「八戸ブイヤベース」が美味しすぎたので、直売所を回って集めた食材で自作した
青森県の八戸市では、毎年2月1日から3月の終わりまで八戸ブイヤベースフェスタというイベントを開催している。
ちょうどえんぶりの期間と重なることもあり、えんぶりを見に来た際にポスターなどを見かけた方も少なくないと思う。
このイベントの期間中、八戸市内の様々なレストランでは八戸港で水揚げされた魚介類を用いた各店舗オリジナルの八戸ブイヤベースが提供される。
ブイヤベースはフランス南部などで見られる地中海式の海鮮スープで、様々な海鮮を組み合わせて使うことが特徴だ。最近はブイヤベース味の鍋の素など市販されており、海鮮の出汁が効いたトマトスープを指す場合が多い。
ブイヤベースの本場はマルセイユというフランス南部の沿岸都市とされており、元々は穫れた魚のうち売り物にならない小さな魚などを煮た漁師料理だったようだ。
それにトマトが入るようになったり、スープを作った後にそのスープでメインとなる具材を煮て、その具材が中心になるようになったりと洗練されていき、現在はマルセイユを代表する名物料理になったとのことだ。
なおマルセイユでは伝統的なブイヤベースの保護のために"Charte de la bouillabaisse"日本語に訳すと「ブイヤベース憲章」なるものが制定されており、使用する具材の種類や提供方法などが指定に則ったものだけが正統派ブイヤベースを名乗ることができるとされている。
とはいえマルセイユ観光局のサイトによるとこのブイヤベース憲章が制定されたのは1980年。元が素朴な家庭料理ということもあり、正統派を名乗らないより自由なブイヤベースも数多く存在している。
さて、八戸ブイヤベースもこのブイヤベース憲章を参考にしたと思われる「八戸ブイヤベース」を名乗るための「八戸ブイヤベース・ルール」が存在している。
公式サイトによると八戸ブイヤベースのルールは以下の通りだ。
・八戸産の魚介類を使うこと
元ネタのブイヤベース憲章もそういった側面が強いが、八戸ブイヤベースも町おこしを目的にしている。
そのため八戸港に水揚げされる魚介類を最低4種類以上使うことが定められている。
ただし魚介の種類に指定はない。店毎の個性が出しやすいことや、その日ごとの美味しい魚介を店側が選んで使うので、同じ店に複数回行っても楽しめることがウリになっている。
ちなみに八戸ブイヤベースフェスタが開かれる2月から3月の期間は八戸港に様々な種類の魚介が水揚げされる時期であり、様々な魚介が美味しい時期でもある。ただしこの季節柄もあってか、野菜などの他の材料については「できる限り地元のものを使う」と努力義務に収まっている。
・スープを生かした締めの料理を提供すること
こちらはかなり独特のルールだ。
メインである海鮮の具材が入ったスープはまた別に、スープの液体部分を味わうための「締めの料理」が八戸ブイヤベースでは必ず提供される。
こちらも店毎の個性が出る部分であり、リゾットであったりクリームパスタであったりラビオリであったりと実に様々だ。
八戸の海産物と各レストランの個性、その両方が楽しめるイベントが八戸ブイヤベースフェスタだ。
ちなみにフランス大使館からも公認されているイベントとのことだ。
という訳で先日、参加店舗の1つである「North 40-40 三沢店」を訪れた。
八戸ブイヤベースの参加店舗の中では唯一、八戸市ではなく近隣の三沢市内にあるレストランだ。
八戸市の中心街にもNorth 40-40は八戸店があるが、三沢店は八戸店とは違いランチ営業をやっている。また、写真を見るに三沢店と八戸店でブイヤベースも違うものを販売しているようだ。
米軍基地を有する三沢市にあるだけあってか、訪れた際は米軍関係者と思わしき外国人グループが向かいの席で食事していた。そのグループの小さい子どもが来た料理を1口食べるなり、大きな声で「マム!ヤミー!」と喋っていたのを見て、子供らしい大きな反応を微笑ましく思っていた。
具材は野菜のほかはヒメガイ、ムール貝、アサリ、ホタテ、牡蠣、ホッキ貝、エビ (赤エビ?)、真鱈、白子 (真鱈?)、黒ソイ。
魚の方はスープで煮るのではなくフィレをバターでソテーにしており(白子はムニエル)、それをスープに纏わせて食べる方式になっている。
流石は八戸ブイヤベース。本当に美味しかった。恥ずかしながら一口食べた途端、思わず小声で「うわうまっ!」と言ってしまっていた。向かいの席の少年のリアクションは全くオーバーではなかったのだ。
スープに赤みがないところから分かる通り、トマトは入っていないか、入っていても少量だと思う。よく店で売られている海鮮風味のトマトスープとは全くの別物だ。
我ながら雑な例えという自覚はあるが、アサリやムール貝を白ワインとバターで蒸した時に出てくるやたらと美味い汁を、積分して更に二乗したような味だった。
味の中心は貝の旨みなのだが、様々な種類の貝に加えて魚の出汁も効いていて、味が奥行きが半端ではない。立体的な味とはこういうものを言うのだろう。
そしてそこに繊細なベールを纏うように、味全体をうっすらとサフランの香りが包み込んでいる。更に私が馬鹿舌なのでフェンネルかスターアニスかディルかは分からないが、ああいった類の「薬っぽい類の爽やかな香りの香草」の風味が、注意しないと分からない程度の主張ながらも後味にかすかに残り爽やかさを添えている。
具材もすごい。特にヒメガイがめちゃくちゃ美味しい。
ヒメガイは標準和名ではサラガイと呼ばれる貝で、ホッキ貝を取る際に混じるので太平洋側の北国の漁師街ではよく売られている。
見た目が美しく、それなりに食べ応えがあってクセのない味わいなのだが、決して不味いわけではないとはいえ旨みが少なく更に味にこれといった特徴もない。どうしてもホッキ貝のオマケ的な存在というイメージだった。
しかしこのブイヤベースの、柔らかく煮上がりブイヤベースの旨みを纏ったヒメガイの美味しさたるや素晴らしい。
ブイヤベースにはホッキ貝はもちろんホタテや牡蠣といった主役級の貝も多数入っている。絶妙な火入れゆえに彼らは自身の食感と味わいを十分に主張しており、彼ら自身の味を主、スープの味わいを従として振る舞っている。しかしそれ自体の主張の少ないヒメガイはスープを味の主役とし、大ぶりの身と柔らかな食感で彩りを添えている。
普段あまり気にしない身近な食材の、普通であれば欠点として扱われがちな点が美点になっている。
もちろん魚の方もすごい。クロソイもマダラも愛されている魚であれど派手な魚ではないのだが、1つ1つの食感が全く違う。
特にマダラの頬肉と思わしき部位がびっくりするほどプリプリで、貝を食べたのかと勘違いしたほどだ。確かに弾力のある部位ではあるが、あそこまでの食感はどうやって出したのか謎だ。よほど鮮度がいいのだろうか。
そして八戸ブイヤベースに欠かせない締めなのだが、こちらのお店ではクリームパスタが出てきた。
乳製品系の濃厚さが加わった瞬間、一気に印象が変わる。
そのままのブイヤベースの鮮烈な旨みとクリームの加わったブイヤベースのまろやかな味わい。どちらの方が美味しいというわけでもないが、どちらも海鮮の旨みと香りを贅沢に生かしつつ違った表情で楽しませてくれる。
かなりの量ではあったが、野菜や海鮮といった具材1つ1つの味わいの違い、締めのクリームパスタを加えたときの変化と、ブイヤベース1皿で最後まで飽きることなく食べることができた。
正直心のどこかで「いくら自由度が高いとはいえ所詮はスープ料理」と侮っていたのだが見事に裏切られる結果となった。凄いぞ八戸ブイヤベース。
本当に美味しかった。
この調子で他の店も回って食べ比べ、コンプリートを目指す……と言いたいところなのだがこの八戸ブイヤベース、この手の町おこしグルメの中では若干毛色が違う部分がある。
1番安い店で1800円、ディナーなどのコースの一部として提供している店も多く、そうした場合は5000円を越える場所も珍しくない。
もちろん都心部のレストランなどに比べればかなりお手頃な価格ではあるが、少なくともB級グルメの類では決してない。開催期間である2ヶ月の間に16店舗全て回ろうとした場合、間違いなくエンゲル係数が大変なことになる。
そして何より、ブイヤベースという料理の性質も相まって提供には事前に予約が必要な店も多く、また席数の多くない店も少なくないことから公式サイトの方でも「できるだけ事前にご予約を入れることをおすすめします」とある。自分が電話嫌いなだけかもしれないが、正直ここのハードルもかなり高い気がする。
それだけ各レストランのこだわりが詰まった全体的なレベルの高いイベントであり、どの店に行ってもきっと感動できる味なのだろう。
とはいえこういった公式の「八戸ブイヤベース」だけが八戸のブイヤベースではない。
マルセイユと同様に「八戸ブイヤベース」を名乗らずとも、この町おこしの影響を受けたと思わしきブイヤベースは八戸市内の至る所で見られる。
例えば館鼻岸壁朝市の人気店の中にはブイヤベースを販売している店もあり、種差海岸インフォメーションセンター横にある「海カフェたねさし」でも秋冬期間限定で「種差風ブイヤベース」なるものを提供している。
その他に八食センター内でも売られている「√64八戸バター」というフレーバーバターがあるのだが、このラインナップの中にも「イカ墨バター」と「鯖バター」の他に「ブイヤベースバター」があり、八戸の名物としてのブイヤベースは徐々に浸透していっているように見える。
飽くまで八戸ブイヤベースはブイヤベースの形態の1つ。八戸でブイヤベースを楽しみたいならば、別に八戸ブイヤベース以外の方法もある。ブイヤベースはもっと自由なものなのだ。
……と、ここで思った。
そもそも八戸ブイヤベースのルールは2つ。「八戸産の魚介類を使うこと」と「スープを生かした締めの料理を提供すること」。
この2つのルールさえ守っていれば、家で作ったブイヤベースも八戸ブイヤベースと呼べるのではないだろうか。
「八戸ブイヤベースにこだわる必要は無いと言った直後にそれはないだろう」という自分の発言と思考のブレや、そもそもそういう趣旨のイベントではないということは理解している。しかしどうしても、めちゃくちゃ美味いブイヤベースを食べた後は、もっとブイヤベースが食べたくなってしまう。
気温の低い今の季節ならば何軒か回って海鮮を買い集めることも比較的容易だ。
という訳でまず訪れたのは、North 40-40から車で10分ほどのところにある三沢漁港協同組合直売所。
規模こそは小さいが、三沢名物のホッキ貝がお手頃な値段で売られているのをはじめ、三沢港で水揚げされた海産物のみならず近隣の八戸港で獲れた海産物やこの日は秋田で取れた海産物まで販売していた。他にも刺身などの加工品のほか、三沢市内の農作物や惣菜も売られているのが嬉しい。
続けて訪れたのは、泣く子も黙る八食センター。
ここは魚介類の直売所ではないが、店舗数と取り扱う種類の多さを考えるとまず外せない。
地元の人のみならず観光客もターゲットにしているためお土産や贈答に向いたサイズの魚やある程度まとまった量の販売が多いが、特に比較的早い時間に行けば小ぶりであったりまとまった数が取れない魚であったりを、まとめて安価に販売している場合もある。
最後に訪れたのは八戸市の隣町、階上町にあるはしかみハマの駅 あるでぃ〜ば。
規模は大きくないが取り扱う魚の種類が多く、売れた端から次々と新たな補充されていっている。
単に値段が安いだけではなく、普通は店に並ばないような魚を取り扱っていることも多く見ているだけで飽きない。また、レストランも併設されている。
こうして回った店舗で集めた海産の数々がこれだ。
ブイヤベースに使った魚の内訳としてはウマヅラハギ、ドンコ (チゴダラ)、舌平目、ウミタナゴ、八角 (トクビレ)、マコガレイ、マアジ、マイワシ、マサバ、トゲクリガニ。そして写真には写っていないが近所のスーパーにあったお勤め品のブラックタイガーを入れた。
ウマヅラハギと舌平目とブラックタイガーは八戸港に水揚げされたものではないが、4種類ルールは楽々クリアだ。
なお写真には写っているニシンとコノシロは、サイズが大きくスープに入れるには少し個性が強そうなのでブイヤベースに入れず、別途焼いて食べたがもちろん美味しかった。
まず魚のエラと内臓を取り除き、小ぶりなものはそのまま、大きなものは適宜卸しておく。
ウマヅラハギとドンコと八角については、肝も美味しいのでとっておく。
大ぶりな魚のアラと小ぶりな魚、これらはスープの出汁になってもらう。
まずは玉ねぎとトマトとニンニク、そして (たまたま家にあった)セロリの葉とパセリ、そして魚の肝を鍋の中で炒める。これがブイヤベースのベース (ダジャレではない)になるらしい。
野菜に火が通ったら、ここに先ほどのアラや小魚、そしてこれまた家に偶然あったローリエとサンフルーツという甘夏に似た果物の皮、そしてブラックタイガーの殻を出汁用の袋に詰めたもの、そしてこれまた近所のスーパーでお勤め品になっていたサフランを鍋に入れる。
そこに白ワインと水をヒタヒタになるくらい加えて、強火で煮る。
因みに分量は測っていない。全て勘である。
どうせ真面目に測ったところでレストランの味にはならない。それくらいなら「元々は素朴な浜の料理」という情報を免罪符に雑なくらいが良い気がする。あと車を長時間運転した後に帰宅するなりそのまま魚を捌いていて、流石に疲れていたという理由もある。
10分ほど煮たタイミングで、半分に割ったトゲクリガニと殻をとったブラックタイガー入れた。なんとなくこの辺はあまり加熱しすぎない方がいい気がしたからだ。すべて直感でやっているのでなんとなく以上の理由がない。
煮ている最中、今更になってYouTubeを見ていると、料理系YouTuberのジョージがブイヤベースを作る際にペルノーという酒を入れていた。家にあったペルノーは先日飲み切ってしまっていたので、香りが似ていてこれまた偶然家にあったラッザローニというアブサンを入れた。
こっちの方が香りが強い気がするので、ちょっとずつ入れようと20ml程度入れた時点で十分な感じだったのでちょっと焦った。ふざけてサリューとか言ってる場合ではなかった。でもこういうのがライブ感なのだろう、多分。
甲殻類も入れて更に10分ほど煮込んだタイミングで、出汁用のパックを取り出してギッチギチに絞る。そしてでた汁を鍋に戻す。
ギッチギチにやりすぎて途中で袋が裂けたが、骨だけ出して身の部分はそのまま鍋に戻す。
これで魚介のスープが完成したはずだ、多分。
ここで少し塩を加え、味見をした。
思わず笑ってしまった。
美味いけれど、なぜか蟹味噌の味しかしない。
確かによく味わえば他の魚介や野菜が下支えしているのは分かるのだが、いくらなんでもというレベルに蟹味噌の主張が強すぎる。
主役を通り越して他のメンツが脇役どころか照明とか道具係とかになってしまっている。
あれだけの種類と量の魚を入れ、さらにハーブやら野菜やらを入れ、対してカニは小さなトゲクリガニを3匹入れただけなのに、ブイヤベースという概念を、完全に「美味いカニのスープ」に塗りつぶしている。
香りにおいてはカニの主張は少ない。なんなら玉ねぎやらセロリやらサフランやらアブサンやらの方が分かりやすい。なのに口に入れるとカニが大暴れしている。蟹があまりに強すぎて洋風なのか和風なのかもわからない。マジでなんなんだこれ。
改めて考えれば「ぱっと見で安くて美味しそうな魚」だけを選んだ結果、出汁がよく出るソイやメバルのような根魚や貝が不足していた気がする。そんな中でわざわざ「味噌汁に入れると美味しいよ」と言われたトゲクリガニを入れればこうなって当然かもしれない。
とはいえ味は美味しい。もうこのまま突っ走ろう。
骨を除いて1口大にカットした魚の身をバターとサラダ油でソテーして、スープに入れたら完成だ。
そして八戸の汁物の締めといえばやはりせんべい汁、というわけでクラッカー感覚で南部せんべいを投入。
バターのせいか加熱時間のせいかわからないが、何故かここにきて急に蟹味噌が丸くなって、突然一体感が生まれた。
理由は分からないが暴れ回っていたカニが落ち着きを取り戻し、周囲の食材たちと手を取り始めた。あと謎の甘みが突然現れた。意味がわからない。
どうしてここに着地できたのか全くわからないが、とりあえずはなんやかんやで香味野菜やハーブの香りに支えられ様々な海鮮の旨味が効いた美味しいブイヤベースが完成した。
本来なら「この味が家で食べられるなんて!」と感動すべきところなのだろう。
しかし味の方向性は違えど先にレストランでもっと美味しいブイヤベースを食べてしまっていること、そして何より途中経過があまりにも迷走したせいで喜びよりも困惑が強い。
なんなんだ一体。ブイヤベース、あまりにも読めなさすぎる。
ただ確実に言えるのは、正直このブイヤベースと南部せんべいの相性が微妙なことだ。
ブイヤベースの香りが強すぎて南部せんべいの小麦の香りと香ばしい香りが完全に塗りつぶされていること、そして汁物に入った南部せんべい特有のモチトロッとした食感とこのスープがなんとなく合わない気がする。
上手いこと作れば南部せんべいに合うブイヤベースも作れるのかもしれないが、これを作る時点で迷走に迷走を重ねた自分には作れる自信がない。
ただこのスープ、米には合いそうだ。
見栄えするからと入れたが結局邪魔だった蟹を取り除いてスープに米を投入し、追加のスープを注ぐ。
ついでに粉チーズをたっぷりかけてみる。
これだ!!!!
米がスープをこれでもかというくらいに吸い、チーズの香りはブイヤベースに負けずしっかりを味変できている。
同居している家族からの評判も上々だった。
素人が雑に作ってすらこんなに美味いブイヤベースができてしまう、八戸の新鮮な海産物の力を改めて知ることができた。
とはいえ、当然ながら所詮は素人料理。
同じ味をもう一度作れと言われたら間違いなく無理だ。なんなら、次も美味しく作れるかと言われるとまた何かやらかしてしまう気さえしてしまう。
その日の食材に合わせて、毎回見事なブイヤベースを作れるプロの料理人の凄さを改めて思い知らされた。
八戸ブイヤベースフェスタ2024は3月31日まで開催中だ。
また、期間外も八戸ブイヤベース公式の缶詰のブイヤベースが八戸市内の土産店などで売られている。
八戸を訪れる際は、これをお目当てにしてもきっと楽しめるだろう。
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