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恐るべし、元祖教育ママ~孟子の母親の話

孟子は、理屈っぽい。

諸子百家の時代、弁舌で身を立てるのだから、当然と言えば当然だが、
孟子の理屈っぽさは、筋金入りだ。

『論語』を見る限り、孔子は体系的にものを考える人ではなかったようだ。

それに比べると、孟子のものの考え方は、すこぶる理路整然としている。
気分屋の孔子がアドリブで喋ったバラバラの話をちゃんとまとめている。

孟子の弁舌は、説得力があるのだが、よくよく見ると、実は詭弁に近い。

「仁・義・礼・智」の端緒を説いた「四端説」がいい例だ。
論拠を挙げてきちんと論じているのは「仁」だけで、他の3つは、どさくさに紛れて論拠抜きで一気に結論へ飛んでいる。

口調が強引で勢いがあるので、聞いている方は、いつの間にか、ふむふむと納得してしまう。

孟子は、ロジックもレトリックも超一流である。

孟子

さて、そんな孟子を育てた母親のエピソードである。

孟子の母親は、教育ママの元祖のような人物で、『列女伝れつじょでん』(漢・劉向りゅうきょう撰)に2つの有名な逸話が載っている。

一つは、「孟母三遷もうぼさんせん」の話。

孟子は幼い頃、家が墓地の近くにあったので、いつも葬式ごっこをして遊んでいた。母親は「ここは子供に宜しくない」と、市場のそばへ引っ越した。すると孟子は、金儲けの真似事をして遊ぶようになった。母親は「ここも子供に宜しくない」と、今度は学校のそばに引っ越した。すると、孟子は学童の礼儀作法を見習って遊ぶようになった。母親は「ここならよい」とそこに住むことにした。孟子は成長すると、経学に励み、ついに大儒となった。

故事成語として、「幼児教育は環境が重要である」という意味で使う。


もう一つは、「孟母断機もうぼだんき」の話。

孟子の母親が機織りをしているところへ、孟子が遊学から帰郷した。母親は「学問は進みましたか」と尋ねた。「相変わらずです」と答えると、母親は織りかけの布をハサミで断ち切った。孟子が怖々わけを尋ねると、母親は、「お前が学問をやめて帰ってきたのは、この織りかけの布を断ち切るのと同じですよ」と厳しく戒めた。孟子は発奮して学問をやり直し、ついに大儒となった。

故事成語として、「学業は途中でやめてはならない」という意味で使う。

さて、「孟母断機」で、孟母は滔滔と説教を垂れる。
そのセリフの全文はこうだ。

子の学を廃するは、吾のの織を断つがごときなり。 れ君子は学びて以て名を立て、問いて則ち知を広む。 是を以て居れば則ち安寧にして、動けば則ち害に遠ざかる。 今之を廃するは、是れ廝役しえきを免れずして、以て禍患かかんより離るる無きなり。 何を以て織績しょくせきして食するに、中道にして廃して為さざるに異ならんや。 いずくんぞ能く其の夫子に衣せて長く糧食に乏しからざらしめんや。 女則ち其の食する所を廃し、男則ち徳をおさむるをおこたれば、窃盗を為さずんば則ち虜役りょえきと為らん。
お前が学問をやめてしまうのは、私がこの織物を断ち切ってしまうのと同じこと。君子たるもの、学問で名を立て、人に教えを請うて見識を広めるべきです。そうしてこそ、家にいれば心安らかに、外に出ても災難を遠ざけることができるのです。今もう学問を捨て置いてしまったら、いずれ人に使われる身になり災難を免れなくなります。お前が今していることは、機織りで暮らしを立てている私がそれを途中で投げ出してしまうのと同じです。そんなことをしたら、夫にも子供にも服を着せられず、食べ物もずっと与えることができなくなります。女が生計を立てるのをやめたり、男が徳を修めるのを怠ったりすれば、いずれ泥棒になるか下僕になるしかないのですよ。

息子に有無を言わさず、理詰めで一気に畳み込んでいる。
なんともパワフルで理路整然としたお説教である。

孟子の理屈っぽさは、母親譲りであった。

ちなみに、孟母の話は『三字経さんじきょう』にも出てくる。

『三字経』は、南宋・王応麟おうおうりんの撰と伝えられる学童用の識字教材だ。

孟母の話は、こう書かれている。

昔孟母  昔 孟母  
擇鄰處  となりえらびてり  
子不學  子 学ばざれば  
斷機杼  機杼きちょを断つ

――昔、孟子の母は学校の隣を選んで住み、子供が学問を怠るとはたを壊して戒めた。

3字 X 4句=12字で、「孟母三遷」と「孟母断機」の2つの逸話をギュッと超要約している。

が、お気づきのように、話が少し違っている。

『列女伝』の「孟母断機」では、織りかけの布をハサミで切っている。

ところが、『三字経』では、なんと織機の大切な部品であるを叩き割っているではないか!

杼 (機織りで横糸を縦糸に通す道具)

『三字経』版の孟母は、一段とパワーアップしている。

恐るべし、孟母!

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