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3・春「マカロンな彼と桜色のあたし」

テレビのニュースによれば、景気はやんわりと回復傾向にあるそうだ。
それは何処か違う世界の人の話で、中堅未満のあたしにとって就活の向かい風は、予想以上に冷たく厳しいもので。

あなたの長所は
あなたの課題は
あなたが感銘を受けた本は
あなたを雇用する当社のメリットは

今回もまた想定されるだろう質問パターンを頭で反芻しながら、スーツに着替えているところ。

自己分析なんてはっきり言って、もうこれ以上は豆腐メンタル崖っぷち。だから気合いを入れて勝負に出る。敢えてリクルートスーツ、ではなく
桜色のスーツに。

これがあたしらしさだ。

なーんて自慢出来るほどの主張があるわけじゃないけど、アパレルでもないITベンチャーの二次面接に、このスーツというエキセントリックな勇気はお買い得ですよ?

まともに面接に臨んで連戦連敗なもんだから、もうヤケクソメンタルだったのかもしれない。

そして何がよかったのかわからないけど、内定とは世の中分からない。

へえ。こんなモンだったのか。
まさかスーツのおかげとか、ね。

気が変わって取り消されないよう内定式にもゲンを担いで桜色のスーツで参加した。

そもそもSEって業種、よく知らないんだけど。きっと一日中パソコンに向かってシステム作って、目、疲れる(←主人公の偏見です)。

あれだけ苦労した割にトントン拍子に正式採用へと進むことが不安になるあたしはバカだ。

ある日、一本の電話を入れた。

「一身上の都合で辞退させていただきます」

あーもー、バカどころじゃない
契約不履行の損害賠償請求モノだよ
白紙に戻してどうするの
何のウリがあるわけじゃないクセに

歯に衣着せない友人に罵倒された時は凹んだけど、求人情報誌をペラペラめくりながら、それでも不思議と後悔がなかった。

結局、4月から始まった派遣暮らし。

今日からデパートの物産展の売り子を短期でやることになっている。
一抹の不安はあるけど、まあこの方が気が楽と言えば楽で。
何が? って、期間が過ぎれば後腐れなくバイバイできるのが。

「木室さん?」

売り子に励んでいる最中に声をかけてきた人は、誰だろう。休日の混み合ったフロア、そうでなくても慣れない仕事だ、正体を確認する余裕なんてないけど。

「春の新作マカロンを2種類とも2つずつ頂けますか?」
「かしこまりました。お包み致しますか?」
「いえ」
「ではご自宅用で」
「いえ」

マニュアル会話が成立せず、お客様の顔を見上げたら、彼はニッコリ言った。

「あなたのお仕事が終わったら、ご一緒に食べましょう。今日は夜桜が見頃です」
「あの……、1000円でございます……」

あたしの手のひらにはお札と携番を走り書きした名刺が載っている。当人の顔と交互に見比べた。

会社の名刺。内定蹴ったとこじゃん。
うわ……合わせる顔、ないし。

でも、ちょっとカッコいい人……。

超簡易包装のマカロンを手渡して型通りのお礼を言う間にも、お客様はひっきりなしにやって来る。だからそれ以上はときめくことを忘れ、

なんであたしの名前を? ああ、この名札か

彼の名刺を、貸与されたエプロンのポケットにしまった。あたしは売り子に集中するだけ。

そうか。お花見の季節だったっけ。
今年はそんな賑やかな予定もないな。

物産展のショーケースのあちこちで、期間限定スイーツの淡い桜色が咲いている。
お花見なら、これもある意味華やかで、人で賑わうお花見だ。

まにあってるわ。

時間通りに仕事を終える。

ロッカールームで黒いエプロンを畳んでいると、ポケットからポロリと名刺が落ちた。

あ。そうだった。
でもここで電話する?


……しないでしょ。

からかわれたっぽいし、軽く見られるのも癪。
ところが従業員通用口から出たところに、彼はニッコリ待っていた。

「あの……すみません。システムネットワーク社の方だったのですね。
先日は申し訳ありませんでした」

とりあえず新卒のぎこちない社交辞令で深々と頭を下げる。
そういえば内定辞退の電話口でも、見えない相手に頭を下げてた。

「あはは、どうして謝るんですか。それより昭和記念公園に出かけましょう」
「立川……ですか? 今から」
「すぐですよ。リフレッシュに付き合って頂けませんか。コレも買っちゃったことだし」

さっきの超簡易包装を軽く持ち上げてまた笑ってる。

「……お仕事お疲れ様です」
「僕は休日ですから。木室さんこそ仕事上がりでお疲れのところ申し訳ないんですが。いいかな?」

終始笑顔で丁寧なくせに、言ってる内容は強引。
断れないまま電車に乗ってるあたし、こんなにも自分の主張がないのが恥ずかしい。
なのに、どこかへ連れ出して貰えるとワクワクしてる部分もある。

ところが元々他人への関心が淡白なのが災いし、電車のシートで隣り合うあたしたちは、やがて会話が途切れてしまった。

あー気まずい。
立川……やっぱり遠いじゃないですかー。

恐縮しながら表情をこっそり伺う。
彼は彼で、相変わらずにこにこしている。

じゃあ、もういい。一方的に気を遣うの、損な気分。誘ってきたのはこの人なんだし。
えっとこの人の名前、なんだっけ

初めに名前を確かめてなかったなんて、実に失礼だな

今さらどうやって聞こう

名前…名前…名前…なま…え……

いつの間にか迂闊にもウトウト眠ってしまってたらしい。

「起きて。立川に着いたよ」

彼の肩が枕になって、寝心地が良かったんだ。

「はっ……ごめんなさい!」
「ほら、おいで。昭和記念公園に行ったことは?」
「いえ、まだ」
「満開だと桜が本当に見事だよ。僕も夜には行ったことなくってさ」

しばらく歩き、公園入り口に着いた。
確かに広い敷地に桜がたくさん植わってるのは分かるけど。

「え? 閉園時間?」
「ですね」
「ここって夜桜見せてくれないのかよ、そうだったっけ……」

せっかくやって来た昭和記念公園には閉園時間というものがあるらしい。

カッコワル……
ボソッと呟いた彼は、

「目的地変更。ついてきて!」
「あ、待って……どこ」
「府中」

府中っ??
見かけによらず人を振り回すんだな。
少し楽しくなって、一緒に駆け出した。

大層ご立派な神社の境内に到着。
こちらはたわわに咲いた花が夜にも出迎えてくれた。

「腹へったー。桜の下でマカロン食べよう。旨いの? これ」

だんだん言葉遣いが、素になってる。気づいてるのかな。

「あたし、実はこれ食べたことないんです」
「そんなんじゃ、客に味を聞かれたらどう答えるのさ?」
「面接……ですか?」

ヤベ、と彼は舌を出した。
時折過ぎる春の風が、さわさわ……と満開の花びらを散らす。

「そうだ、僕、面接官の中にいたんだよ、覚えてる?」
「すみません。緊張してて、全然」
「インパクトあったよ。濃紺のスーツの中に、1人桜色。
空気読まないか、度胸あるか、どっちだろねって会議で話題になって。
ま、決め手は筆記試験の成績だよ?
でも残念だったなあ」
「すみませんでした。……」
「何か思うことあったんだろうけど。
これ、旨いわ。食べよう?」

さわさわ……
ただ頷いて白と桜色のマカロンを頬張ると、春の甘い香りが広がった。

するとひとひらの迷子の花びらが、彼の頭の上に乗っかった。

取ってあげようか。
それともこのまま花びらの悪戯を眺めていようか。

さわさわ……

我慢できない。取ってあげよう。
そっと手を伸ばし、髪の毛に触れないように気をつけて、指で優しく摘まむ。

ほら、花びらが頭のてっぺんに

得意げに証拠の花びらを見せた。
花びらはあたしの指から彼の指へ、お引越し。

「こいつらソメイヨシノってさ、クローンだから一斉に咲いて一斉に散るんだ。
春のパノラマは僕らのプログラムなんかよりよっぽど精密なシステム」

彼が息を吹きかけた花びらは、風に乗ってまたどこかへ。

「コンピューターみたい。知らなかった」
「でも山桜はもっとアナログだよ。
昔の日本の桜は気ままに咲いてたんだろうなあ」
「そういえば、春の山桜は群れて咲きませんね」

今度は彼があたしの髪に指を伸ばした。
頭がなんだかむずがゆくなった。

「面接の時、僕は木室さんが山桜に見えた。定番色の中にポツンと、でも凛として咲く桜」
「あ、あたしの髪にも花びらくっついてます?」

彼はただ笑い、首を横に振る。

「木室さん、桜色がよく似合うよ。
迷惑は承知だけど連れ出して良かった。
山桜 霞の間より ほのかにも……
うわ、なに恥ずかしいこと言ってんだろ」

あたしの髪から離れた手は、今度は自分の顔を覆ってる。間違いなく年上だろうし、入社してたら上司かも。
そんな人が目の前で、こんなにジタバタしてる。

あたし、その和歌は、続きも意味も知っています。

山桜が霞の間からわずかに見えた時みたく、ほのかに見つけたあなたのことを恋しく思ってるんだよ……でしたよね。

「柄にもなく、ヒトメボレ。また会いたい」

まだ顔は覆われたままだ。
何だろ、グイグイ引っ張っときながら、勝手に悶える。顔を逸らしたまま、また会いたいだなんて。

その右往左往する感情表現に、久しぶりに揺らめいたあたしは、さっきの紀貫之の下の句を引き受けた。

「見てし人こそ恋しかりけれ」

・・・・・

瑛作さん。……甘いマカロンと甘い(あの人)との戻らない淡い時間を回想する。

時季が過ぎればいさぎよく散る桜
いずれ散る桜にあなたが恋したせいだと
せめてそのくらいの言葉ひとつも遺せてあげられたら
あたしの人生は違っていたのだろうか

花も実も葉も落とした枝が
今日も恨めしくあたしを後悔させる。



-続く-



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