【ベテラン指導者が教える】コロナ禍でも役立つPT・OTの臨床実習対策
PT・OT教育の中で最も重要な位置を占める臨床実習。しかし実習に対して不安を抱いている学生も多く、一方で実習指導者や養成校教員にとっては業務負担が大きいと言われています。
コロナ禍が続き、臨床実習が手探りで実施されている状況のなか、PT・OT教育における臨床実習の現状および学生としてはどう対応していけばよいかについて、書籍『PT・OTのための臨床実習の鉄則―実習準備からレポート作成まで』の編著者で、長年臨床実習を指導してきた下田信明先生(東京家政大学健康科学部リハビリテーション学科)にうかがいました。
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――長年にわたって臨床実習に携わってこられたとうかがっています。
OT養成校を卒業してから最初の7年間は病院に勤務しました。その病院でOTやPTの実習生を受け入れおり、指導を行ったことが指導者としてのスタートとなります。
その後、3校の大学教員として臨床実習の企画・運営にかなりの時間を割いてきました。また教員をしながら、非常勤勤務をしていた老人保健施設などの臨床現場で多くの学生を実際に指導しました。
――それらの経験をふまえて、PT・OT教育の中で臨床実習はどのような位置づけなのでしょうか?
OT・PT教育にとって、臨床実習は本当に重要だと思います。学内で学んだ知識と実際の臨床を結びつけるという知的行為に加え、OT・PTの面白さや大変さを知り、自分の意欲やコミュニケーション能力に直面せざるを得ないという、OT・PTになるためのいわば通過儀礼のような役割を持っていると思います。
文化人類学の研究対象になるのではないかとも夢想しています。
――学生にとって一大イベントである臨床実習ですが、コロナ禍で実習は変わったでしょうか?
2020年度から、臨床実習施設における実習期間を短縮せざる得ない状況です。足りない分は学内でペ-パ-ペイシェントを用いた演習などを行っています。ただ、学内演習では、本来実習で直面したであろう課題を体験できないので、いかに疑似体験できるかが重要になってきます。
――学校によってはすべて学内演習かもしれません。ただそれだと技術的なことしか身につかないかもしれません。本来の実習であれば得られていた“プラスαの部分”とはなんでしょうか?
当たり前と思われがちなことほど、言われないと気づかない
1つ目は、実習前準備、平静なこころの保ち方、実習施設に慣れるための方法、コミュニケーション方法です。
実際の失敗談を知っておくことが重要です。一例を挙げると、「荷物1個原則」です。実習中は疲労により注意力が落ちるので、無くし物が増えます。移動時にバッグを2つ持っていると電車の網棚に1つ忘れたりします。実際にそういう学生がいました。実習中、バッグは1つにするべきです。このような事柄を具体的に知っておくことが重要です。
実際の検査順序は教科書に書かれていない
2つ目は、脳卒中の初期評価の手順を、観察や各検査の順番も含め、実習1日目、2日目と分け、臨床に即して具体的に知っておくことが重要です。評価に関する書籍には各検査の方法は記載されていますが、「臨床家が実際にどのような順番で検査を行うか」については意外と記載されていません。これを知る事は学生に役立つのではないかと考えています。
また、PT・OTごとに分けて両方を理解できると、共通項と相違点がわかり、よりリハビリテーションを深く知ることができると思います。
PT・OTがお互いの報告書を読めば理解が深まる
3つ目は、多彩な対象疾患、施設機能における実習報告書例をPT・OTごとに把握することです。OT実習生であればOTの実習報告書例を理解すると同時にPTの実習報告書例も理解して欲しいと思います。その逆もしかりです。
PT・OTがお互いを理解することは、患者さん・対象者さんにとってより良いリハビリテーションを提供することにつながると思います。
PT・OTとして人間と社会を知らなければならない。本と映画に触れよう
4つ目は、PT・OT人生に役立つであろう本と映画に触れておくことです。PT・OTとしていい仕事をするためには、人間(自分と他者)と社会を知る必要があります。本と映画は、人間と社会を知ることができる素晴らしい文化です。本や映画にあまり縁がない人も、ぜひ触れて欲しいと思います。
――いざ臨床実習となると、ストレスを感じる学生も多いと思いますが、どうアドバイスされていますか? コロナ禍でストレスも受けやすそうです。
睡眠をしっかりとる、適度な運動を心がけるといった基本的なことを意識することが重要です。また、つらい時ほど被害的な考えになってしまうとか、つらい時に考えることは本来の自分の考えではないとか、人間の考え方のクセを知っておくのもよいと思います。
また、意識して1日30分は実習と関係ない好きな事をするようにと伝えます。ゲームや読書、料理、映画鑑賞など、何でもかまいません。
長年の教員生活でよく「私はOTに向いていない」「友人のように一生懸命になれない」と相談を受けてきましたが、ちょっとした発想転換とコツで乗り越えられる学生もたくさんいました。
――実習生が実習直前にできること、心がけたいことなど、即効性のあるアドバイスはありますか?
臨床実習2週間前でもできることはたくさんあります。まずは初日までに生活と睡眠のリズムを作ることが重要です。多くの学生は「早寝早起き」で生活のリズムを作ろうとしますが、就寝時間を早めても寝付けません。順番を逆にして「早起き早寝」すれば、体が順応して早い時間に眠くなります。
また、すべての実技練習は必要ですが、「血圧測定」と「車椅子とベッドの移乗」だけは適切に行えるようにしておくことが大切です。この2つは、練習すれば必ずすべての学生ができるようになります。実習開始当初に、この2つで失敗してしまうと、必要以上に不安になり、実習遂行の妨げになります。
――溢れんばかりのアドバイスが著書『臨床実習の鉄則』の執筆へつながったのですね。
今まで、能力も意欲もあり人柄も良いのに、少しの失敗や不安で実習を上手く遂行できない学生を少なからずみてきました。自分の目の前に何人ものそのような学生がいるのだから、全国にはもっといるのだろうと思ってきました。
アドバイスしたいこと、伝えたいこともたくさんあるのに、通常の講義では学生に伝える時間は十分に取れません。ましてや全国の学生には伝える方法がありません。そこで本書を企画しました。
――どのような方に読んでいただきたいですか?
まず当たり前の事ですがPT ・OTの実習生です。特に臨床実習に対して過剰に心配や不安を抱いている学生に読んで欲しいと思っています。また、実習指導者や教員が読んでも役に立つのではないかと思っています。
この本をきっかけとして、実習指導者や教員がさらに実習生に役立つ情報を発信していただけることを望んでいます。
――最後に、PT・OTの実習生へアドバイスはありますか?
PT・OTの実習生には、「過剰に不安にならず、実習指導者や教員の多くは信用できる人だということを理解して、実習に前向きに取り組んで欲しい」と思います。
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【書籍のご紹介】
・編著者:下田 信明
・定 価 :3,080円(2,800円+税)
・A5判・256頁
・ISBN 978-4-307-75061-5
・発行日:2020年11月30日
・発行所:金原出版
・取扱い書店はこちら
【著者紹介】
下田 信明(しもだ・のぶあき)
作業療法士。東京家政大学健康科学部リハビリテーション学科教授。
PT・OT教育における臨床実習の企画・運営,臨床現場における実習指導を長年にわたり行ってきた。その中で得た経験をもとに、専門的知識や臨床技術だけではなく、実践的に役立つノウハウや考え方を伝え、実習生を応援しつづけたいと思っている。
著書は『PT・OTのための臨床実習の鉄則』(金原出版)、『リハビリテーション基礎評価学第2版』『ADL第2版』(羊土社)、ほか多数。