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【短編小説】AIの夢見る夜は 第8章:量子の迷宮、72時間の真実

第8章:量子の迷宮、72時間の真実

1:時計仕掛けの追跡者

AIに管理された近未来都市の喧騒が、私の周りで渦巻いていた。

街角のホログラム広告が鮮やかに点滅し、通行人の瞳に埋め込まれたARレンズが青く光る。
この監視社会の中で私は影のように身を潜めながら、慎重に行動を続けていた。

母が突然失踪した日、私の部屋に残されていた一冊の本。
一見何の変哲もないSF小説に見えたそれは、今になって思えば母からの最後のメッセージだったのかもしれない。
私はその本を大切にバッグにしまい、街を彷徨っていた。

本の表紙は少し色褪せ、角は擦れていた。しかしその中に隠された秘密は、まだ誰も知らない。
私は本を開くたびに、母の香りを感じる気がした。懐かしさと不安が入り混じる複雑な感情が、私の胸を締め付けた。

数日前、私の網膜に直接投影された謎のメッセージ。今も頭の中で鳴り響いていた。

「エレナ・マキシマ。あなたの努力は認めます。しかし、時間がありません。72時間以内に本を解読してください。さもないと、全てが失われます。あなたの母が残した真実、そしてこの世界の未来が危機に瀕しています」

その言葉が、私を追い立てた。
72時間。
それは長いようで短い時間だ。その間に、母が残した全ての謎を解き明かさなければならない。

都市の裏側、AIの監視の目が届かない場所を転々としながら、私は必死に解読作業に没頭した。

古びた倉庫、廃墟となったビル、地下鉄の使われなくなった駅。そんな場所で、私は母の本と向き合い続けた。
本のページをめくるたびに、かすかな書き込みが目に入った。

一見無意味な数字や記号の羅列。
それらは母が残した暗号なのか、それとも単なる偶然の産物なのか。
私は一つ一つの文字、一つ一つの数字を丹念に調べ上げた。

そして、本の背表紙に隠されていた極小のマイクロチップ。
それを見つけたときの興奮は今でも覚えている。指先で触れると、わずかに温かみを感じた。まるで、母の体温が残っているかのように。

このマイクロチップを読み取る装置を手に入れるのに、私は闇市場で大金を払わなければならなかった。
裏路地の怪しげな店で心臓がバクバクする中、顔だけは平然を装い取引を済ませた。

その瞬間、私は自分が今までとは全く違う世界に足を踏み入れたことを実感した。

解読作業は難航した。
数字の配列、本文中の特定の単語、そしてマイクロチップのデータ。これらを組み合わせることで、何かが分かるはずだ。

私は何度も行き詰まり、挫折しそうになった。
しかしその度に、母の温もりを感じられるこの本を手に、私は幼い頃の記憶を思い出していた。
母が私に読み聞かせてくれた物語、その優しい声、柔らかな手の感触。
そして、突然の別れ。涙が頬を伝う。

「お母さん、私に何を伝えたかったの…?」
沈黙したままの本を見つめた。
諦めるわけにはいかない。母が残した最後のメッセージを、必ず解読してみせる。



2:AIの心臓部、潜入作戦

時間が刻々と過ぎていく。プレッシャーは増すばかりだった。

私は眠る時間も惜しんで解読に没頭した。
コーヒーを飲み干し、目を凝らしてページを見つめた。そして時折窓の外を確認し、追手が来ていないかを警戒した。

72時間の期限が迫る中、私の頭の中では様々な思いが渦巻いていた。

もし解読できなかったら何が起こるのか。
「全てが失われる」とは、具体的に何を意味するのか。このメッセージを送ってきた人物は誰なのか。

そして、ついに72時間目の夜明け直前。
全ての謎が繋がった。

マイクロチップのデータと本の暗号を組み合わせると、一つの座標が浮かび上がったのだ。

それは、都市の中心部にある巨大AIサーバーの位置を示していた。
そこに母の残した最後のメッセージが隠されているはずだ。

しかしその瞬間、私の周囲で不可解な出来事が起こり始めた。

街中の監視カメラが一斉に私の方を向き、通行人のARレンズが赤く点滅し始めた。
都市そのものが私を追跡しているかのように。

私は急いで身を隠した。
路地裏の暗がりに身を潜めながら、息を殺す。心臓の鼓動が耳に響く。
この都市では完全に姿を消すことは不可能だ。時間との戦いが始まった。

巨大AIサーバーにたどり着いても、母のメッセージを見つけ出す前に彼らに捕まってしまうのか。そして、もし母のメッセージを見つけられたとして、そこには一体何が書かれているのか。

私の心臓は高鳴り、額には冷や汗が滲んだ。
真実への扉が、今まさに開こうとしていた。

私は慎重に行動を続けた。
都市の裏路地を縫うように進み、時折立ち止まっては周囲の様子を窺う。

ARレンズを装着していない私には周囲の情報が見えない。それは不便だが、同時に追跡者からも私の位置を特定しづらくしているはずだ。

途中、何度か危険な場面に遭遇した。
AIポリスのドローンが頭上を飛び交い、顔認証システムを搭載した街頭モニターが私を捉えそうになった。
その度に私は息を潜め、身を隠した。
心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張感だった。

ようやく巨大AIサーバーの建物にたどり着いたとき、私は愕然とした。

そこは要塞のように厳重に警備されていた。
入口には最新の生体認証システムが設置され、建物全体を覆うようにエネルギーシールドが張られていた。

「どうやって中に入ればいいの...」
私は途方に暮れた。
その時、母の本に隠されていたマイクロチップが微かに光った。
そこには、建物の設計図と侵入経路が記されていたのだ。

母は、この日が来ることを予期していたのだろうか。それとも、謎のメッセージの送信者が関与しているのだろうか。
疑問は尽きないが、今はそれを考えている暇はない。

私は決意を固め、マイクロチップの指示に従って行動を開始した。

建物の裏手にある古い非常口から侵入し、使われていない配管を通って内部へと潜入した。

狭い配管の中を這いながら、私は母との思い出を反芻していた。母が突然いなくなった日、残された本、そして今。
全てが繋がっているような気がした。

心臓の鼓動が耳に響く。
あと少し、あと少しで真実にたどり着ける。

ついに中央制御室の扉の前に立った私は、深く息を吸い、ゆっくりと扉を開けた。

扉の向こうには...。


#創作大賞2024#ミステリー小説部門

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