つけものの朝「つけものの朝 朝がきらいな2児の母エミさんと、もじゃもじゃ幽霊の話。」
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つけものの朝「つけものの朝 朝がきらいな2児の母エミさんと、もじゃもじゃ幽霊の話。」

カネザキユウタ@ものがたり作家

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この物語は「〜ここからはじまる笑顔の輪〜チロ公」を応援しています。

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私がまだとても若くて、2児の母だったころのお話です。

今となっては遠い昔ですが、庭にいるたくさんのシロツメクサをながめていると、当時の涼しげな朝陽や風、桜や菜の花の鮮やかさ、6畳間のなつかしい匂い、子供たちのけらけらした笑い声、そして当時のきもちがありありとよみがえってきます。

一つ一つの思い出が、そのまっしろなお花のひとふさひとふさに、包みこまれているような気がします。今では楽しい思い出でいっぱいなのですが、あの時のお母さんにとって、大きな悩みごとがあったのです。今日はそんな、小さなひとふさの大きなできごとを、ゆっくりと見つめてみたいと思います。

つけものの朝 挿絵集


太陽ってやつはぶっきらぼう

携帯のアラームが鳴り響き、一日の始まりを告げました。暗い部屋にはカーテンの隙間から、黄色くてまぶしいひざしが飛び出しています。

夢うつつの私は、アラームを無造作に止めて、画面をうっすらとながめました。気づけば朝の6時で、もう起きなければいけません。そのうち、スズメやカラス、猫の陽気なあいさつも聞こえてきました。

だけど私のからだは、なぜだか重くて動きません。起き上がろうとする度、壊れたロボットのように、両手がすべってしまうのでした。その時の私は、地球の何倍も重いのです。起きるのをあきらめた私は、布団のすきまから覗くように、携帯でSNSをいじりました。

つけものの朝 挿絵集2

そこには、同年代の人たちのまぶしい活躍が写っていました。みんな、私と違って楽しそうです。そう思っていたら、お腹の奥のもじゃもじゃが、さらに大きくなったような気がして、私は思わず逃げ出し、布団の中に丸まってしまいました。

24歳で2児のシングルマザーとなった私には、不安や焦り、さみしさにたえ切れなかったのです。

私は、朝なんて来なくてもいいやと、毎朝のように願いました。しかし、そんな事おかまいなしに、太陽はせっせと働きます。私はなんてちっぽけで、太陽はなんてぶっきらぼうだと、思わず布団に丸まり、陰口をもらしてしまいました。

私は、朝がニガテでした。

4つ葉のくよーば

「いくちゃん!泣きべそかかんの。出ベソになるよ」

「ほーらあっくんも!」

私はもじゃもじゃを無理やり押し込み、こども部屋へ歩きました。カーテンを開いて部屋を明るくし、こどもたちを布団たたきでつついて布団をめくるのが、我が家のルールです。

私はこどもの頃、お母さんに毎朝のようにつつかれムッとしていました。そして母になった私といったら、当たり前のようにつつく毎日。

春から幼稚園年長になったいくちゃんの朝は、泣きマネから始まります。泣きベソをかくと出ベソになるというのも、母からの言い伝え。なので私は今でも、泣かないように気を付けています。小学2年生になるあっくんは、いつもおもちゃやゲームを散らかしっぱなしです。今朝は、大の字でベソを出しぐぅぐぅ寝ていたのでした。

ベランダで育てているシロツメクサは、くたびれ気味でした。親分である4つ葉のクローバーの名前は「くよーば」。いくちゃんがまだ小さいころ、何度もそう呼んでるうちに、いつしか名前は「くよーば」となりました。

そして、昔描いていた絵日記「くよーば」の由来でもあります。それぞれの葉っぱに、家族一人ひとりの名前がつけられていました。

つけものの朝 挿絵集3

親分にあいさつをすると、照れてしまうのか、風に揺れてそっぽを向いてしまいます。雨の日はちょっぴり泣いています。親分はちょっとツンデレですが、いつも私たちを見守ってくれていました。


好き嫌いせんの

私は寝ぼけた顔を洗い歯を磨くと、子供たちはようやくトイレに行ったり、TVをつけ出します。私はたまご焼き作りが苦手で、お弁当を作るときは、いくちゃんがいつも応援してくれます。今朝のたまご焼きは「ひっつきむし」と、辛口の感想をいただきました。

「なーエミ、食パンあきだ」

「好き嫌いせんの。早くたべな?」

「うっちゃんならメンチカツ買ってきてくれるし・・・」

小さな丸テーブルを囲み、子供は朝ごはんを食べ、私は化粧をしてた時です。あっくんは毎日の食パンにあきて、口をとがらせていました。

大いそがしの私は空返事で注意し、TVに映ったおいしそうなデザートを見て、手が止まってしまいました。いくちゃんはパンを食べながら、出ベソになっていないか、目をまん丸くして、お腹を見つめていました。

好ききらいしてはいけない。キライなものも我慢して食べなければいけない。そんな考えだった私は、気付かぬうちに、子供もそうあるべきだと思っていたのだと思います。

コツンコツンッ・・

つけものの朝 挿絵集4

ふてくされたあっくんは、テーブルの下から私を足でこづきました。その瞬間私は、キラキラしたデザートの世界から、無事帰ってきたのでした。

うっちゃんはいつ帰る?

どれだけ忙しくても、太陽は待ってくれません。ゲームばっかりのあっくんに学校の準備をさせたり、忘れ物が無いか何度も確認します。しばらく放置していた燃えるゴミも、まとめて出さなくてはいけません。
いくちゃんはいつも直前にトイレへ行き、私は換気扇やガスの元栓を何度も確認します。朝という時間は、仕事中の何倍も短いなぁと、毎日のように思いました。

「うっちゃんはね。いまシュギョー中なの」

「しゅぎょー?」

「そう!立派な人になるために、遠くで頑張っているの。だから二人ともお利巧さんでいないとね!」

この家から、うっちゃんがいなくなって3か月が経ちました。あっくんは、うっちゃんの事をいつも、寂しそうにつぶやきます。そんな時、私はたくさんの思いに飲まれないように、いつか帰ってくるよ、大丈夫だよとニコニコはげましていました。大好きなものを思い浮かべながら。

「・・いつ帰んの」

私が玄関のドアノブを握った時、あっくんは言いました。今まで、何気なく開けていたドアが、ずしりと重くなったように感じました。あっくんのかすれた一言に拍子抜けして、笑顔のうらに隠れていた、色々な思いが、ポタポタとこぼれそうになりました。


「・・・・まだひみつぅ~~!」

私はへんてこ声で、あっくんにくすぐり攻撃をしました。あっくんはやめてと言いながらクスクスと、段々大きなわらい声になりました。そのうち私もおかしくなって、いくちゃんもわらい出しました。

子供たちのきらきらしたわらい声を聞いていると、私はお腹の奥のもじゃもじゃが、少しずつほどけていくような気がしました。いつも、こうして笑いあえたらいいなと思いました。

クレヨンのような春の景色

春の景色は、まるで命の舞踏会です。たっぷりねむった草花たちは、黄色い光をあびて、無邪気なこどものようにはしゃいでいたと思います。クレヨンのようなピンクや青、赤、白、黄色があちこちで彩られ、世界がこおどりする季節。

しかし、今朝の私はすこし、しょんぼりとしていました。何事も無かったようにまわってくれる毎日に、感謝する半面、自分だけが取り残されている気がしたからです。

ポップコーンのように真っ白な桜、真っ赤や真っ青に厚化粧したお花たち、キラキラと黄金に輝く川の水面。鮮やかな景色の中で、私だけが灰色になってしまったようでした。


「はーいそげいそげ!」

かけあしで通った桜並木のもとには、赤やピンク、白のツツジがたくさん咲いていました。いくちゃんはツツジをくわえて、いつもおいしそうにミツを吸います。あの時の私は草花に見向きもせず、過ぎていった時間を追いかけるように、ハタハタと腕を振っていました。

「いってら~~」

近くの幼稚園でいくちゃんとお別れです。にぎやかな門のそばでは、桜が子どもたちとじゃれていました。いくちゃんは先生たちにタッチすると、嬉しそうにピースで手をふり返してくれました。私もピースでお返ししました。

その後は小さな川辺の橋で、あっくんとお別れします。私は大げさな呼吸で、何とかあっくんに手を振りました。あっくんは分団登校のお友達とつつきあって楽しそうです。

無事2人を見送ると、私はホッと肩が軽くなり、はたりと地面に座り込んでしまいました。そのあと、近くの桜やツツジがふわふわと揺れ、春の涼しいにおいに包まれました。何だかニンマリと、やさしい気持ちになったことを覚えています。


おこりんぼうおばさんと上司の横顔、キライキライ


「すみません遅れましたっ」

「早く電話っ!」

この春から老人ホームではたらき始めた私は、さっそく上司の方に怒られました。怖くて電話もできずに、10分も遅刻してしまったのです。何度も頭を下げる中で、私は2児の母親でも、社会人としては、まだまだ子どもだなぁとフワフワ考えていました。

ここでは、色んな高齢者さんが楽しく暮らしていました。歩けない人や、寝たきりの人、目の見えない人、さまざまな病気や障がいを抱えている人。私たちは、みんなの食事、お風呂のお手伝いや、おむつを替えたり、一緒に遊んだりして一日を過ごします。

当時、全くの素人だった私は毎日のように頭を下げながら、必死に走り回っていた日々を思い出します。あの日もまた、主任のおこりんぼうおばさんに怒られてしまい、周囲の上司の方に噂されていました。私は、あの不満げな上司のよこ顔がどうにもキライでした。怒られた時はうつむきながら、おいしいご飯のことを考えていたのは、ここだけのお話です。

最初はつらいこと、逃げたいことばかりでしたが幸せなこともありました。利用者さんは、私をこどものように可愛がってくれました。名前を読んでもらえること、笑ってもらえること、ありがとうと言ってもらえること。そして何よりお昼ごはんは大好きでした。ひっつき虫なたまご焼きでさえ、私には大きなごぼうびでした。


ばっちゃんのおせっかい

「・・しごと?うまくやっとるよ?」

「せやから、あぁちゃんいわんといて~。もうお母さんなんやから~」


子どもが寝静まった晩、とつぜんばっちゃんから電話がかかってきました。ばっちゃんは本当に辛口おせっかいおばあちゃんで、私は正直ニガテでした。ですが、今ではばっちゃんの気持ちがよく身に染みるものです。

ばっちゃんはいつも、私のことを子どもだと思っているので、私も思わず強がり、とがった大阪弁が出てしまいます。仕事も育児も、問題無し。大丈夫。

私はえっへんと大人びた返事をしました。しかし、ばっちゃんはだまされませんでした。


「へぇっ?」

ばっちゃんは、翌朝に私の大好きなモノが届くと言って、奇妙な声でカラカラと笑いました。その瞬間、私はさっきまでの強がりなどもう忘れて、ばっちゃんに答え合わせをせがみました。

お花?タマゴ?お米、それともお肉?あ、もしかして甘いモノ??

声色を変えて聞いても、ばっちゃんはカラカラ笑って空返事。そのうち突然切られてしまいました。その後ベットの中で、一体何が届くのだろうと、天井に指で描いては妄想にふけり、ニンマリと一人笑っていました。

私はやっぱり、子どもでした。


なんでつけもの!?

次の日の朝、家を出る直前ついに例のおくりものが届きました。

包みをウキウキしながら開けると、私は目をまんまるくしました。

テーブルの上には、ひき肉のそぼろや、白菜とにんじんの浅漬け。ごま和えきゅうりや、オクラの味噌漬けがタッパーに入れられて並んでいました。一緒に入っていた手紙には、「毎朝必ず食べること!」と書かれていました。


「なんでつけものーっ!?」

私は、思わず叫んでしまいました。というのも私は、漬物が大キライだったのです。私が小学生の頃、ばっちゃんに無理やり漬物を食べさせられたニガイ思い出を引きずり、未だに一口も食べられませんでした。あの匂いをかいだだけで、顔がぐしゃりとなるほどでした。

どんなステキなものが入っているだろうと期待した私は、手紙をビリビリに破って食べてしまおうかと思いましたが、もう家を出なくてはなりません。


「うお!この肉うまそう。たべていい?」

あっくんはひき肉のそぼろを指さして食べようとしましたが、私は逃げるように漬物を冷蔵庫にしまいました。

「いいにおい!ゆいちゃんの家にもね、こんなのあったー!」

いくちゃんは私の後をついてきて、自慢げにそう言いました。


「また明日のお楽しみねっ」

「うっちゃんなら、イイっていうし・・」

私は笑顔を作って言いましたが、あっくんはお決まりのぼやきです。私は聞こえないフリをして、いそがしいいそがしいと、アタフタ意味もなく歩き回りました。

私は、漬物が大キライで食べられないことを、子どもたちに気付かれないようふるまうだけで、精一杯なのでした。ふと空を見ると、雲があたりをおおっていました。


いつになったら大人になるの

「・・・本当に、もうしわけありませんでした」

「アンタホントにわかってる!?利用者さんがケガでもしたらどうすんの!」

「まったく、新人だからっていつまで甘えてるんだか・・」

当時の大事件は、老人ホームでのお昼時間に起きたできごとでした。食堂で利用者さんの食事を配膳中に、私はぼーっとして貧血を起こし、気付けば手に持っていたはずのお盆が消えていました。

ぼんやり足元を見てみると、みそ汁やご飯、お皿の欠片などがすべて床に散乱していました。危うく、近くの利用者さんに当たってケガをさせるところだったのです。

私がアタフタして立っていると、主任が大急ぎでやってきて後片付けをはじめました。私は、叱ってくれる主任に、ただ謝ることしかできず、そのうち周りの人のヒソヒソ声も聞こえてきました。段々と、お腹の奥のもじゃもじゃがからまっていくのを感じました。

「・・あのっ私が掃除しましょうー」

「あぁそこみそ汁!!」

「笑うな!
もうはなれてて!何もしなくていいから、じっとしてて!!」

私は勇気を出して笑顔で話しかけました。しかし気付かぬうちにみそ汁を踏んづけて、さらに怒らせてしまいました。そのとき初めて、笑っていることに気づきました。やっぱり私は、頭を下げることしかできませんでした。

本当に、私はなんて子どもなんだろうと、口の中が酸っぱくなったと思ったら、涙をこらえるのに精いっぱいでした。この時ばかりは、どんな美味しいご飯のことも、全然考えられませんでした。そのうちクスクスと、遠くから笑い声も聞こえてきました。

そのあと私はトイレの個室で一人、反省会を開きました。ときどき自分が何に悩んでいるのかわからなくなって、不思議な気分になります。窓にあたる雨や、滴る水の音がどこからか響いていました。

くしゃくしゃになった夜

バシャバシャゴォゴォと、怒りくるった天気の中、私は雨のシャワーをあびて帰宅しました。スーパーの袋もびしょびしょです。
玄関のドアが静かに閉まり、ゆっくりと顔を上げました。すると、いくちゃんとあっくんが薄暗いキッチンに立っていました。

「あっ・・おかえり」

いくちゃんは、ぼそりと一言。2人の前には、鍋とラーメンが床に散乱していました。ラーメンが雷で時々白くひかりました。私はそれを、ぼんやりと見つめていました。

「・・・何してんの。向こういってなさい」

私はバックを放り投げ、持っていた小さなハンカチでラーメンやお湯をかき集めました。ラーメンが散乱していることにも、ハンカチがじゅぶじゅぶになっていることにも、手が赤くなっていることにも、不思議と何とも思いませんでした。もう、何も考えられなくなっていたのです。


「あのね・・・いつも、いつもおかあさ・・・・ごめんなさい」

いくちゃんのその声は、だんだんとかすれて雨音にしずんでしまいました。

「なんでおこっとんの」

「おこってないよ」

あっくんは、低いうなり声で私に言いました。

近くに、絵日記「くよーば」が落ちていました。お湯がかかって、ぐしゃりとぬれていました。それでも私は笑みを浮かべ、大人のふりをしました。

「うそばっか」

「ついてないって」

しかし、あっくんは信じませんでした。

私のお腹の奥に再び、大きく重いもじゃもじゃがからまっていくのを感じました。それが外に出てしまわないように、自分に言い聞かせるようにつぶやきました。

「・・うっちゃんなら」

「うそつかんし、おこらんし・・・!」

「うっちゃんならっ!!」

あっくんは段々と声をふるわせて、聞いたこともないような、とても大きな声でさけびました。

私の目の前は、カミナリに打たれたように真っ白になりました。お腹の奥がアツくなり、ずっと我慢していた何かが、ものすごい早さでそこから飛び出てくるのを感じました。


うっちゃんうっちゃんって。私だって頑張っとるやんか。なんでそんなこと言うん。なんでみんな私を子ども扱いするん。もう何もかもキライ。何もかも大キライ。私だってホントは会いたいよ。私だって・・・!!!


「やから父ちゃんもうおらんゆぅとるやっ・・・・!!!!」



自分でも何を叫んでいるのかわかりませんでした。

太くて重くて、大きな大きな、雷の音が響きわたり、部屋をゆらしました。

その雷は、何秒も、何十秒にも感じるほど、大きなごう音でした。



雷が完全に鳴りやむと、次第に私の目の前は真っ青になりました。体中の血の気が引き、冷たくなるのを感じました。

きづけば私はくよーばを投げすてて、あっくんの服を乱暴につかみ、手を振り上げていたのです。いくちゃんはあっくんをかばうように立っていました。

自分の両手は真っ赤に腫れ、傷だらけでした。はぁはぁと肩で息をしながら。
2人はだまって、獣におびえるような目で私を見つめていました。彼らの目を見た途端、手足が震え、チクチクとした痛みが私をおそいました。



「・・・ごめんね、ごめんなさいッ・・・!!」

私は我に返り、子どもたちをしずかに抱きしめました。ポロポロと涙を流しながら、力いっぱい優しく抱きしめました。自分のしようとしたことに、ひどく恐ろくなったのです。

止めることのできない涙があるのだと、このとき初めて知りました。そのうち、ストンと腰が引けてしまいました。



そうだ。私は、この子たちの母親なんだ。たった1人の、お母さんなんだ。

何があっても、この子たちを、私が守ってあげなくちゃ。

幸せにしてあげなくちゃ。


冷たい空気の中で2人の温もりに包まれて、私はそう心に誓いました。

「おかあさんも、でべそー?」

「・・・うん。お母さん、でべそかも・・」

いくちゃんは、私の頭をなでながら、あやしてくれました。私は、自分の泣きべそっぷりに、笑いながら泣いていました。

怒って、泣いて、笑うこと。その一つ一つが本当に、貴重なことに思えました。私はいろんな思いでくしゃくしゃになり、次第にとけあって、洗い流れて。

もう後にはなんにも残らないような、大変ほがらかな気持ちになりました。


もじゃもじゃの夢

その晩、とってもへんてこで、おかしな夢を見ました。


大きくて広い虹色の海の底へ、ユラユラと沈んでいきます。

あたたかくて、やわらかくて、すべてが一つになったような、とっても心地のよい世界。

いったい、どこまでおちていくんだろう。

どこまで広がっているんだろう。

カラフルな色の泡が、ポツポツと浮き上がっていきます。

見上げると、まっしろな光が、世界をやさしく包みこんでいます。

私はにうっとりして、ただ海の流れを感じていました。


すると海底からなにやら、もじゃもじゃとした生き物が、魚の大群のように、ゆっくりとこちらへ近づいてきます。

彼らは私の体をすり抜け、まっしろな光に溶けていきました。それはとても言葉にできないような、とても幻想的な光景でした。

そのもじゃもじゃにふれたとき私は、頭にじわりと広がる音を感じました。


朝がきらい

どこか不安な月曜日がきらい

何事も無かったようにまわる毎日がきらい

上司の不満な横顔がきらい

ばっちゃんのつけものがきらい

私を子ども扱いする人がきらい

・・きらいきらいきらい


もじゃもじゃは、私のいろんなキライそのものでした。


私が 一番だいきらい


大きな大きなもじゃもじゃが、ゆっくりと光にとけていきます。

私はそれをさいごの一かけらまで見つめ終えると、目をとじて、ただおちていく感覚に身を任せていました。

すべてがゆっくりになり、世界がまざりあって、光が遠くなってゆきます。


「ーちゃん」

「ーちゃぁあん」

「ーあぁちゃん」


その時、彼方の世界のはじっこから、なつかしい声がただよってきました。


・・・私を、呼んでる。


そう思ったとたん、手足にふわりとしたものを感じました。

そしてみるみるうちに私のからだはグイグイと持ち上がり、大きな光に吸い込まれてしまいました。



「かぁちゃん!つけモン、食べよーぜ!」

「づけもの~!」

夢と現実の間にいる私は、全てがまぶしく、宙ぶらりんです。

「・・つけもの」

その言葉を聞いて私は、体がじわっとアツくなり、意識が乗しかかるのを感じました。

目に飛び込んできたのは、あっくんといくちゃんでした。


つけものの朝

あの朝の日は、よく覚えています。いつもより心が軽くて、太陽は洗い流された世界を乾かすように、明るく照らしていました。

リビングのカーテンを開けると、キラキラした光が部屋を明るくしました。
くよーばたちも、シャワーを浴びて日光浴をして、大変気持ちよさそうでした。

そして寝ぼけた顔で、冷蔵庫のつけものを手に取ると、なぜだかモリモリとエネルギーがわいてきたのです。

お湯をわかし、ばっちゃん特製のごま和えきゅうりをザクザク切り、なれない手つきでトマトをジュワリと6等分。

そのあと、ジュージューと目玉焼きにも挑戦しました。

そして最後に、わかめとネギ、お味噌の入ったおわんにお湯をゆっくり注ぎます。



黄金に光る、ひき肉のそぼろ

甘くつややかな、白菜とにんじんの浅漬け

ギュッと味の染みた、ごま和えきゅうり

風味かおるオクラの味噌漬け

そして、まっかなトマトにふわふわ湯気の目玉焼きやおみそ汁・・・。

「おほぉう・・・」

朝日に照らされたみずみずしい朝ごはんの数々。私たちの目はかがやき、思わずつばを飲み込みました。あれだけキライだったつけものが、この時はなぜかおいしそうに感じたのです。


「いただきまーす」

久しぶりの豪華な朝ごはんに、あっくんといくちゃんは興奮気味です。

私は意を決してごま和えきゅうりを箸でつかみ、息を止めてゆっくりと口へ運びました。そしてモグモグと噛んでみると、あら不思議。

子どもの時に感じた、あのニガミが無くなっていました。

もちろん、ばっちゃんのつけものはタイムカプセルのように、昔のままの味つけでした。シャキシャキとした味染みきゅうりの食感に、ごまの風味が広がって、とてもおいしく感じました。

私はとても信じられなくて、白菜やオクラ、そぼろもパクパク食べてしまいました。つけものの味が、口から全身に伝わって、エネルギーになっていく感覚。あんなにニガテだったつけものと、お友達になったかのよう。

私はいつのまにか、つけものが食べられるようになっていました。私はあっけにとられて、クスクスと笑ってしまいました。


あっくんは、ニガテなオクラを頑張って食べようと必死です。きっと、好ききらいはダメという私の教えを守ろうとしていたのだと思います。中々オクラを飲み込めないようでした。

「あっくん。ごめんね」

「きらいだったら、無理に食べんでいいよ」

私は、ほほえみながらそう言いました。


「私も昔さ、食べられんかったんだ」

リビングの窓からそよ風が入ってきて、私はゆれるカーテンを見つめていました。


「何でもないよ~。すきありっ!そぼろも~らいっ」

「あぁ~!!」

あっくんといくちゃんが顔の上にはてなを浮かべでいたので、私は恥ずかしくなってしまいました。そのうちそぼろ取り合い合戦が始まって、みんなでニコニコ笑いあっていました。

キライだったものも、いつかは受け入れられて、いつかは好きになる日がくるかもしれない。だから、無理やり好きになる必要なんてない。

そう思うと、スッと心が軽くなりました。


満開だった桜も、緑にころも変えを始めています。朝日も前より、ずっと早くのぼるようになりました。太陽は私たちを祝福するように、あたたかく包み込んでくれます。

何もかもが瑞々しくて、まるで草や木、川や空、スズメやチョウ、そして私たちが一緒になって踊っているような気持ちでした。

私は心の中で太陽に、ぶっきらぼうと陰口をもらしたことを謝りました。


あの日から私は、朝がちょっとだけ、好きになりました。

さいごに

以上が私の、小さなひとふさの大きな物語でした。

はたから見れば、ささいで読むにたえない日常かもしれません。なんて甘えた親だと思われるかもしれません。今思えば、なんてバカだったのだろうと、恥ずかしい思いです。

しかし、当時の私にとっては、本当に大きなできごとでした。

誰も知らない、私だけの物語です。

そして、そんなの一つ一つの小さなふさが集まって、私という大きな花を作ってくれています。

泣くこと。笑うこと。

キライになること。好きになること。

いらないものなんて一つもありません。

そのすべてが大切で、かげがえの無い自分になっていくのだと

今ではそう思います。





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