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雑記 #4 種田山頭火の中でもっとも好きな17句

はじめに

私は、著名な自由律俳人の種田山頭火が好きである。旅をする中で詠まれた句には風情があり、自己への否定と肯定が入り混じったなんともいえない感じに引き込まれる。ここでは、山頭火の句集を読んでより好きだと感じた17句について、感想や考察などを書いてみることにする。
※あくまで私個人の感想であり、山頭火本人の意図とは別の解釈になっている可能性があることに注意されたい


私が選んだ17句

生き残つた体掻いている

これはまず否定的だ。掻いている体に対して「生き残った」と表現している。死にぞこなってしまったというか、生きていることへの申し訳なさのようなものが感じ取れる。しかし、生きていれば体がかゆくなることがあり、当然のごとく掻くわけである。「死にぞこないの私ではあるが、まあぼちぼち生きていこうか」というような、否定的でありながらその中にちょっとの前向きさがあり、私たちを元気にさせてくれる良さがこの句にはある。


どうしようもないわたしが歩いてゐる

これは先ほどの句と似ている。「わたし」はどうしようもない。しかし、それでも歩くのだ。こう書くと、生き残った体を掻いているよりも肯定的で前向きだろうか。というのも「歩く」という言葉には「右足と左足を交互に前に出して進んでいく」以外の意味が包含されている気がするからである。何なら「死に近づく」ことすべてが「歩く」ということなのではないか。仕事をしたりごはんを食べることも人生を歩んでいるということであり、いってみれば「歩く」ということなのだと思う。そう捉えると「わたしはどうしようもない人間だけれども、一歩一歩人生の歩を進めていくのだ」という強い意志すら感じられる。


すべつてころんで山がひつそり

これはリズムが良く、読んでいて非常に楽しくなる句だ。いや、本人は全然楽しくないだろうけれど。
山の中で何かにすべって、そして転んでしまう。そこには自分以外誰もおらず、木々が生い茂っているのみである。転んでしまったことを誰に知られることもなく、かといって気恥ずかしさのようなものを誰に共有できるわけでもなく...といった、良かったのか悪かったのかなんともいえないこの感じがたまらなくすばらしい。
また、この句を分解すると4・4・7のリズムとなる。定型句の5・7・5よりも少し忙しく、かといって安定感は失われていないこの律の句を私も作ってみたいものだ。


まつたく雲がない笠をぬぎ

この句は情景が頭の中に浮かぶ。笠をかぶっていると上部の視界が遮られるから、空のことはなかなか気づかない。しかし、ふと見上げると雲ひとつないすばらしい空が広がっている。それならば、笠なんぞ脱いでしまってこの空を見上げながら歩こうじゃないかというような感じだろうか。
今までの句と違って否定的な感じは一切なく、その分重みのようなものはないのだが、一度読むだけで雲ひとつない空が頭の中にふわっと広がる良い句である。


寒い雲がいそぐ

これは非常に短い句だが、しっかりと情景が浮かんでくる。あまり天気がよくない冬の空に浮かんでいる雲は、すぐ流れ去っていってしまう。これを「いそぐ」と表現したのはすごいなあという感じである。
また、詠み手のことは一切書いていないが、おそらく急いでいないのだろう。寒空に浮かぶ雲は雲で急ぐけれども、私は私で一歩一歩行くよという思いがあったかもしれない。


ながい毛がしらが

これこそ短く、8音しかない。でもわかるし、もの悲しさみたいなものがしっかり伝わってくる。
ふっと抜けた毛を見るとそれは白くて、しかもこんなに長かった。これほど伸びるまで気づかなかったのかというなんともいえない思いと、気づいてくれる人がいなかったという孤独感のようなものもあるだろうか(私は友人の頭に生えている白髪に気づいて抜くことがあるのでこんなことを考えたのかもしれない)。
今、私の頭にも長い白髪が生えているかもしれないと思いつつ。


かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た

鳴かない虫はわりといるが「かさりこそり」音をたてる虫といえば限られてくる。蜘蛛か、あるいはゴキブリだろうか。
何やら虫が近づいてきたぞ。どんな虫だろうかと思って見てみたら、なんだ鳴かないやつじゃないか。といった感じだろうか。あるいは、鳴きもしないし一見役に立たない虫と自分を重ねているかもしれない。
憶測の域を出ないところはあるが、不意に鳴かぬ虫が近づいてきたらやさしく逃がしてやれる心の余裕を持ち続けていたいと思う。


いそいでもどるかなかなかなかな

「かなかなかなかな」はヒグラシの鳴き声だ。そして、ヒグラシは日の入りあたりの時間帯に鳴くことが多い。つまり、出先から帰る際に少し遅くなってしまい「早く帰らないと」という思いを持って足早に歩いているということだろう。
情景はそれまでといえばそれまでだが、この句は何よりリズムがよろしい。句の半分が虫の鳴き声で構成されているというのもとても新鮮だ。


蜘蛛は網張る私は私を肯定する

なんだか妙に説明的な句だが、それでいて味わい深さを感じる。
蜘蛛は生きるためにせっせと巣の網を張っていて、「私」も生きるためにせっせと「私」を肯定しているのだ。「網張る」と「肯定する」を対にして書いているというところにそれが表れている。また、わざわざ「肯定する」と詠むということは自己肯定感が低いことを意味しているだろう。山頭火ほどの俳人でもそうなのか...という気もするが、山頭火ほど繊細で表現力のある人こそそうなのかもしれない。


昼寝さめてどちらを見ても山

これはある。昼寝からさめてすぐ寝ぼけているとまず「ここはどこ?」という状態になる。少し経ってそこに見慣れた天井があることがわかり、我に返る。この句も同じではないだろうか。野原で昼寝をしていて、目がさめたら山。寝ぼけて驚いて別の方向を見ると、また山。そのうち落ち着いて「ああそうだ、野原で昼寝をしたんだった」と気づいてちょっと恥ずかしくなる。そんなちょっとした共感を風情とともに届けてくれる句だ。


さて、どちらへ行かう風がふく

これは渋い。旅とか散歩のときにぴったりである。分かれ道があって、どちらに行こうと考える。そのとき、風が吹いてくる。風の吹いた方向に行くもよし、風に従わずに適当に行くもよし。そんな自由気ままさが伝わってくる良い句だ。
私も散歩のときにこの句を思い浮かべて、自由気ままに歩いていきたいと思う。


なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく

これは共感だ。同じことを何度も何度も考えて、並行してやっていることに身に入らずただの作業になってしまう。それでも、何度も考えてしまうのだ。何度考えても結論は出なくて、仮に結論は出たとしても同じことであるのに。
落ち葉を踏み歩くというところもまた乙である。秋が深まる中、考えごとをしながら何度も何度も色づいた落ち葉を踏み歩いている。傍から見た情景だけでも美しい。


風の中おのれを責めつつ歩く

しみる。おのれを責めるような状況にさせる風は、そよ風とか春風などのやさしい風ではなく、晩秋か冬に吹くような固く強い風だろう。そんな強風の中、あのときなんであんなことをしてしまったのだろうとか、これからどうすべきなのだろうとか、自分のだめなところとかを考える。そして、風がその思考を加速させていく。しかし、考えつつも歩いてはいる。おのれを責めてはいるが、前進しようとしているさまは勇気をくれる。


飛んでいつぴき赤蛙

リズムと語感に特化した句だ。「飛んで火に入る夏の虫」と同じ感じに読めるため、そりゃあ良いリズムだよなという感じではある。赤蛙がぴょんと飛んでいく情景もすっと想像でき、奥深さのようなものはないが風情やすがすがしさが感じ取れる良い句である。


飯のうまさが青い青い空

すばらしい。良いお天気の空の下で食べるごはんは最高にうまい。それを言っているだけの句だが、ほんにすばらしい。これほどすばらしいと感じる理由はよくわからないが、考えられることとしては「青い青い」という繰り返しだろうか。この繰り返しが心地よいリズムを生み出している


さくらまんかいにして刑務所

究極の対比だ。満開の桃色の桜と、暗い灰色をした刑務所の壁。当然この世界には両方存在するわけで、刑務所の外に満開の桜が咲いていたとしてもまったくおかしくないのである。しかし、これほどまで極端な対比があるだろうか。
また、この句を刑務所の外から見るか中から見るかでだいぶ変わってくるだろう。外からであれば先述した読み取り方になるが、中から見ると次のようになる。「罪を犯してしまって今は刑務所の中にいるが、しっかりつぐなっていつか外にある満開の桜を見たい」という人の句だ。どちらにせよ、この対比はすばらしい。


もりもりもりあがる雲へ歩む

これもリズムが最高である。夏の空だろうか。入道雲が天高く盛り上がっていく光景はよく目にするだろう。そんなよくあることを非凡な句として昇華させているのは、「もりもりもりあがる」という擬態語と「雲へ歩む」という表現だろう。この擬態語は言うまでもなくすばらしい。しかし「雲へ歩む」はなかなか思いつかない。さすがに「雲」は目的地ではないはずで、あてもない旅なのかもしれないが、そんな表現ができる山頭火はすてきである。


おわりに

お気に入りの山頭火の句を挙げてみた。文章ばかりになってしまって恐縮だが、山頭火の句の良さをうまく表現できたなら喜ばしいことだ。また、取り上げる数を減らそうかとも考えたが、どれも良い句だったため削りきれなかった。次は尾崎放哉について書こうと思っているが、短くまとめられるだろうか...。

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