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【試し読み】新刊『皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』、映画「新解釈・三國志」へのレビュー全文を紹介!


東京オリンピック・パラリンピック開閉会式の演出を統括するクリエイティブディレクター佐々木宏氏が、チーム内のLINEグループでタレント渡辺直美の容姿を侮蔑するような企画を提案していたことを週刊文春が報じ、佐々木氏が同役職を辞任するに至った経緯は皆さん、記憶に新しいかと思います。

今回、最新刊『あなたの知らない映画の世界 皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』からご紹介する【試し読み】は、あの『新解釈・三國志』へのレビュー全文です。まるでどこかでそっくり見聞きしたような……。

『新解釈・三國志』

大泉洋の劉備玄徳を筆頭にオールスターキャストがほぼ突っ立ったままクソおもしろくもないギャグを言いあうだけの「新解釈」。これはもう無である。無としか言いようがない。

監督・脚本=福田雄一 撮影監督=工藤哲也 音楽=瀬川英史 主題歌=福山雅治
出演=大泉洋、賀来賢人、橋本環奈、山本美月、岡田健史、橋本さとし、高橋努、岩田剛典、渡辺直美、磯村勇斗、矢本悠馬、阿部進之介、半海一晃、ムロツヨシ、山田孝之、城田優、佐藤二朗、西田敏行、小栗旬、広瀬すず


 映画界にとってもさんざんだった二〇二〇年を締めくくるのはやはりこれしかあるまい。福田雄一監督版『三國志』というだけでもうたいていの人には中身はわかってしまうはず。そう、そのとおりです。つまり大泉洋の劉備玄徳を筆頭にオールスターキャストが登場してほぼ突っ立ったままクソおもしろくもないギャグを言いあうだけの「新解釈」。これはもう無である。無としか言いようがない。何を目的にして、何を見せるでもなく、ただ時間が過ぎ去るのを待つだけの演芸を見せられる。これがテレビ的ということなのか? 福田雄一の映画は、メディアの持つ意味を考えさせるという点でも教育的だ。しみじみ思ったのだが、テレビというのは無が許される世界なのだな。別にディスっているわけではなく、何もないところを埋めるだけのメディアがテレビだということである。埋まっていさえすれば中身は無でもかまわない道理だ。
 物語はざっくり三國志の見せ場だけをつないで赤壁の戦いまで。まあ三國志と言っても横山三国志(※1)読んだくらいなんじゃないの?というざっくり加減。いわゆる見せ場を拾っていき、合間はファミコン風ゲーム画面で移動。ストーリーの説明は全部解説者役の西田敏行がやってしまう安易な構成。で、場面変わると突っ立ったまま「ギャグ」を言う。「勇者ヨシヒコ(※2)」方式。いや見てないので知りませんが。で、そのギャグというのが現代風の突っこみと繰り返しだけで、たとえば「桃園の誓い」で、劉備が「同年同月同日に死せんことを願わん」という誓いを非現実的だからと言いたがらないとか、桃園じゃなくて桜の花を背負ってることに「あれなの? 桃の木ってあまりないから?」って突っこみをいれるとか。これがなんかおもしろいのかっていう。
「新解釈」の部分がなにかというと、たとえば劉備は本当は気弱で戦争嫌いなのに、酔っ払うと気が大きくなって豪傑ぶるとか、趙雲(岩田剛典)はイケメンのナルシストで、いちいちしゃべる前に間を取るとか(それを毎回いちいち劉備らが「鼻につくな~」と突っこむとか)、諸葛孔明(ムロツヨシ)がもったいぶって出てこないかと思いきや、わりと軽薄に呼ばれなくても顔を出し、なぜかと思うと実は孔明自身は単なる口先だけの営業担当で、さまざまな策を考えているのは実は黄夫人(橋本環奈)のほうだった、とか。
 なぜこんな「新解釈」になったかというと、西田敏行が「こんな感じだったんじゃないかなー」と思ったからだという! 別に新史料の発掘とかそういうまっとうなことを福田雄一に期待しているわけじゃないけれど、それでもイラッときてしまうのはつまりそういうことで、最初から真面目にやる気なんかなくて、要するに客を舐めている「こんなもんでよかんべイズム」その発露こそが「こんな感じ」。それがおもしろければともかく一ミリもおもしろくないギャグが続くのだが、もちろん場内は満員で観客はみな満足しているのだった。
 ちなみに剛勇無双の呂布(城田優)を董卓(佐藤二朗)から引き離すために女をあてがおうと考えるのは孔明で、その仕事はイケメンの趙雲にまかされる。例によって鼻につく感じでとびきりの女を選んでくると自信たっぷりな趙雲。「この子、ちょーヤバくないっすか?」と紹介するのは絶世の美女貂蟬(渡辺直美)。セクシーに腰をふって色気を強調するが……。
 微妙な顔を見合わせる劉備と関羽(橋本さとし)。
「えー、本当にこの子でいいの?」
「いや、いやですねー。昔は美人の基準が違いましたから。これは時代考証的には美人ってことで!」
「えーほんとにー?」
 いやね。本当に「新解釈」って言いたいならこういうところこそを新解釈すべきなんであって、渡辺直美をブスネタでいじるとか百万年遅れてるんじゃないの? てか当のテレビでもとっくにそういうんじゃないことになってんじゃないですか? これはさすがに頭をかかえざるを得ない。だいたい「時代考証的には」ってこいつらはいつの時代に生きてる何人なんだよ! で、半信半疑で貂蟬を董卓のところに送りこむ劉備だったが、董卓と呂布は一目惚れして計略は大成功。貂蟬欲しさのあまり呂布は主人である董卓を殺してしまう。
 貂蟬は呂布の前に立つと、「これがわたしの本当の姿と思ったか!」とバリバリと「渡辺直美」の皮を脱ぐ。と! 中から出てきたのは広瀬すず!(特別出演)ブスといじめられた彼女は美人の皮をかぶって男たちを翻弄、復讐をはたしたのであった。
「今度生まれ変わってくるときは、こんな私が美人と呼ばれる世の中に……」
 と言って死んでゆく貂蟬。「広瀬すずを無駄遣いしてる」と言われたいだけにこういうことやってるんだけど、そういうことやる時点で「時代考証的に」とか言ってるつまらない言い訳が破綻してるんだよ。なぜ堂々と渡辺直美をセクシーに撮り、美醜にまつわる固定概念を転覆しようとしないのか。だがもちろん福田雄一にそんな野心などあろうはずがない。
 最後のクライマックスはもちろん「赤壁の戦い」。呉に乗りこんで呉蜀の同盟をまとめた孔明だったが、火攻めの計を提案するも周瑜(賀来賢人)から「失敗したら斬首!」と言い渡される。ところが劉備は「こんなの勝てるわけないじゃん!」と臆病風を吹かせ、孔明一人残して勝手に撤退してしまう。孔明は処刑寸前で絶体絶命……なんだけどそのときなぜか魏の船団に火があがり、一気に燃えあがる。劉備軍の攻撃だ。「敵を欺くにはまず味方から」とか言ってる孔明、実はすべてこれは孔明の企みであった。撤退する劉備軍にわざと牛の放牧されている場所を通るようにしむけ、牛を殺して宴会を開くように仕向ける。その際、さばいた脂はすべて川に流させると、それは下流に流れ着き、うまいこと魏の軍船にまとわりついて、ちょっと火をつけただけで一気に広がり、ついでに酒に酔って気が大きくなった劉備が「やっちまえー!」と曹操軍に攻め入って、孔明が「してやったり」とほくそえんでるというんだけど、そこで大事なのは作戦考えるだけでリスクは全部孔明に振ってる黄夫人がどう思ってるかじゃないのか! ここでこそ二人の関係が描かれるはずじゃないのか! だがもちろん黄夫人はまったく出てこないまますっかり忘れられており、福田雄一がそんなこと考えるはずもなくて、西田敏行は「これはひとつの説でして……史実にはさまざまな説があります。ぜひ、あなたの三國志を作ってくださいね」とかおためごかしの言い訳を言って終わるんだが、まあ福田雄一の覚悟なんてその程度だよな!

※1 横山三国志
漫画家横山光輝(一九三四~二〇〇四)のライフワークとして描かれた六十巻の長編歴史漫画『三国志』のこと。執筆は一九七一年から一九八六年の十五年間にわたり、一九九一年には、本作品で第二十回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した。

※2 「勇者ヨシヒコ」
「勇者ヨシヒコ」はテレビ東京系で放映されてた深夜のテレビ番組。仏に復活させられた勇者ヨシヒコとその仲間の冒険を描く。RPGゲーム『ドラゴンクエスト』が設定の土台となっているが、「予算の少ない冒険活劇」という但し書きがつく。二〇一一年から二〇一六年にかけてシリーズが三本作られ、監督・脚本はすべて福田雄一が担当した。


【目次】

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『皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』はじめに

「タグマ!」より、「皆殺し映画通信」ページ


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『あなたの知らない映画の世界 皆殺し映画通信 地獄へ行くぞ!』
柳下毅一郎 著
ページ数 344
判型 46
定価 1980円(税込)
ISBN:9784862555861
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