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従妹のおすすめの文庫本()|短編小説

 青春活劇だと思ったら最終的に恋物語になったときの行動を述べよ。
 なお登場人物は男だけとする。

 答え・とりあえず本をベッドにぶん投げる。

 俺は顔を両手で覆って、しばらく停止する。だがしかし七割読んだ後では手遅れである。この小説を「読んでね!」と持ってきた従妹のキラキラとした顔が脳裏に過ぎってぶん殴りたい気持ちになった。
 従妹、従妹よ。これBLじゃねえか。何を普通に渡してきやがるんだせめて男女の恋愛小説にしてくれよ! 成人越えている男に読ませていい小説じゃないだろこれ。お前このジャンルの小説って取り扱い注意じゃないのか。
 存在だけは知っている。というか当の従妹から聞かされたことがある。だがしかし興味が沸いたことはなかった。俺は普通に女の子の胸が大きい漫画が好きな男である。腐った界隈とは距離を置いていた。人間何事も相性がある。
 読む前に気付け、とも思うが、表紙は普通なのだ。美少年や筋肉の男が肌色多めに描かれているわけでもない、夏空を切り取ったようなイラストの描かれた綺麗な表紙である。タイトルも別にも何も不振な点はなかった。具体的に言うと長すぎるタイトルでもなければエロ単語も使われていない、ごくごく普通のタイトルである。そういう、何というか、本当に暇なときに書店で買おうかなーと思うような、普通の文庫本である。言い方があれなのはあまり活字を読まないタイプだから勘弁してほしい。定期購読しているのは週刊ジャンプだけだ。
 というか、文庫タイプの小説だからなおのこと手遅れになった。たまに「ん?」と思うことはあっても、正直後半も後半に入るまで確信に至れなかったのだ。てか途中までは本当に青春のすれ違いや男友達と一緒にバカやったときの一瞬の輝きとかが緻密に描かれていて、そういう青春を実際に送ったわけじゃないのに懐古の念や胸の痛みに似た憧れがよぎったりしてまともに感動していた。主人公(男)と親友(男)が真夜中の校舎の屋上で遠くで上がった花火をバックにキスを交わすまでは。こうして改めて言葉にしてみるととても美しい場面である。だがしかしBLだ。
 いや、もしかしたらこれは昨今のジェンダー論に基づいた新しい恋愛小説なのでは? 性別なんて無粋なものに囚われずに人間同士の愛について語っただけなのでは? おそるおそる俺は思わず乱暴に扱ってしまった小説を丁寧に手に取り(幸いどこにも傷や折り目はなかった)、再び続きから読み始める。
 読み終わった。
 残りの三割は身体の交流()だった。うん、やっぱりこれBL小説だよね。俺はそっと小説をベッドに置くと、従妹のLINEに鬼のようにメッセージを送った。
『おまえふざけんな』
『BLの小説を男の身内に進める馬鹿がいるか』
『てかなんでこれを俺に読ませた?』
『男と男の交流()とかみてもなにも嬉しくないんだけど????』
 てこてこてこひたすらにフリック入力で思いつくままメッセージを送りつける。内容についての罵倒はしない。面白かった。さすがに残りの三割は薄目で読み飛ばしていたけど。いやむり。あそこは出るところであって入れるところじゃねーから。てかギリギリ未成年の従妹にこれを貸し付けられる構図がまず無理。
『あっ読んでくれた!おもしろかった!?私の初同人誌!!』
「おまこれ同人誌なの!???」
 メッセージじゃなくて現実に声が出た。メッセージ画面とベッドの上のどうみても市販の文庫本の形態をした小説を交互に見る。情報過多すぎてちょっと処理しきれていない。まって。えっなに? これ手作り? お前の? 同人誌は知ってるけど、知ってるけども。
『てかどう?誤字とかあった?』
『書いてるときはさぁちょうおもしろかったんだけど、おもしろかったんだけどこれほんとうにおもしろいかちょっとわかんなくなってきてだれかによませようとおもったんだけど』
『ねえおもしろかった?』
「わかった、おまえ徹夜明けだな?」
 もはや変換が仕事していない。この本を俺に渡してきたときのキラキラした顔は徹夜のハイテンションが高じたものだったか。ちょっと目を離した隙にどんどん不安吐き出しbotになっていくメッセージに従妹が正気を失いかけていることを察し、俺は『寝ろ』と一言だけ綴ってメッセージアプリを閉じたのだった。

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即興小説リメイク作品(お題:恋の小説 制限時間:30分)
リメイク前初出 2020/03/19
この作品は「pixiv/小説家になろう/アルファポリス/カクヨム」にも掲載しています。

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