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特定の業種・職種に特化したコワーキングが示唆するこれからのネットワーク社会

コワーキングには、数え切れないほどのビジネス分野に対応できるポテンシャルがあります。

いつも紹介する「コワーキング曼荼羅」は、それらを大きく8つのテーマに分けて図表化したものですが、その中の「起業・創業(=ビジネス)」ひとつ取っても、それこそ何千、何万の事業領域があります。

で、これからはこれらの事業領域の中でさらに細かく特定の業種、職種に特化したコワーキングが現れる可能性があります。

どういうことか?


Eコマースに特化したコワーキングスペース

例えば、このほどバンクーバーにオープンしたここなんかは(カナダ初の)Eコマースブランドに特化したコワーキングです。

JIBEというEコマース(ネット通販)の専門家集団(エージェントと言ってますけど)が、これまでのウェブ開発やコンサルティングにとどまらず、というかその経験を活かして、Eコマース事業を営む個人、または少人数のチームのために、共用のワークスペース(=コワーキングスペース)を開設したんですね。要するにEコマース事業者しか利用できません。名付けて、ECOMスクウェア。

2階建ての7,000平方フィート(約650㎡)の施設内に、照明・カメラ・背景を備えたフォトスタジオ、製品発表や小売店でのイベント用の小規模ポップアップスポット、ポッドキャスティング用のサウンドブース、在庫用の小規模ストレージ、メンバー間のネットワーキング用のコミュニティクラブハウス、その他一流のコワーキングスペースに期待できるすべてのアメニティが用意されています(と謳っています)。ついでに隣が郵便局というのも気が利いていますね。

ややもすると、同業者を競合と捉えて敵対視しがちですが(気持ちはわかります)、今の時代、同じ事業をする者同士互いに補完し合えるところは補完して事業を伸ばす、いわば「共創」のための仲間と考えて集団で業界を盛り上げていったほうが、長い目で見れば得策ではないでしょうか。早い話が、こういうフル装備の施設を自分一人で用意するより皆で共用したほうがはるかに経済的ですよね。

ただ、もっと大事なことは、ここに集う同業者間で共有される情報や知見がまず貴重な資産になるということです。そして、そのネットワークの中からコラボが生まれる可能性もあり、そのコラボが成長して新規のビジネスチャンスを引き寄せる可能性もあるということ。これ、「どいつも敵だ」と考えていたら絶対に起こりえません。

ここでもワークスペースや会議室以外に、(前述)コミュニティクラブハウスが用意されているので、事業のテーマに沿ってイベントを開催して知識を共有する機会はいくらでも作れます。案外、スルーされがちですが、仕事場とセットでイベント施設があるというのは、実はものすごく大きなアドバンテージです。

イベントにはここのメンバーだけでなく外部からの参加者を募ってもいいでしょう。そこで得られるインサイトを各自がビジネスに活かす、そういうエコシステムを実行できる環境が、まさしくコワーキングですね。

これ、例の「コワーキングの5大価値」にピッタシあてはまる話です。

なお、すべての会員は会議室、ワークステーション、イベント、設備などを簡単に予約できるECOMsquareアプリにアクセスできます。ウェブの開発会社ならでの強みがここでも生かされていますね。

で、気になる利用料ですが、

・メンバーシップ
59ドル/月
起業家、Eコマースの実務家、Eコマースのプロフェッショナルが集うソーシャルスペースを求める個人向け。

・法人会員
179ドル/月
フレキシブルなスペースや、Eコマースに特化したアメニティの利用を必要とする企業組織、代理店、スタートアップ企業向け。

・フルタイム
459ドル/月
Eコマースビジネスを成長させるためのワークスペースと、コミュニティをフルに活用したいフルタイムのEコマース起業家向け。

・サイドハスラー
299ドル/月
リスクテイカー、ハスラー、夜型人間で、次のEコマースビジネスを立ち上げるために、自宅から離れたワークスペースを必要とする人向け。

面白いのは最後の「サイドハスラー」。複業としてEコマースをする人には最適ではないでしょうか。なぜ、わざわざ「自宅から離れたワークスペース」と断っているのか、そこは謎ですが。

実は前例があった海外のEコマース専用のコワーキング

ところで、Eコマースに特化したコワーキングという発想は、実はすでに昨年あたりから現れています。そのひとつがアメリカのSaltboxです。

Saltbox

Saltboxは、小規模なEコマース事業者のためのコワーキングを運営しています。ユーザーは不動産賃貸契約ではなく(コワーキングだから当然ですが)月額会員として施設を利用できます。オフィス機能のほか、撮影用スタジオやフォンブース、カフェが利用でき、毎週開催されるコミュニティイベントにも参加できます。

特に注目なのは、ここから注文を出荷処理できる流通施設も利用できることです。ぼくも以前はネット通販をやっていましたが、出荷ほど手間がかかることってないのですよね。そこを解決している、ロジスティクス・ソリューションと名乗っている所以です。

このビデオでその様子がわかります。

こうしたEコマース専用のコワーキングが生まれてくる背景にはコロナ禍があります。コロナウイルスの大流行によってアメリカの小売業や飲食業、ホテルも大きなダメージを受けました。

そんな中、活況を呈しているのがEコマース(電子商取引)業界です。Digital Commerce 360​​がまとめたデータによると、2020年の消費者のオンライン支出は8,600億ドルを超え、前年比で44%も増加しました 。このオンライン売上の急増は過去20年間で最大の増加であり、2019年の15%の成長をはるかに上回っています。ちなみに、2020年の時点で、小売売上の21.3%がオンライン購入によるものです。

一方、Pipecandyによると、北米には353,000の企業がオンラインで商品を販売しており、その88%が年間売上高100万ドル未満の企業です。こうした多くの小規模な電子商取引会社が必要とするのは、500sqf(約46㎡)から3,000sqf(約280㎡)の倉庫ですが、その規模では従来の倉庫の家主が提供するのは難しいとされてきました。

つまり、ラストワンマイルと呼ばれる、顧客の玄関口に最後に配送する部分のニーズが高まっているのに、それに対応できていなかったのですね。

Saltboxは2年ほど前にアトランタのアッパーウェストサイドに27,000sqf(約2,500㎡)のラストマイルの拠点となるコワーキングをデビューさせた後、昨年3月、ダラスに2番目の66,000sqf(約6,100㎡)のコワーキングを開設しました。その後、シリーズAラウンドを終了して1,060万ドル(!)を調達しています。その資金を元に、デンバー、シアトル、ロサンゼルスなど8ヶ所で、平均約60,000sqf(約5,500㎡)の拠点開設を目指しています。

規模の大小はさておき、ニーズの高まりにいち早く着眼し、それを共用ワークスペースであるコワーキングというスキームに落とし込むセンスは素晴らしいです。というか、コワーキングを目的ではなく「手段」として利用しているところに注目です。

しかし、こういうEをコマース特化型のコワーキングって、日本でもどこかやらないでしょうかね?例えば○天さんとか。(やらないか)

特定のユーザーに絞ったコワーキングを考える

こうした特定の業種に絞ったコワーキングはこれから増えるかもしれません。今でも学生だけとかママさん起業家だけといったくくりかたで、利用者をセグメントしているコワーキングは存在しますが、コワーキングという仕組みが社会に浸透するにつれて、さらにもっと利用者のカテゴリを細分化してコワーキングを運営するケースが増えるはずです。

例えば、シェアキッチンもそのひとつですね。

飲食業の開業前のレシピの開発やポップアップでの店舗運営、あるいはキッチンカーの仕込みの場としてなど、さまざまな利用方法があります。調理器具や設備を自前で用意するのではなく、メンバーで共用することで解決していく、まさに「コワーキングの5大価値」でいうところの「シェア」ですが、そればかりでなく、食材の仕入先や食品開発会社とのコラボの機会を設けるなど、ただ「場所」を共用するだけではないメリットが数々あります。

さて、その他にはどうでしょう?

例えば、カメラマンだけとか、設計士だけとか、ウェブデザイナーだけとか、もしかしたら弁護士だけとか、いや、まさかと思うかもしれませんが、もうそろそろそういうことが受け入れられる時代に入っているのではないでしょうか。そう考えたらいくらでもありますね。

ちなみに、ライター(執筆業)だけもありえるかもと考えていて思い出しました。ライターのための共用ワークスペースは海外では随分以前から存在していて、中でもニューヨークのライターズルームはつとに有名です。

1978年に4人のライターによって設立されたといいますから、もう老舗です。中はこんな感じ。こういうコワーキング、見たことありますね。

(出典:The Writers Room ウェブサイト)

(余談:ぼくはLawrence Blockというミステリ作家が好きなんですが、彼はよくここで作品を書いていています)

あるいは、公務員だけのコワーキングってどうでしょう?

昨今、リモートワークを導入する地方自治体も増えていますが、ぼくの地元、神戸市もそのひとつです。そのコワーキングにいろんな自治体職員がワラワラとやってきて、共通の課題をテーマに自主的にディスカッションすることで自治体同士が横につながり、行政のあり方も変わってくる。そういう社会っていいんじゃないかと思うのですが。

そう言えば、軍人だけが利用するコワーキングもあります。

確認した限りでは、2017年にイギリスでスタートして以来、国内に7ヶ所が開設されており、さらに準備中が20以上あるそうです。併せて、オンラインコミュニティも運営されています。

同じ目的を持つ者が一同に介してメンバーとなり、ハードばかりではなくソフトも共用して事業(あるいは活動)を推進していく。それには、コワーキングというスキームが実によく機能するはずです。

ぼくは個人的には、ひとつのコワーキングスペースに多様な人材が混在するほうが、そのコワーキングの価値が高まると考えているひとりですが、今回のコロナ禍をきっかけに世界中でコワーキングスペースが増えていることに鑑みれば、それぞれが個性(例えばプログラミング系とか、ママさん起業家系とか)を持ったコワーキングになり、かつ相互につながる、いわゆるネットワーク化が進むことで、コワーキング全体としての価値が高まり、引いては相互扶助の関係で成り立つ社会に成熟すると考えています。

コロナの影響で社会のあらゆる仕組みが変革を余儀なくされています。そういうとき、これまでとは違う価値観、世界観に沿って新しいビジネスモデルが生まれることは、誰もが体感しているところですよね。

「もしこの仕事をする人だけでコワーキングスペースを開設したら、どんなメリットが提供できるか?それはどんな変化を社会に与えるか?」

そこから考えることで、今までにないコワーキングができるかもしれません。

ちょっと、考えてみませんか?

◆一般のコワーキングスペースの開業・運営に関するご相談はこちらからどうぞ。

◆地方自治体主催のコワーキングスペース運営講座の企画についてははこちらからどうぞ。

(Cover Photo by Sticker Mule on Unsplash

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