草笛双伍 捕り物控え一 風魔襲来4
八丁堀の与力同心の官舎には、
20名ほどの与力同心が集められていた。
勿論、長谷川平蔵の姿もある。
その左腕には血に滲んだ包帯が巻かれている。
表戸の土間には、双伍の姿もあった。
だが、与力同心の面々は、それも沈痛な面持ちを浮かべていた。
それもそのはず、どんな大盗賊も怖れる
火付盗賊改方の官舎が襲われたのだ。
それも下っ引きは皆殺し、そして駿河右京同心は
重傷を負い、町医玄田元禄の話によれば、
ひと月ほどは安静が必要だという。
相手は<風魔>。それも精鋭の手練の集団で
あることは、長谷川平蔵長官の口から聞かされた。
「親方や沢村誠真殿でさえ、苦闘を強いられる
<風魔>をどのように捕らえろと申すのですか?」
特に気弱な森村忠助が言葉を発した。
「やつらの目的は、火付盗賊改方の全滅、もしくは親方の
命でしょうか?」
いつも冷静沈着な佐々木音蔵同心が口をはさむ。
その問いに答えたのは双伍だった。
「それは違うとおもいます」
「何ゆえ、そう思う?」
佐々木音蔵同心の問いかけに、双伍は言い澱んだ。
そんな双伍は長谷川平蔵と視線が交差した。
「皆がそろうても、らちが開かぬ。
日暮れを期に、お前たちは見回りをしろ。
それと双伍・・・ちと飯を付き合え」
長谷川平蔵は双伍に対して、そう命じた。
双伍も平蔵の意を悟り、軽くうなづいた。
二日後、食事処<あじさい屋>に、長谷川平蔵と双伍の姿があった。
長谷川平蔵はいわしの味噌煮と飯、そしてシジミ汁を
食していた。双伍はいつものように、きつねうどんだ。
平蔵は味噌煮をつつきながら言った。
「お前の話だと、<風魔>の狙いは銭ではないと?」
「銭も欲しいんでしょうが、本当の狙いは
火付盗賊改方の壊滅と、あっしの首だと
考えたんでさぁ」
物騒な話をしながらも、双伍は油揚げを
旨そうにかじった。少しかじっては、露に浸ける。
「ほう、火付盗賊改方の壊滅とな。それは盗賊として
思うところではあるが、おめぇの首を狙うのは、
どういった了見だ?」
シジミ汁をすすりながら、平蔵は言った。
「あっしは<風魔>の頭領になって、最初に
下した命令は風魔の解散。今後は皆、農民なり、町民なりと
なって平穏に暮らせと命じたんでさぁ」
長谷川平蔵の箸が止まった。
「その命令に素直に従うたぁ思えねぇな・・・。
戦国の世から培われた暗殺集団<風魔>だ。
俺がその身でも、反目するやも知れぬ」
「あっしも当時は若かったからで、安易なことを
命じたと思っておりやす」
双伍はきつねうどんの露を一口すすった。
その丼椀を縁台に置いて、双伍は言葉をつないだ。
「<風魔>は各地で、盗賊に身を落とした者も
多いと聞いておりやす。だが、昨夜の<風魔>は
単なる銭取りの盗賊じゃないと踏んでます。
火付盗賊改方の壊滅は元より、あっしへの
復讐ではないかと・・・いやそれこそが
真の目的じゃねえかと思っておりやす」
双伍の双眸が妖しく光る。
「で・・・おめぇはどうするつもりだ?」
と長谷川平蔵。
「決まってまさぁ。決着をつけるつもりでござんす」
平蔵は飯を掻き込み、シジミ汁を飲み干した。
「死ぬぞ、おめぇ」
長谷川平蔵の目が真正面から、見据えてくる。
「自分の撒いた種は、自分で刈るもの・・・
親方に拾われたこの命、いつでも捨てる
覚悟はできておりやす」
「俺に拾われた命と本気で思っているなら、
勝手に死なれては困る。双伍、おめぇ
何か策でも考えているのか?」
双伍は軽くうなづいて言った。
「それなんですが、奴らは近日中にまた
勤めを働き、火付けをやるでしょう。しかし、それは囮。
真の目的はあっしの首でしょう。
そこでなんですが・・・」
長谷川平蔵は双伍の考えを聞いて、
目を細めた・・・。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?