質を考えれば、解決できることは意外にたくさんありますよ。

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