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ノシメトンボ

種名との出会い

 皆さんはノシメトンボってご存知ですか?
 少し大きめのトンボで、羽の先が茶色くなっているのが特徴的なトンボです。
 私は東北の宮城県で生まれ育ちました。幼少期の少しの間、宮城県加美郡中新田町というところに住んでいて、そこにノシメトンボが沢山いたんです。
 当時保育園に通い始めたばかりの私にとって、それはただの「トンボ」でしかなかったのですが、ある日何の気まぐれか、母が「何ていう名前のトンボか調べてみようか」と言ったのです。
 図鑑で調べた結果、我々が下した判定は「ノシメトンボ」という種類のトンボでした。(今となっては、本当にそれがノシメトンボだったのかどうかすら怪しいです)
 それまでただの「トンボ」だった生き物が、その日から私の中では「ノシメトンボ」という名前を持った特別な生き物になりました。世の中に生きている動物や虫に固有の名前がついているということを初めて意識した瞬間だったと思います。
 「このトンボはノシメトンボっていうんだよ」と保育園の友達に教えてあげたことがあるのですが、その友達は(顔も名前も覚えていません)「オシメトンボ?オシメ~?!ギャハハハ」と笑いました。当時の私は”何と知性のない愚かな子供だろう”と思い、ひどく落胆したのを鮮明に覚えています。
 とにかく、それ以降私は色々な生き物の種名を調べて、その種名で呼ぶことが好きになりました。ちょっとアカデミックな気分になれるのが楽しいんですよね。それは40年が経過した今でも変わりません。三つ子の魂なんとやら、というやつでしょうか。
 今では子供に動物や虫の名前を教える際、できるだけ正確な種名で教えてあげようとする面倒くさい父親です。「あれはシロサイだね」「これはエンマコウロギだよ」みたいな。面倒くさいですねw

熨斗目?

 ちなみに「ノシメトンボ」は漢字では「熨斗目蜻蛉」と書きます。
 体(腹部)に熨斗のような模様があることから「熨斗目蜻蛉」なんだそうです。
 もちろん子供の頃の私は「熨斗」というものすら知らなかったので「ノシメトンボ」は呪文のように丸暗記することしかできませんでした。
 でも大人になって色々調べてみると、種名ってちゃんと傾向や法則があるんですよね。「〇〇メ(目)」や「〇〇モン(文)」は体の模様を表しているとか、「○○ハシ」は特徴的なクチバシのことだったり、「オオ○○」や「コ○○」といった(同族との相対的な)大きさを表す言葉が入っていたり。
 この傾向・法則を掴んでからは、種名を覚えるのが俄然楽になりました。世の中の子供たちには、早くことの傾向・法則を掴んで種名を覚える楽しさを実感してほしいです。
 大きなお世話ですけど。
 ところでこの「ノシメトンボ」、私は冒頭に「羽の先が茶色くなっているのが特徴的なトンボです」と書いたんですけど、そっちが種名にならなかったのは何故なんでしょうね。「ノシメトンボ」はマイ・フェイバリットなトンボではありますけど、いまだに体の模様を「熨斗目」と認識することができません。

自分は世界のど真ん中に生きてるんじゃない

 ノシメトンボから教えてもらったことは「種名という概念」以外にもあります。
 それは「自分は世界のど真ん中に生きているんじゃない」ということです。
 絵本や図鑑にはオニヤンマ、ギンヤンマ、シオカラトンボ、アキアカネといった”スター”が沢山登場しますが、ノシメトンボは絵本にはなかなか出てきません。ノシメトンボが載っていない図鑑だってあります。
 子供心に、自分の周りに沢山いるトンボがこれらの”スター”じゃないということは、少なからずカルチャーショックでした。
 少し話は逸れますが、宮城県では4月上旬に桜は咲きません。通常であれば桜の開花は4月下旬から5月上旬といったところでしょうか。小学校1年生の国語の教科書で、”入学式で桜が満開”といった話を音読した時、自分たちの学校の周りでは桜は咲いていませんでした。
 またテレビのバラエティ番組で当時流行っているCMの話題などが出ても、地元ではそのCMが流れていないからよく分からない、といったこともよくありました。
 こういった”世界の真ん中とのズレ”を子供の頃から少しずつ実感して、私は”田舎コンプレックス”みたいなものであったり”皆に伝わる共感性の重要さ”みたいなものを強く意識しながら生きてきました。
 特に後者は、今の私の仕事のスタンスにも大いに好影響を及ぼしてくれていると考えています。
 ともあれこの”世界の真ん中とのズレ”をはじめて実感したのは「ノシメトンボ」くんのスター性の無さだったのかもしれません。そういった意味では、私の生き方・考え方のひとつの源流を作ってくれたものが、ノシメトンボであり、あの日の母の気まぐれだったのだと思います。

 今は離れて暮らしているのであまり会わなくなってしまったけれど、今度母に会ったらノシメトンボの話をしてみようと思いました。
 きっと本人は「ノシメトンボ?なにそれ?」って言うと思いますけど。


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