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カナダ旅の思い出〜地図

《旅は1995年〜まだ携帯電話やインターネットがない時代の話。

今回の話の直前までは、カナダのバンフという街のホテルで働いていた。

秋にバックパックを背負い、カナダ東部へ旅に出る。

飛行機で降り立った街はトロント。

話はそこからスタートです。昔書いた文章です》

トロントに着くと大雨。

その日はナイアガラの滝に行く予定だったが、大雨の中、滝を見てもしょうがない。

もちろん、トロントだって、歩けたものではない。


そこで、進路変更。

買ったばかりのリュックを背負い、バスディーポに向かう。
時刻表をしばらく見つめる。

希望は、雨の中を歩かず済むように、バスで過ごし、夕方ぐらいに着く町。
オタワに決めた。


朝食にマフィンを取り、バスに乗り込む。
バンクーバーからの時差で眠い。

寝てやりすごそう、と思うと隣に女の子が座った。
「あなた韓国人?」
日本人だと答えたが、まるで関係ないように自分のことをしゃべり続けた。


「モントリオールに彼氏がいてね、今から会いに行くの」
見ず知らずの私にあっけらかんと、彼氏の話を延々と。
日本人だとありえない。くったくがなく、面白い。

夕方5時、やっとオタワに着いた。やはりひどい雨で歩き回りたくない。


旅人の間では通称「地球の迷い方」と呼ばれている本に、「オタワバス停から徒歩1分。オーナー親切」と書かれているB&Bに向かった。


丸々太ってニコニコしたおじさんが、玄関で、「泊まりかい?」と声をかけてくる。確かに人はよさそうだ。

「おなかすいてるだろう。後で、パブまで案内しようか。ごちそうするよ。荷物置いたら降りておいで」


初対面の人について行くのも不安だったが、町は暗くなりかけ、しかもこの雨だ。

道も分からないのに、夜にレストランを探して歩くのも危ないので、連れていってもらうことにした。


パブ、というのは地元のファミリーレストランも兼ねているらしい。


カウンターの人たちがちらちらとこちらを見たが、おじさんはにこやかに交わし、私のために、ちゃんとしたメニューを取ってくれた。


「僕は、レバノンっていう国から来てるんだ。きみ、レバノンを知ってる?貧しい国でね、出稼ぎにいているのさ。実は、ビザは3ヶ月前に切れてるんだけどね、帰るわけにはいかない」


しまった!オーナーではなく従業員だったのだ。

身の上話を聞いているうちに、どうやら彼は、私をすごく優しい人だと勘違いしたのか、とにかく好意をいだいたらしい。部屋の前までついてきて、鍵を閉めるのに一苦労だった。


やっと閉めても、ドアをどんどん叩いてくる。
鍵も、針金ですぐ開けれそうなくらいちゃちなものだ。そうでなくても、ドアを一蹴りすれば開きそうだ。
いったいどこが親切な宿なんだ。


向かいの部屋からは大声で歌う声が聞こえる。
こんな場所は明日の朝一で退散しよう。
そう考えながらいつの間にか眠ってしまった。

朝の8時、またドアをドンドン叩いて来た。
「お願いだ。この町にずっといて。3ヶ月だけでもいいから」
冗談じゃない。
「きみはぼくがきらいじゃないだろう?キスしても嫌がらないし」
マウス・トゥ・マウス以外のキスはこの国では単なる挨拶だから。なんだか哀れで拒めなかったのだ。


さんざん懇願されるのを
「私行かなきゃ」で押し切り、とうとうおじさんも仕事に戻らないといけないのか諦めた様だ。

「階段を降りて、奥の屋敷に食堂があるから」
降りてみると、さっきまでの泣きべそおじさんは別人のようににこやかに迎えてくれた。

奥にいた男性は、不思議そうな顔をして私を見た。その人が、本物のオーナーらしい。


朝食が出るのを待っていると、日本人の女の子が、男性と腰に腕を回して入ってきた。
その男性の顔を見て、
「ハッ」と心臓が飛び出るほど驚いた。
私は彼を知っている。彼はカルガリー警察に追われている指名手配人。


またかいっ!
日本人の女の子からお金を400万だったか、騙し取った疑いで追われているのを知人から聞き、新聞でも記事を見た。


一時、バンフという町で知り合った女の子がその彼と歩いていている時に出くわして、「ハロー」と声をかけられたことがある。


一目で、「彼は危険な人」と感じ、近づかないよう知人に忠告したが、「彼は優しい人なの」の一点張りで、新聞に載って行方をくらました後も「彼はいい人なの。そんな人じゃないと思うわ」と落ち込んでいた。


明らかにあやしい人なのに、どうして騙されるのか不思議だ。
向こうも私に気づいたらしい。


「きみはホテルの両替所にいた子だろう?」
なんで一瞬顔を見ただけなのに私の職場まで知っているんだろう。


「どこに行くの?モントリオール?じゃあ、地図を貸して。直してあげるよ。」

日本から送ってもらった地図を見た彼は、すばやく、地名を書き直していった。細い通りまで全部!


恐るべき記憶力だ。全部の町の地図が頭の中に入っているのだろうか。
「モントリオールはフランス語圏だ。先に予約しておいたほうが安全だ。僕が安全なところに予約してあげるよ。電話帳とってくるから少し待ってて」


親切にして、通報されないようにする作戦か。
紙切れに急いで走り書きをし、「彼は指名手配されているから注意!」と書いて女の子に手渡す。


驚いた表情の彼女は
「今まで一度も困ったことないよ。それより、私、2ヶ月前にビザ切れてるんだけど、どうしたらいい?」
救いようがない。

戻ってきた彼はYWCAに目の前で電話をかけ、にこりともせず、グッド・ラックと言った。







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