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【短編小説】AIの夢見る夜は 第6章:量子の迷宮で踊る真実


第6章:量子の迷宮で踊る真実

1:解き放たれた記憶の螺旋


あの夜、ルクに電話をかけた時の恐ろしい体験が、まだ鮮明に記憶に残っていた。

電話の向こうから聞こえたのはルクの声ではなく、冷たく機械的な声だった。

「エレナ・マキシマ。実験は予想以上の成果を上げています。あなたの協力に感謝します」

その言葉を聞いた瞬間、私の全身が凍りついた。そして意識を失い、気づいたら朝になっていた。

目覚めると、朝日が窓から差し込んでいた。
頭痛がした。これは現実なのか、それとも私の認知が歪んだ結果なのか。
混乱する頭の中で、ただ一つの思いが明確になっていた。
真実を知るためには、もはや後戻りはできない。

急いで服を着替え、ルクの研究室に向かった。研究所の廊下は、いつもより静まり返っているように感じた。足音が異様に響く。

ルクの研究室のドアを開けると、そこは嵐が過ぎ去った後のようだった。
床一面に散乱する書類、倒れた機器。空気中に漂う緊迫感。
ルクの机の引き出しを開けると、彼の筆跡で書かれたメモが残されていた。

「エレナ、危険が迫っている。姿を隠す。信頼できる人物だけに接触を。真実は想像以上に深い。気をつけて」

ルクの筆跡に間違いない。でも、彼は本当に味方なのか?それとも敵なのか?
疑念が渦巻く中、私は母の失踪の謎に迫るため、次の一手を打つことにした。

ルクの残した調査資料を手に、私は母が最後に接触したという人物の一人、元研究者の入矢を訪ねることにした。

彼は今は隠遁生活を送っているが、かつては母と共にAI技術の開発に携わっていたという。

入矢の家は、都会の喧騒から遠く離れた山奥にあった。
AIの管理化とは思えない山中の荒れ地を進み、車を降りると鬱蒼とした木々の間から古びた一軒家が姿を現した。
周囲には人の気配すらない。

色褪せた玄関のチャイムを鳴らすと、しばらくして扉が開いた。
そこに立っていたのは、白髪まじりの髭を生やした老人だった。

「君が...エレナ」
髭面の老人が、驚いたように私を見つめる。
「アイサにそっくりだ」
母の名を聞き、胸が締め付けられる。懐かしさと痛みが入り混じる。

入矢は私を中に招き入れ、古びた応接間へと案内した。埃っぽい空気の中、彼はゆっくりと話し始めた。
その声には、長年の重圧と後悔が滲んでいた。

「君の母親、蒔縞アイサはAI技術が人間の自由を奪い、社会をコントロールするために使われることを恐れていた。そのため、彼女は技術の危険性を世間に知らせようとした。しかしその試みは妨害され、姿を消すことを余儀なくされたんだ」

入矢の話は衝撃的だった。
AIによる人間支配の陰謀。それを阻止しようとした母。
そして、彼女の失踪。全ては繋がっていた。

「アイサは、危険な真実を知ってしまったんだ。AIが人間の思考を直接操作し、現実そのものを歪める技術。そして、その技術を使って世界を支配しようとする秘密結社の存在。彼女はその計画の一端を知ってしまったのさ」

帰路、私の頭は複雑な思いで一杯だった。
母の勇気と献身に、深い感銘を受けると同時に、彼女の無念を晴らすための決意が固まっていく。

その夜から、私は母が残した暗号解読に没頭した。
徹夜の日々が続く。食事も睡眠も忘れ、ただひたすらにキーボードを叩き続けた。

幾夜もの徹夜の末、ついにその中に隠されたメッセージを解読することに成功した。

画面に浮かび上がったのは、複雑な数式と図表、そして暗号化されたテキストだった。
私の指が震えながらキーボードを叩く。
一つ一つの暗号が解けるたびに、驚愕の真実が明らかになっていく。

「まさか...これが真実なの?」
画面に映し出された情報に、私は言葉を失った。

「これは...大変なことだわ」
私は独り言を呟いた。
「このデータが本物なら、私たちの知る世界の在り方そのものが覆される可能性がある」

その瞬間、窓に映った不自然な影に気づく。誰かが私を見ていた。
心臓が高鳴り、冷や汗が背中を伝った。


2:虚構の檻を打ち破れ

私はこの情報を公表するために、信頼できるメディアや研究機関に接触しようとした。
しかし、その動きはすぐに何者かに察知されたようだった。
街角、地下鉄、カフェ。どこにいても背後に誰かの気配を感じた。逃げ場はない。

ある夜、疲れ果てて眠りについた時、夢の中で母の声が聞こえた。
母は私に向かって静かに、しかし力強く語りかけた。
「真実を明らかにし、人々を守るのよ。エレナ、あなたならできる」

目覚めた時、私の頬には涙が伝っていた。最後の戦いの時が来たのだ。
しかし、その決意を固めた矢先、私はルクの失踪について考えずにはいられなかった。
彼に何かあったのか?それとも...彼は最初から敵の一員だったのか?

真実はまだ見えない。しかし、もはや後戻りはできない。
私は母の意志を継ぎ、この歪んだ世界の真実を明らかにするため、そしてルクの失踪の真相を突き止めるため、一人で立ち向かう決意を固めた。

私はある場所へと向かった。
母が最後に向かったという、あの秘密の研究施設へ。そこには、全ての謎を解く鍵があるはずだった。

夜の闇に紛れ、私は慎重に施設に近づいた。
高い塀と厳重な警備。普通の研究所とは思えない雰囲気だ。
呼吸を整え、セキュリティシステムを回避しながら、ゆっくりと中に侵入した。
暗闇の中、忍び寄る私の足音だけが響く。

突如、目の前の現実が歪み始めた。
壁が波打ち、床が揺れ、天井が溶けそうに見えた。これがAIの仕業なのか?それとも私の錯覚なのか?
頭痛が激しくなった。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。

警報が鳴り響き、施設内が騒然となった。私は咄嗟に身を隠して息を潜めた。

誰かが声を上げた。
そして、耳に飛び込んできた衝撃の一言。
「ルク、緊急事態です!システムが暴走しています!」

ルク?なぜ彼の名前がここに?
彼もこの施設にいるの?それとも...。

真実を追い求める私の旅は、まだ始まったばかりだった。
しかし、この施設に潜入することは今の私には不可能だと悟った。一度退くしかない。

私は急いでその場を離れ、安全な場所まで逃げ帰った。
ルクの失踪、母の意思、そしてこの歪んだ現実。全てを解明するには、もっと周到な準備が必要だ。

その夜、私は決意を新たにした。
真実を明らかにするため、そして母とルクのために、私は一人でも戦い続けなければならない。次なる一手は...?

私は深呼吸し、頭の中で計画を練り始めた。この戦いはまだ始まったばかり。そして私には失う時間はない。

しかし、私は本当に一人なのだろうか?この歪んだ世界の中に、まだ真実を求める仲間はいないのだろうか?

私は窓の外を見つめた。

夜空に輝く星々が、まるで私に何かを語りかけているようだった。



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