山と鹿さん、そして私 ー伝説の水を求めてー
これはざっくり言うと、友人が地元に遊びに来た話である。
ただ、その友人は頭に鹿が付く。
前回の話はこちら↓
鹿に会えなさすぎて鹿になった友人、鹿さん(仮名)はこちら↓
(↑美味しいかい・・・?)
水を汲みたい
1日目を立山の山間部にある神社一帯で過ごしたなら、2日目は市街地か海かと考える人もいるだろうが、残念ながら鹿さんと私が考えたスケジュールはさらに山というか、さらに立山というか、立山のてっぺん近くにある室堂を目指していた。
もっと言うと、目的地はその付近にある立山玉殿の湧水だ。
ここは立山の主峰である雄山直下にある湧き水で、環境省の名水百選にも選ばれた富山が誇る水の名所である。
どうして私たちが、その玉殿の湧水に行くことになったのか。
話は旅行前、私が「オヤマジンジャ!オヤマジンジャ!!」と鹿さんに推しをプレゼンしていた時に遡る。
メッセンジャーでのやり取りは、ある意味怒涛だった。
推しを布教するときのオタクはどこまでも狡猾だ。
推しへの愛を語り尽くしたい衝動にも耐えて「コワクナイヨ。イイトコダヨ。コッチニキナヨォ。」と相手を沼に誘い込み、関心を持たせるため推しの短い紹介をし、わかりやすく神社のサイト情報を載せ、付近のよさげな観光名所も案内してと、一気に畳みかけて沼を覗き込んだ相手の背中に回り込み、容赦なく突き落とそうとする。
『いつか鹿さんを雄山神社に連行、連れていきたい。』
虎視眈々とその時を狙っていたオタクの布陣は完璧だった。
そんなことも露知らず、フンフンと私のお勧めを読む鹿さん。
残念だったなぁ、読んだ時点でお前はもう沼に片足突っ込んでるんだよぉ!と、『DEATH NOTE』の夜神月ばりの顔をして返事を待つ私。
そして、運命の時ーーーー。鹿さんは言った。
「私、玉殿の湧水を汲みたい」
・・・・なん・・・っで?????
なんと鹿さん、雄山神社に食いつくかと思ったら、ついでに紹介した玉殿の湧水にも食いついてしまった。
ぶっちゃけ、そこに行く予定は無い。
これはオタクの誤算である。
そこ標高2450mあるんですけど。
電車、ケーブルカー、バス乗ってやっとたどり着けるド高地なんですけど。
散策程度でも装備は結構いるんですけど???
私が必死にネガキャンをしても、鹿さんが揺らぐことは無い。
「是非行ってみたい」
「公共交通機関が使えるなら大丈夫」
「初日でも自宅早出すれば室堂行けるね!」
そして続けざまに送られるナビタイムのスクショ。
やばい、この鹿(ヒト)ガチである。
いったいなぜそうなったのか。
聞けば鹿さん、富山に行くと決めた段階から、名水で有名なこの土地で水を汲もうと考えていたらしい。その時は地元民の私に会えるかどうかもわからないし、名水についても詳しくなかったので、昔行ったことがある市街地の汲み場へ行こうとしていたようだ。
だが、そこに私が「タテヤマ!タマドノ!オヤマジンジャ!」とコンボを打ったため、鹿さんは気づいてしまったのだ。
ーーーー私が汲むべき場所はここだと。
鹿さんが、ついに覚醒した。
(↑面構えが違う)
こうなると鹿さんの決意は、揺るがない。
鹿さんは鹿さんをやっているだけあって、断固たる決意を持つ鹿なのだ。
「大丈夫だよ!私一人でも行けるし!!」と言うが、違う、そうではない。そうではないんだ。
微笑む鹿さんに慄いた私は、急ぎ同士である富山県民達に尋ねた。
あんなド高地に鹿さんを1人で行かせていいのだろうか。
県民たちは誰もが首を振った。もう、それが答えである。
「一緒に行こう」
私は決意し、鹿さんの手を(心で)取った。
鹿さんのシェルパは、地元民の務めである。
大丈夫。室堂なら多分5回くらいは行っている。
いざゆかん!玉殿の湧水を目指して!!
ーーーーこうして、目的地は大いなる野望(水汲み)によって決められた。
しかし、それには無数の困難が立ちはだかることになる。
これから話すのは、そんな鹿さんと私の本当にあった話だ。
情報戦で既に負けている
「いざ、室堂」と標高2450mの高地を目指すといっても、案内を務める私にとって室堂は非常にイージーなイメージを持つ場所だった。
「山の奥地にある標高2450mの駅」と聞けば、知らない人は行くのが難しい秘境のように感じるだろうが、実際の行き方はとてもシンプルなものである。
富山駅から立山駅まで列車に乗って移動し、ケーブルカーに乗って美女平、そこから高原バスに乗れば終点室堂に辿り着く。
ある意味まっすぐ行くだけなので、私には都会の地下鉄よりわかりやすい。
切符購入や乗車も、平日のオフシーズンならば楽にできるだろう。
そう思えば、準備の比重は自然と装備の用意に傾く。
玉殿の湧水は室堂駅のすぐ傍だ。汲んでしまえば目的は簡単に達成できるし、せっかくだから負担の少ないみくりが池周遊ぐらいはしたい。
天気予報では、室堂の気温は約12度。
仕舞い込んだ冬服を引っ張り出し、限界まで圧縮させて鞄に詰め込む作業を繰り返す私にそれを眺めていた県民たちが聞いてきた。
「待ち合わせ、どこにしたん?」
新幹線の改札口もある富山駅構内だと答えれば、怪訝な顔を返される。
「なんで富山駅構内なん。室堂に行く立山本線があるのは、駅構外のエスタビル横にある地鉄(富山地方鉄道の略称)の方やろ。あんた一体どこにいくつもりよ」
・・・お゛。
「それに切符はちゃんとネットで予約したん?時刻表もちゃんと調べて、乗り換えの切符を立山駅で買う算段はつけとるんけ?ケーブルカーは指定だから、希望通りに買えんこともあるよ」
恐ろしいことに、この会話は鹿さんが富山に来て雄山神社の参拝も済ませた1日目の夜のことである。
なん・・・っもしてないですね。
というか『WEBきっぷ』なんて存在もあったんですね。知らなかったなぁ・・・。(棒読み)
そう言えば「あんた何年富山にいるんよ」とすげぇ残念な目で見られてしまった。
いやでも平日だし。
雪の大谷も終わったし。
新幹線の観光客だって隣の金沢に吸い取られる富山だし。開店同時に窓口に行けば切符ぐらい余裕っしょ、と思って寝たその翌朝。
田舎じゃ滅多にないほど人がいました。
もう、春のチューリップフェアかというぐらい富山地方鉄道富山駅改札口前に外国人が押し寄せている。それも皆モッコモコ。全員室堂に行くのは確定である。恐るべし、インバウンド効果。金沢の客が富山にまではみ出ている。
バンバン飛び交う英語、中国語、エトセトラに気圧される間も切符窓口には人が並んでいる。嘘だろ、時間ジャストに来たのに。
オマケになんか窓口の人、「ケーブルカーはご希望の時刻では乗れません」とか言ってない??もう?もうなの?だって時間ジャストに来たんだよ??(2回目)
「切符はちゃんと予約したのか」という県民たちの声がリフレインする。
・・・なんでもいいんです!
ここで買える富山室堂間往復切符を!
行けないと友人が、鹿さんが水を汲めないんです!!
あの時の窓口での必死な心境、きっと大学受験よりヤバかったと思う。
ーーーー勝負は勝った。
私はなんとか往復切符を2枚入手することが出来た。
・・・でもどうしてだろう。その間に色々と失ってしまった気がする。
県民たちからの信頼とか、信用とかいうものが。
だが、それも鹿さんに「切符買えませんでした!!」と伝えるよりはマシである。「待ち合わせ場所で即解散、即終了!」は伝説的な旅行になりすぎる。佇む山装備の鹿さんと私。握りしめられる空っぽのペットボトル。想像するだけで泣きそうだ。
だから、合流した鹿さんに大丈夫だったか心配された時もつい言ってしまったのだ。
「いやー、ぜんっぜん余裕で切符買えましたわ。さすが富山(笑)あ、室堂のことも色々聞いてください。地元民なんで☆」みたいなことを。
イキリオタクよりもなお酷い。頼れる地元民の顔をしたいために、謙虚な心が消失している。
そして、その十数分後。
案の定、私は鹿さんの「コレは何?」に窮することになる。
なんと外国人との座席争奪戦で乗った列車が、全く見慣れぬ観光列車だったのだ。おおい!富山地方鉄道!!アルプスエキスプレスをランダムに時刻表に混ぜて走らせることにしたなら先に言えええええ!!(注:広報出てました)
「これって指定席?自由席?」
まっすぐな鹿さんの目が痛い。座っていいかどうかすらわからず、ダバダバ走って確認する地元民。なんだかこの旅はスマートにいかない気がする。私は既にその予感をビシバシ感じ始めていた。
「富山すごい」と鹿さんは言った。
乗車するまで全力疾走。前日からチケット確保まで気忙しさで一杯(自業自得)だったおかげで、富山駅から走り出した観光列車の中、こじゃれたカップルシートから景色を眺める私の目はこれから観光を楽しむと思えないほど生気がなかった。例えるなら、死んだ魚の目だ。
人はホッとすると、一旦、目が泥水のように濁るらしい。これで鹿さんの湧水イベントを無事に発生できると安心した限界オタクは椅子に沈みに沈み込んでいた。
対する鹿さん。
「きれーーーー!!」
めっちゃ元気だった。もう瞳がトトロに会ったメイのように輝いている。
車窓から見える景色に、鹿さんは殊の外感動しているようだった。
車窓から見える景色は瞬く間に狭い市街地を抜けると、あっという間に田園地帯が広がる。田植え時期を終えたばかりの水を張った田んぼはキラキラと陽光を反射し、聳え立つ立山連峰、そして青空に薄雲が走る景色はここでしか見れないだろう。
「・・・いや、ちゃんと見ようよ!」
しかし、ここでしか見れないということは、ここでは365日見慣れた景色と言う訳で。感動する観光客の隣で、地元民は「田んぼに山やな」ぐらいのノリで携帯をいじっている。そりゃ、鹿さんもヒくわ。魔女宅のジジの名台詞「なんだ、ただの水たまりじゃないか」より淡々としすぎている。
「こんな景色、ヨソじゃ滅多に見れないんだよ!この緑、この青さをもっと感じようよ!」
ーーーその言葉に、地元民、いや、私の心は打たれた。
仮にも絵描きをしている身。感性を鈍らせてどうする。そうか、この旅は地元民にとって地元の良さを再発見し、緑を、山の美しさを、自然の雄大さを改めて五感で感じて感性を磨く旅にするんだ・・・!
確かに富山には自然しかないけれど、その自然は広大だ。
列車が上滝駅を過ぎれば、景色は森林地帯へ飛び込むように移り変わり、幾層もの豊かなレイヤーを私たちに見せてくれる。伸び始めた草や木の若葉、鬱蒼と茂る常緑樹の深い緑、そこを割るように流れる常願寺川は上流に向かうほど神秘的な青みを増していく。
地元民から見ても心洗われる美しい自然の景色だ。
終点立山駅に着けば、駅を囲む山々のおかげで一層緑の匂いも濃くなる。
ケーブルカーを待つ間に周辺を散策すれば、鳥が囀り、木漏れ日が落ち、木々の間からさわやかな緑風が吹き抜けた。
鹿さんを見習って新鮮な気持ちで眺めたら、鈍っていた自分の感性が開いていく気がする。こういう発見を鹿さんは教えてくれたんだな、と前を歩く鹿さんの背中を眺めていると、急にその友人は振り返って言った。
「・・・いのちが、いっぱいある」
・・・・いのち?
「いのちが、いっぱい!!溢れすぎてるよ!!!」
見てこの山!!いのちがいっぱいある!!とさっきまで静かだった鹿さんが、力強く周りの山を指す。「富山すごい。すごいいのち!!」と言った賞賛の言葉は、私が聞いてきたなかで過去最高に斬新だった。
いのちがいっぱいコレクション・・・、とジブリオタクがボケる隙もない。
全身で富山の自然を感じ取る鹿さんと淀んだ目で景色を眺める私の後ろで、季節外れのウグイスが鳴いていた。
残酷な世界
さて、途中で駅でグロッキーに私がなるというイベントが発生するも、室堂までの道中は、ケーブルカー、高原バスと総じて穏やかなものだった。
車窓から見える美女平の樹齢千年近い立山杉や、落差日本一の称名滝、餓鬼の田が広がる弥陀ヶ原。すべての景色が珍しく、鹿さんはバシャバシャ写真を撮りまくっている。おっと、雷鳥はこの辺りで見れるかって?いやいや、雷鳥は滅多に見れないことでも有名なんだから、今回は諦めるしかないよ。というやりとりをしている間にバスは最終目的地の室堂へ辿り着いた。
ついにと言うか、やっとと言うべきか。
立山登山の中継地点。
黒い岩肌と分厚い雪の層が一面に広がる山の高地。
高山植物すら殆ど見えない、圧倒的な大自然のど真ん中に私たちは辿り着いたのだ。
というか、寒い。
超寒い。
バスを降りたら市街地との寒暖差がエグくて、三十路もとうに過ぎ去った女のボディにめり込んでくる。
用意した冬服たちも歯が立たず、秘密道具のカイロをべたべた貼ってやっと動ける程だ。そして鹿さんはといえば、私がモタモタやっている隣で、ササッと四次元ポケットばりのベストから出したダウンを着て準備を終わらせていた。
すげぇ、すげぇ旅慣れてる感出してくるじゃん・・・。
(注:鹿さんは私より旅慣れてます)
登山に帽子はいるからね、と言ったら黒子頭巾持ってきたのに。
頭巾のメッシュ生地が透けて、いっそゴーグルにもなるから大丈夫とか言っていたのに。
(その後、帽子はお貸ししました)
なんか頼りになる鹿のオーラを出す鹿さんに、頼りにされたい地元民が若干ジェラシーを感じて歯噛みする。が、しかし、忘れてはいけない。
この旅の目的が何だったのかを。
全ては鹿さんに玉殿の湧水を汲んでもらうため。
「わー、山の雪解け水って冷たい!」と、はしゃいでもらうため。
室堂駅3階のデッキから外へ出れば、登山道がはじまる。
玉殿の湧水は、その道の入り口にあった。
ホラ!鹿さん、あそこだよ!!玉殿の湧水は、もう目の前だ!!
ツルッツルの雪道にもめげず、湧水の傍に駆け寄る。
すごいでしょ!玉殿の湧水が、・・・・湧いてない。
読んでいる皆さん、一回ここで止まったと思うけど、マジで湧いてなかったんです。
信じられます??ここまで来て、玉殿の湧水が湧いてない事実。
これには私たちも理解できないというか、脳が情報を拒否した。
慌てて近くにいる室堂のスタッフさんに聞いたら、
「ああ!玉殿の湧水は、6月下旬からしか湧かないんですよ!!」
すっげぇニッコリしながら恐ろしいこと言ってくるじゃん。
(当時、6月上旬)
え?玉殿の湧水が、湧いてない??
聞けば、上にある雄山の雪解け水が6月下旬まで適量に達しないため『玉殿の湧水』用のろ過装置が作動しないとか。
そんなこと、ある?
「じゃ、じゃあ、せめて玉殿の湧水の水汲み場に溜まっていた水はどうですか?」
「いや、あれはただの溜まった水なんで汲まない方がいいですね」
粘る鹿さんと、衛生面から優しく教えてくれるスタッフのお兄さんのやり取りを横に、私は天を仰いだ。
ここまで来るのに約3時間。かかった交通費は往復で9840円。
『きれいな水が汲みたくてわざわざ県外から来てくれた友人を、準備させてお金払わせて標高2450mの山の上まで連れてきたら、そこには湧き水どころかただの溜まった水しかありませんでした。
ーーーーその湧き水は、約15日後から湧くそうです。』
世界が、残酷すぎる・・・・・・・!!
(↑「せーかーいはー、ざんこーくだー♪」・・・この時脳内で流れた『進撃の巨人』エンディングを私は一生忘れることはないだろう)
いや、世界が残酷というか、案内役の私が無能というか。
ここまで面白い状況に仕上がったのに、その原因が自分になると何一つ笑えやしない。(当たり前だ)
もはや富山県民の肩書さえ捨てる勢いで鹿さんに謝り倒すと、優しい鹿さんは「そんなこともあるよ」と苦笑して許してくれた。
許してくれたのだが。
気を取り直して行ったみくりが池周遊が、もうダメだった。
道端に、雷鳥がいたのだ。
しかも、3匹。
もう私は自分の口から出た言葉を何一つ信じることが出来ない。
「私はもう、富山県民じゃない!!」
わ゛っと心の中で泣きながら、私はみくりが池周遊を終えたのだった。
願いはきっと叶う
こうして、私たちは室堂散策を終えた。
一人(もしくは一鹿)は高地の絶景を見てつやっつやで、もう一人は地元を知らなさ過ぎたショックでべっこべこになりながら室堂駅に戻ってきたのである。
鹿さんのお腹が空いたねぇ、という言葉に返事をするのも、どことなく上の空になってしまう。1階のそば屋に案内するときにチラッと見えた土産物屋が目に痛い。前にある自販機にズラッと並んでいる『星にいちばん近い水!立山玉殿の湧水』の水色のラベルを見るだけで罪悪感がすごい。
気づいた鹿さんが「帰りに買ってこー」と言うのも聞くだけで泣きそうだ。ごめんね、私がポンコツなばかりに・・・!私も帰る時は買っていくけども・・・!!(鹿さん、あなた空のペットボトル何本持ってきたの・・・)
そんなべしょべしょの気分のまま、そば屋の食券を買って、カウンターに着く。こういった立ち食い屋は、大抵水もセルフだ。えーっと、水を入れるあの名前のよくわからん機械ってどこにあったっけ。
と、入り口傍あたりを振り返って私と鹿さんは凍り付いた。
あの名前のよくわからん機械に、こう書かれた張り紙が貼ってあったのだ。
『この水は、玉殿の湧水です』
ーーーーーーー信じられるか?私たちが求め、諦めた、もう手が届かないはずの湧水が、このよくわからない機械にたっぷり入っているんだぞ。
私と鹿さんは、雷に打たれたかのようにその機械の前で硬直し、「あのお客さんたち水の汲み方が分からないのかしら」というカウンターの洗い場にいる店員さんの心配気な視線で、ハッと我に返った。
黙って目を合わせ、(やるか)(やるしかない)と頷く姿はまるで覚悟を決めたチンピラのようだったと思う。目をヤバイ方向でギラつかせた我々は、皿を片付ける店員さんに決死の思いでこう尋ねた。
『すみません、こちらのお水をペットボトルで汲んでもいいでしょうか』
一体何を言ってんだこのお客さん、という戸惑いを隠せない店員さんにこちらの事情(室堂まで湧き水を汲みに来たが、湧いてなかった)を話すと、「あー、湧水はまだ先だからねー!!」とすごく納得して頷かれ、ペットボトルの水汲みは店員さんの大変なご厚意で許してもらうことが出来た。
いざ、採水。と鹿さんが空のペットボトルを己のベストから取り出すと、そこで店員さんが
「お客さん、そこで汲むのも大変やろ。良かったら、こっちで汲んであげるから。だーいじょうぶよ、室堂駅の水場から出る水はね、ぜんぶ玉殿の湧水だから」
と言って、なんと蛇口から大量の玉殿の湧水を出してくれる。
ええっ?!その水道水に見える水も玉殿の湧水なんですか?!あ、すごい。ざあざあと勢いよく玉殿の湧水が蛇口から流れて、玉殿の湧水がペットボトルに詰められていく・・・!それも2本も?!
玉殿の湧水が蛇口から流れてきた衝撃に驚けばいいのか、空のペットボトルを2本も持ってきていた鹿さんの楽しみ具合を想像して罪悪感に悶えればいいのか、カウンターに立って洗い場を眺めるしかない私にはもうわからない。とりあえず、スタート地点の富山駅で両手に空っぽのペットボトルを握りしめたまま切符を買えなくてしょんぼりする鹿さんを想像して、そうならなかったことに全力で感謝した。
よかった。ここで水を汲めてよかった・・・。
鹿さんも、タプンタプンのペットボトルを持って「玉殿の湧水だよー!」って喜んでくれている。
本当によかった。けど、なんか、想像していた図と違い過ぎて、「よかった・・・よね?」となるのは何故なんだろう・・・。
そして、これは完璧な蛇足的後日談になるが、私と鹿さんはその後、というか室堂に行った翌日に富山市の市街地中心部で行われたとあるイベントに参加していた。
会場も盛り上がり、私たちも持っていればペンラをぶん回した盛り上がり絶好調のタイミングで、一息をついた登壇者が用意されたペットボトルの水を飲んで一言。
「んっ!すっごく美味しい!!えーっと、たまど・・・のの・・ゆうすい?『玉殿の湧水』ですね。(富山)駅で売ってます!!」
湧き水のCMをしたのだ。
・・・・え、玉殿の湧水が富山駅(標高9m)で売ってる?
イベント後、私と鹿さんは一切そのことについて触れなかったという・・・・・。
そういう訳で『立山玉殿水』は、富山駅1階とやマルシェ、『とやまの水の専門店 GOSHE』で買えます。よろしかったらどうぞ(血涙)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうして、私たちは室堂への長い長い旅行を終えた。
それは涙あり、笑いあり、予想もつかないことだらけだった。
私は改めて地元の良さ、立山の自然に感動したし、
鹿さんは、感動しすぎて「これから、人が作ったものをどういう気持ちでみればいいのか分からない」と帰りの電車で嘆いていた。
立山の絶景を眺めて、チャンネルを自然に合わせすぎてもう街へ観光という気分では無くなったらしい。「明日は海にいきたい・・・」と呟く鹿さんに、そこまでの体力は無い私は「市内電車で行けるよ」と行き方を教えて、ソッと同行不可を告げるくらいしか出来ない。(薄情者め)
3日目は、工芸品も好きだろう鹿さんに、市街地にある民芸資料館・民族民芸村を案内しようと思ったが、それもどうなるだろうか。
だが、行きは自然の濃度が山に向かうほど高まるのと同じように、帰りもまた同じ原理が働く。
ちらほらと家屋が見え出した頃、下校時間になった高校生の集団が空席だらけの車両に一斉に乗り込んできた。そして、私たちの前の席に座った女子高生が2人。きれいな長い髪を梳かしながら言うのだ。
「ほんっとにムカつくよね、あの女!私が彼と別れようとした途端、すーぐ狙ってくるんよ!!なに、あの馴れ馴れしさ!!」(意訳)
ナニをとは言わないが取ったか取られたかという、活力ある恋バナが前の席でエネルギッシュに展開されていく。コメントに勢いがありすぎて、一つ一つに私が殴られそうだ。
なんていうか、すっげぇ俗世。
おかげか、電車を降りて駅を出た頃には鹿さんも「・・・明日は、海に行かなくていいかな」って明るい夕の空を眺めて言っていた。
「明日は、街に行くよ」そう言って、駅で別れた鹿さん。そのどこかしょんぼりとした背を見送りながら、私は(女子高生つえぇ)と口を引き攣らせて家路に着いたのだった。
ー2日目・完ー
(蛇足2
後日、鹿さんになぜ帰りの富山駅でしょんぼりしていたのか聞いたら、私が考えていたのとは全く別の理由でした。
さすが鹿さん。それはちょっと私も予想外でした。
水の摂りすぎには、お互い気をつけようね。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回については、2日目が長くかかりすぎたので、気が乗ったら書きます!
でも、3日目の地元民も数%しか知らないだろう謎の神社の話と
鹿さんの「今日は正装で来ました」の話は書きたい!
(↑注:このタイプの正装ではない)
どうなる?
どうなるんだ?
気長にお待ちください!!
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