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夏休み明けに学校に行けなかった人へ

学校に行くのが一番辛いのは夏休み明けだ
夏休みに入る前はどうにかこうにか学校にいけていたのに、リフレッシュしたはずの夏休み明けほど学校に行くのが辛い
高く上るほど落ちるのが怖いのだ
九月一日、楽しみで仕方ない気持ちで学校に行った子も夏休みが終わるのは寂しいけれど学校に行ってみたら楽しかった子も歯を食いしばるように頑張って学校に行った子も学校にいけなかった子もいるだろう
私は昔不登校だった
夏休み朝早くのラジオ体操では皆勤賞だったのに、夏休み明けに学校に行くのは胃がよじれるほどつらくて、夏休み最終日の夜、針で鼓膜を突き破ろうとした
針が耳の中でカサカサ動く音が怖くて結局できなかったのを覚えている
楽しかった夏休みの終わり、出さなければいけない宿題、まだ遥か遠い冬休み、絶望するのに十分な条件がそろっている

私は学校と折り合いが悪かった
不良娘という訳ではなかったけれど、ぼんやりとしていて先生が生徒にさせなければならないと思っていることの殆どができなかったからだ
宿題もだしてなかったし、下敷きを使えなかったけれど、小学校三年生まではともかく学校にはいたし、特に休もうと思っていたことはなかったような気がする
小学校4年生という色々な感情が芽生える時期と不登校製造にかけてはちょっと名がしれた担任教師とその他色々な要因が重なって急にいけなくなったのだ
まだほんの子供だったのに毎日本気で死にたいと思っていた
毎日輝くように楽しいという気持ちと学校に行くくらいなら死にたいという気持ちが同居していた
世界の中で嫌いなものは学校くらいだったのに、それでも死にたいと思っていた

ほとんどの学生にとって学校は世界の全てと等しい
一度学校に行ってしまうと終わるまで帰れないし、一日の殆どをそのコミュニティで過ごすことになる
私の通っていた学校では37.5度以上出すと家に帰る事ができた
ここで私は腋よりも口腔の体温が高いことを知り、火おこしの容量で体温計をこするとちょうどよい温度になることを学んだ
これで帰れる時もあったし、もう一回測り直され、結局教室に戻されるときもあった
そんな時は十円玉を握りしめて母に泣きながら帰りたいと電話をかけた

私は結局小中高と通して学校を好きになることはできなかった

私はまだ夏休み明け学校に行きたくない子になんと声をかけていいのかわからない
不登校というひとつの言葉にくくられても学校に行きたくない理由も様々だし、学校に行かなかったことが及ぼす影響だって違うと思う
私は私の事しか言えない

私の場合、学校から解放されてみたら、本当に楽しかった
楽しいことばかりではないし、傷付くことだってたくさんあった
学校の外に出ると違う種類のとんでもない人間に遭遇することもある
知り合いとお寿司の食べ放題にいってその人がすごい勢いでタッパーに詰め始めることだってあるし、会って二回目の人に夏中、蟻を5000匹預けられることだってある
女子校にいたら愉快な人間として尊重してもらえた私を容姿だけで価値がないと切り捨てる人間にだって会う
最悪の学校を出たら最高の世界が待っているということではなかった

それでも外には逃げ場があった
学生だった頃、学校を休むと私は不登校というレッテルを貼られ、ただ憐れみの対象として存在するしかなかった
「不登校から「休みがち」にジョブチェンジして、不登校というレッテルがはがれても劣等生というレッテルだけはゴールド免許で更新を続けていたので小中高通して居心地の悪さは消えなかったし、低い値札を貼られたまま自分でもそれが自分の価値だと思い込みかけていた
学校の外では私はひとつの評価で生きる必要がない
外の世界には私を陰気なオタクだと思っている人もいれば我の強い狂犬だと思っている人も才気あふれる愉快な若者だと思っている人もいるし、時には老成した女性だけど、自分の成長に気付いていない24歳児であることもある
私を嫌う人と膝を突き合わせなければいけない局面があってもそれが私の居場所すべてじゃないから逃げ場がある

学校は我慢をする場所ではないと思うのだ
何故なら逃げ場がないからだ
不登校はしばしば甘えだと思われる。根性がないと思われる
「こんなことで休んでいたら社会にでてやっていけない」と不登校製造で名高い教師がいけしゃあしゃあと抜かしたりする
私は違うと思う
確かに社会にでて一切の我慢なく生きていくと大変なことになる可能性がある
私はズボンやスカートの締め付けが苦手なのだけど、我慢することなく自由に生きるとくまのプーさんと同系統の服装になってしまう
学生時代から衣服に関しては社会通念に従っておくのが吉だが、学校にいくとか、授業をきくとか、友達を作るとか、宿題を出すとか、学校でなすべきとされていることに関しては無理をしなくてもよいと思う
逃げ場のない学校で無理を重ねて限界に達した時、死が唯一の逃げ場に見えてしまう
根性だって自分で選び取ったものを耐え抜くからつくものではないかと思う
私は学校の宿題で夏休み中、自分の行った善行を記録した日記をつけさせられたことがあったけど、特にそれを境に優しくなったという記憶はない
だから心配しなくてよい

九月一日、結局学校にいけなかった人へ伝えたいことがある
行くべきとされている学校に行けなかったという罪悪感で自ら自宅軟禁状態になって明日は行かなくてはと無益に苦しんでしまう人は多い
明日のことを考えるとせっかく決死の覚悟で勝ち取った今日の休みにも影を落とす
まだ蝉は鳴いている
プールにいってもいい、遊園地にいってもいい、犬の散歩にいっても、本を読んでもいい、クッキーを一人で作れるようになってもいい、クリアするまでゲームをやってもいい
ただ休んだあなたの今日が幸せであってほしいとそれだけを願っている

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ミステリーハンター。慶應義塾大学政策・メディア研究科在籍。著者『恋する昆虫図鑑 ムシとヒトの恋愛戦略』文藝春秋、『LIFE 人間が知らない生き方』文響社など。

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コメント1件

私の場合、中1の数学の初授業で、先生が答えられない質問をしたせいで、以降は先生(教頭)に目の敵にされました(汗)
その反動からか、中学時代3年間は「一切の宿題をせず」で通し、なんども廊下に立たされたり体罰も(汗)
でも、学校(クラスメートたち)は普通に好きでした。
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