【短編小説】ハンバーガーに一枚の彩りを

「はぁ〜……疲れたぁ……」

今日も残業を終え、安いアパートの2階のある一室である我が家を目指し階段を登る。

最近は自分が関わっている仕事が繁忙期に入り、家はほぼ、寝るだけの施設と化していた。

疲れがのしかかった重い身体を引きずり、なんとか2階の我が家の玄関が見えてきた。しかし今日はドアの前に大きな段ボールが。

「なんだろう?ウチにお届けもの?」

通販などを頼んだ覚えもないので、恐る恐る差出人を確認する。

「あ、お母さんからだ……」 

不審な荷物じゃなくてとりあえず安心した私は、段ボールを持ち上げ、家の中へと入った。

「ぐ……重い……」

段ボールは中々の重さで仕事で疲れている今の身体にはまぁまぁの負担だ。

「もう……こんな重い荷物送ってきて」

私は母を恨んだ。とりあえず段ボールを下に置き、着替えているとけたたましくスマホが鳴った。
仕事の電話だ。

「はい、お疲れ様です〜」

オフだったスイッチを無理矢理オンに押し上げ、電話の対応をする。

数分後。電話を終えた私は溶けていた。

「あー、もー、むりー」

床に伸びていると、視界にコンビニの袋が入った。

「あ、そうだ。ご飯食べなきゃ……」

モゾモゾと起き上がり、コンビニの袋を漁る。

中に入っていたのは菓子パンのハンバーガーだ。

パンでお肉を挟んでいるだけのシンプルなモノ。

これを選んだ理由はたまたま値引きシールが貼ってあったからだ。

最近はこんな調子で毎日コンビニ飯が続いていた。

ここで私は、さっきの母からの荷物の存在を思い出した。

「なんか美味しいモノとか入ってないかな」

連日のコンビニ食に飽き飽きしていた私は淡い期待を抱きながら段ボールを空けた。

「げぇ!」

そこに入っていたのは野菜、野菜、野菜の山だった。

一つ一つ手に取りながら中身を確認する。

大根、白菜、キャベツ、トマト、ナス、レタス……

どうりで重い訳だと、納得しながらもレタスを手にした時にある記憶が蘇ってきた。

それは幼少期に、コンビニかスーパーで買った菓子パンのハンバーガーを食べようとした時だった。

私がハンバーガーを食べようとしたら「ちょっと待って!」と母が突然止めてきた。

私はちょっと不機嫌になりながら待っていると、母はそのハンバーガーの間にひょい、とレタスを挟んだのだ。

「えー!野菜なんかいらないよ〜!」

反論する私だったが、「野菜もちゃんと食べなきゃダメよ!」の一点張りだった母。

それから20年くらい経って、同じようなハンバーガーを食べようとした時に現れたレタスからはあの時と同じように「野菜もちゃんと食べなきゃダメよ!」という母の声が聞こえて来そうだった。

思えば今日は、昼食はおにぎりだったし一度も野菜を摂取していなかった。
最近は自炊も殆どしなくなったし、特に野菜は高いのであまり野菜が好きではない私は一人暮らしを初めてからどんどん野菜から遠のいてしまっていた気がする。

「お母さんは、何でもお見通しなんだなぁ」

野菜自体は嫌いだけど、野菜を通して私はお母さんの優しさを感じる事ができた。

「よしっ」

思い立った私は手にとったレタスを洗い、一枚スライスした。

そしてそれを買ってきたハンバーガーに、挟む。

「いただきます」

一枚の彩りを加えたハンバーガーに、私は勢いよく喰らいついた。

食べ慣れたはずのハンバーガーにレタスを入れただけでいつもとは違う食感が口の中に広がる。

いつものパンとお肉からは出ない。新鮮なレタスのパリッとした食感。

大きなレタスの葉のおかげでボリュームも増して、安売りの菓子パンハンバーガーとは思えない満足感が私を包んだ。

「野菜も、悪くないかも?」

どうやら、このレタスはハンバーガーだけでなく、荒みきった私の食意識にも瑞々しさを与えてくれたようだ。

ハンバーガーを食べながら、私は思った。

「明日からは、ちょっと自炊してみようかな?」

さぁ、明日はどの野菜を使おうか。

そう考えた途端、
最近仕事づくめで何も楽しみがなかった私に、彩りが芽生えた……気がした。

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