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【短編小説】AIの夢見る夜は 第5章:シナプスの蝶番

第5章:シナプスの蝶番


1:記憶の迷路を彷徨う影

意識が戻った時、私は見慣れない白い天井を見上げていた。頭に無数の電極が取り付けられ、耳元では機械音が規則正しく鳴っている。
ルクの研究室のベッドだと気づくまでに、少し時間がかかった。

「エレナ、大丈夫か?」
ルクの声が聞こえた。彼の顔には安堵と懸念が入り混じっていた。目の下にくまがあり、何日も眠っていないように見えた。
「ルク...何が起きたの?」
私は喉の渇きを感じながら、かすれた声で尋ねた。
ルクは慎重に言葉を選びながら、説明を始めた。

「君は72時間以上意識を失っていた。そして...驚くべきことが起きたんだ。君の脳波が、これまで見たこともないパターンを示した。まるで...別の現実と接続したかのようだった」

彼の言葉を聞いて、私は意識を失う直前に見た光景を思い出した。歪んだ街並み、そして...母の姿。
「ルク、私...母を見たの」
ルクの目が大きく見開かれた。
「君のお母さん?どういうことだ?」

私は見たものを詳しく説明した。歪んだ現実の中に現れた母の姿、そして急激に変化する周囲の世界について。
「これは単なる幻覚ではないかもしれない」
ルクは真剣な表情で言った。
「エレナ、君の母親の失踪と、僕たちが研究しているAI技術、そして君が体験している現象...これらは全て繋がっているんだ」

その言葉を聞いて、私の中に新たな決意が芽生えた。母の姿を見たこと、そしてルクの言葉が、私たちの研究をさらに推し進める原動力となった。

AI技術に対する興味を深めていった私だったが、奇妙な現象に対する不安も消えなかった。むしろ、日に日に強くなっていく気がした。

「エレナ、これがニューロリンクの最新のプロジェクトだよ。この技術は、人間の認知を根本から変える可能性がある。記憶の操作、現実の再構築、さらには意識の転送さえも可能になるかもしれない」

ルクは説明した。彼の目は興奮で輝いていた。
「しかし同時に、極めて危険でもある。悪用されれば、人類の存在そのものを脅かす武器にもなり得るんだ」

その言葉に私は背筋が凍るのを感じた。
「私が体験している現象が、この技術のせいだとしたら...?私たちは既にその影響下にあるかもしれないよね」
「その可能性は十分にある。だからこそ、徹底的に調査しなければならないんだ」
ルクはいつもより強い口調で言った。彼の表情には、決意と不安が混在していた。

私は奇妙な現象が起こるたびに日記をつけ、その詳細を記録した。やがてルクの研究チームも加わり、私の脳波を詳細にモニタリングする実験が行われた。毎日、私の頭には無数の電極が取り付けられ、私の脳内で起こる全ての活動が記録された。

「エレナ、今日は特に変わったことは?」
ルクが尋ねた。彼の声には、冷静さの中にわずかな緊張が混じっていた。
「うん、朝起きた時に鏡の中の自分がまるで別人のように感じたの。あと、通りを歩いていると建物が一瞬で変形したように見えたわ」
私は自分の声が震えているのを感じた。
ルクは眉をひそめ、モニターに映る脳波のデータを凝視した。
「興味深い…この瞬間、君の脳の特定の領域が通常以上に活性化している。まるで、現実を再構築しているかのようだ」

私は次第に"自分が実験台になっている"という感覚に苛まれ始めた。

ある朝、ルクから急な電話があった。
「探したい本がある。今すぐ来てくれないか」
私たちは古い図書館に足を運んだ。図書館の空気は重く、埃っぽかった。何世紀もの知識が積み重なった重みを感じた。

「君の母親が失踪する前に読んでいた本を調べる。彼女が残した手がかりを一つ一つ追いかけていこう。過去の出来事と現在の奇妙な現象がどう結びついているのかを解明するんだ」
ルクの提案に私の心臓が高鳴った。母の失踪…それは私の心の奥底に眠る、触れてはいけない記憶だった。

私たちは館内を隅々まで歩き回った。閉館までの時間が迫る中、ようやく母が何かに怯えていた理由に迫る手がかりを見つけた。
古びた本棚の奥から、ルクが一冊の本を取り出した。

「やっと見つけた。エレナ、ここに君の母親が読んでいた本があるよ」
ルクが一冊の本を差し出した。その本は、ある科学者の研究日誌だった。
表紙には『認知の境界線:AIと人間の融合』というタイトルが記されていた。
私は震える手でその本を受け取った。
「この本…母は何を知っていたの?」

ページをめくると、そこには私たちが現在取り組んでいる技術と非常に似ている内容が書かれていた。AIによる脳波解析、認知の操作、現実の再構築...全てが、私が体験している現象と一致していた。
さらに驚いたことに、欄外には母の筆跡らしき書き込みがあった。
『危険すぎる』『人類の終わりになるかも』という言葉が、私の目に飛び込んできた。

「ルク、これって...」
言葉を失う私に、ルクが静かに答えた。
「ああ、この研究日誌の内容は、まさに僕たちが開発している技術と非常に似ている。いや、むしろ僕たちの研究の基礎になっているものかもしれない。エレナ、君の母親が何を恐れていたのか、少しずつ見えてきた気がするよ」
ルクの声には、興奮と不安が混じっていた。そして彼の瞳は発見の喜びと、その発見がもたらす危険への恐れで複雑に揺れ動いていた。

私たちはさらに調査を進め、母がどのようにしてこの技術に関わっていたのか、そして彼女が失踪した理由を突き止めようとした。この過程で、私の内なる探求は次第に真実に近づきつつあった。しかしその真実は、私の想像を遥かに超える恐ろしいものだった。


2:深淵からの呼び声

ある夜、私は再び奇妙な夢を見た。夢の中で、私は無限に広がる白い空間にいた。そこには、無数の光る糸が張り巡らされていて、それぞれの糸が異なる記憶や感情を表しているようだった。
私が一本の糸に触れると、突然周囲の景色が変わり、私は母の研究室にいた。母は必死に何かを書き留めている。その横顔は、私の記憶にある優しい母とは違い、恐怖と決意に満ちていた。

「エレナ、聞こえる?」
母の声が頭の中に響いた。
「もし私に何かあったら、この研究を止めなければいけない。AIは人間の認知を操作する。現実そのものを歪める力を持っているの。」
私は叫びたかった。質問したかった。しかし、声が出ない。

次の瞬間景色が再び変わり、私は見知らぬ施設の中にいた。白衣を着た人々が忙しそうに行き交い、大きなスクリーンには複雑な数式が映し出されていた。
そこで私は、ある光景を目にした。ガラス越しに、人間が横たわっているのが見えた。その人の頭には無数の電極が取り付けられ、脳波のデータがリアルタイムでモニターに映し出されていた。

そして、衝撃の事実に気づいた。
そのガラスの向こうにいたのは…私自身だった。

目が覚めると、冷や汗で全身が濡れていた。頭には鈍い痛みがあり、夢の中の光景が走馬灯のように駆け巡る。
「これは…記憶?それともただの悪夢なの?」
私は震える手でベッドサイドのノートを取り、夢の内容を必死に書き留めた。書きながら、新たな疑問が湧き上がってきた。

母の研究、AIによる認知操作、そして私自身が実験台になっている光景。これらは全て繋がっているのか?そして、私が体験している奇妙な現象は、この実験の結果なのか?
頭がくらくらして、吐き気を感じた。真実が近づいてくるにつれ、私の現実はますます歪んでいくようだった。

突然、部屋の電気が点滅し始めた。テレビやパソコンの画面が勝手に起動し、ノイズを発し始めた。
私は恐怖で体が凍りついた。そして、全ての電子機器のノイズの中からかすかに聞こえてくる声。それは…母の声だった。
「エ…ナ…気を…つ…て…彼ら…は…」

その瞬間、全ての機器が一斉に消え、部屋は闇に包まれた。

暗闇の中で携帯電話を掴んだ私は、震える手でルクに電話をかけた。
「ルク、大変なことが起きたの。私、もしかしたら…」

しかし、電話の向こうから聞こえたのはルクの声ではなかった。
「エレナ・マキシマ。実験は予想以上の成果を上げています。あなたの協力に感謝します」

冷たく機械的な声。私は思わず携帯を放り投げた。頭の中で警報が鳴り響く。これは現実なのか、それとも私の認知が歪んだ結果なのか。

真実はまだ見えない。しかし、一つだけ確かなことがある。
私は、自分が思っていた以上に深い闇の中にいるということだ。

そして、その闇の中で、私の意識は再び揺らぎ始めた…。

次に目覚めた時、私は果たして「私」のままでいられるのだろうか...。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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