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暇すぎて短歌を詠みまくっていた話①

室温31℃。あっちぃし、蒸すし、何これ?
ざけんなよ!とやけくそ気味に扇風機つけたらプロペラが物凄い勢いで回転し始めて、そのまま宙に浮いて、あっという間に窓から飛び立っていってしまった。
あぁ、私という女は扇風機のプロペラがなきゃ何もできないっていうのに、人気者のプロペラくんからしたら「グッバイ君の運命の人は僕じゃない」っていうことなのだろうか?

実際のところは、扇風機の羽がちゃんと固定できてなくて外れちゃっただけなのだけど、右脳だけで生きてきたせいだろうか?自分に降りかかってきた悲しい出来事をなんでも過剰なエピソードとして話してしまう。こんな風に悲しいことを冗談にしているのは、冗談にしないとすごく気にしてしまうからだ。本当は私はいま、扇風機ひとつさえ満足に使えなかった事実を気にしていて、もし、冗談にしなかったらもっと気にしていたと思う。だから、いつでも誰かに笑っていてほしい。


先日、大学のゼミがあり、Zoomを使ってお互いの近況報告をしあった。私は、Zoomのバーチャル背景をジャミロクワイの「Virtual Insanity」のPVに出てくる白い部屋に設定したが、「背景なんかお洒落だね」と言われただけで、最後まで誰にも「ジャミロクワイじゃん(笑)」つっこまれることはなかった。世代的に皆が知ってるか知ってないかギリギリのところを攻めてボケると、こういうことが起きてしまうことが多い。

私はそのゼミの近況報告の中で、最近は短歌を詠むことを趣味としていて「5・7・5・7・7」のリズムばかり刻んでいることを話した。幸い、ゼミの専門が文学領域であることもあり、友達と教授から短歌趣味なのすごくいいね〜的なことばかり言われて嬉しくなってしまった。

最近のシティボーイはスパイスカレーを作るか短歌を作るかみたいな節があるが、その理由がわかった気がした。明らかに、短歌を趣味にしていることへの一定の層の女子受けが良いのだ。「ちゃんと出かける時にハンカチを持ち歩いている」とか「Aēsopの香水をつけてる」のような清潔感が「短歌を詠んでいる」の中に潜んでいる気がする。31音という文章の短さはSNSにも相性がいいし、ファッション性のかたまりであるシティボーイと短歌が仲良くなったのも頷ける。

私が短歌を始めたのも、まぁ、モテたいからなんすよ。

と言えるような人生ならどれだけよかったか。本当は、自粛期間中、特に4月からの2か月間がとてつもなく暇だったから始めたにすぎない。人生において「モテたい」という理由で何か行動を起こしたことがない。だから「モテたい(=愛されたい)」という原動力で物事を始められる人の強さに、いつも憧れている。

就活はわりと早めに落ち着いたし、大学はほとんど単位をとりきっていたし、緊急事態宣言が発令されてからアルバイト先の塾は4月・5月と2か月の間まるっきり休業していたから、もうそれはそれは、べらぼうに暇だった。私は、日がなメルカリで本や服やCDを売って小銭を稼ぎながら、(車でしか行けない郊外にあるIKEA)のように膨大で、(生まれたばっかりのピンク色の皮膚の赤ちゃんパンダ)のように脆弱な、世間でいうところのモラトリアムなるものを持て余していた。学生という肩書がなければ、ニートと形容されるような緩やかで空白の多い生活だった。

私は4月下旬になると、NetflixとAmazonプライム・ビデオを往復して映画を見るのに飽きて、家じゅうにある本を読みまくっていた。そうして、そんな何もなさすぎる生活を送るなかで、ある2冊の本が私に「短歌」を趣味にするのっていいんじゃね?と思わせてくれた。

1冊目は、穂村弘『短歌の友人』である。穂村弘は、それでこそ短歌シティボーイの頂点に立っている歌人というべきような人であるが、この本は短歌集ではなく、様々な歌人の短歌を集めたうえで、短歌における表現についてテーマごとに分析された歌論集である。「第3章〈リアル〉の構造」と「第4章リアリティの変容」なんかは特に面白い。
(下のAmazonリンクから数ページほど試し読みが出来るので興味がある人は見てみるといいかもしれません)

基本的に私はナラトロジー(=物語論)という物語や語りの技術と構造について研究する学問分野にえぐいほど興味があり、大学の授業でデイヴィッドロッジの著作である『小説の技巧』という文学理論の本を用いながら「異化」という文学技法についてレポートを書いたこともある。急に賢さを見せつけたい人みたいになってしまったが、あくまで私の興味にこの歌論集が引っ掛かったことを記録したかっただけだ。31音という制限の中で様々な人が「表現大喜利」をしてるなという感じがたまらなく良い。どんな技法でどんな効果が生まれるのかという点については文学よりも音楽のアプローチに近いものが多く、この本を読んでやはり短歌っていうのは「歌」であるんだなと思わされた。

そして2冊目の本も、ある種「短歌の友人」といえる歌集だった。タイトルは伏せるが、著者の歌人は私の母親の親しい友人だった。本の隙間に「献本」と書いてある栞が挟まれていた。私は、著者であるその人が普段は国語の教師として働いていたり、私の母親のびっくりするほど底抜けに明るい性格を好いてくれていると知っていた。最近は、2人仲良くDA PUMPにハマっているらしく、ライブに行こうと計画していることも知っていた。とにかくその人は、私と地続きの「生活」の延長戦上にいるという確かな存在感のあるひとで、そんな人が短歌で表現していることが良いと思った。なぜなら、生活の延長線上にある表現が大好きだからだ。

とにかくこの2冊の本をもってして、それまで0か0.01くらいだった私の短歌への興味が100まで引きあがり、自分もいっちょやてみますか!(ここでダブルピース)という短歌を趣味とする決意のようなものが生まれたのだ。

つーか短歌の記録のために書こうとしたのにどうして短歌を始めたかだけでこんなに長くなってしまって…後で自分で読み返すのも大変なので、どんな短歌を詠んだかは次の投稿に記録するとします。

(この記事を書いていてふと気が付いたのだけれど、穂村弘も母親の友人も1962年生まれで、まあつまり母親もそうなのだけれど、1962年ってやっぱめちゃ大学生くらいの時期にバブル真っただ中だった黄金世代のはずで、就職とかすぐ決まるだろうし、やはり大学生のときに時間を持て余して短歌を作り始めたりしたんだろうか?もしそうなら、私と一緒ってことで……激アツだ。)

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