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ユングの娘 偽装の心理

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帝應大学の若き天才女性心理学者の主人公、氷山遊(ひやま ゆう)が、たたき上げの中年刑事、 鳴海徹也(なるみ てつや)とともに、難事件を解決に導いていくというミステリー小説です。 …
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2018年5月の記事一覧

ユングの娘 偽装の心理9

ユングの娘 偽装の心理9

               偽装の心理9

翌日、真代橋署刑事一課長の鏑木は
苦虫を噛み潰したような表情で、鳴海徹也を見ていた。

「凶器の刃物の出所が福岡だってことで、
  裏を取りたいってこと?」

「はい、もし衣澤康祐が彼の地元である福岡で、
  それを入手していたとしたら、
  自殺のセンの重要な裏づけになると思うんです。
  それで河井を連れて出張りたいと考えています」
鳴海の口調は強

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ユングの娘 偽装の心理10

ユングの娘 偽装の心理10

               偽装の心理10

意外な事実を知った鳴海徹也は、
福岡県警本部へトンボ返りした。
無論、衣澤康祐が所持していたM7銃剣を、
彼と同じ苗字の男性が、自殺に使っていたことを調べるためだ。
鳴海は生活安全課へ行き、当時の担当者を呼び出した。
だが、その担当者はすでに転勤になっており、
直接話を聞くことはできなかった。
肩を落としていた鳴海だったが、生活安全課の署員から、

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ユングの娘 偽装の心理11

ユングの娘 偽装の心理11

             偽装の心理11

福岡県警本部を出た鳴海徹也は、腕時計を見た。
すでに午後9時を回っている。
スマホを取り出すと、県警の情報保全課で知り得た
衣澤康祐の実家の電話番号をタッチした。
明日、衣澤康祐の実家を訪問することを、
事前に伝えていた方がいいだろうと思ったからだ。
数回のコール音の後、年老いた女性の声が返ってきた。

『もしもし、衣澤です』
それは妙に平坦な声に感じら

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ユングの娘 偽装の心理12

ユングの娘 偽装の心理12

             偽装の心理12

翌日、鳴海徹也、河井聡史そして氷山遊の三人は、
全日空ホテルのロビーで落ち合った。
タクシーを拾うと、鳴海は衣澤康祐の実家のある、
糟屋郡新宮町へと向かうよう運転手に伝えた。

1時間足らずして、目的地に着いた。
衣澤康祐の実家は、国道504号線沿いにあった。
周辺は田畑で囲まれており、民家や古びたマンションが散在していて、
人の姿も少なく閑散とした場所

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ユングの娘 偽装の心理13

ユングの娘 偽装の心理13

               偽装の心理13

晴男は湯呑みに残った茶を、すするように飲み干すと、
半ば諦めたような口調で言った。

「息子も二人とも死んじまったんで、しゃべりますけどね。
  長男の孝一は地元の公立高校を卒業して、
  しばらく定職にも就かず、いろんなアルバイトをしていましてね。
  家に帰ると・・・

その頃は我々は町立の団地住まいだったんですが・・・
  孝一の奴、夜遅くまで

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ユングの娘 偽装の心理14

ユングの娘 偽装の心理14

              偽装の心理14

「———ったく、何なんですか、あの親たちは。
 子供をまるで自分の所有物か、それとも
 (家畜という言葉が脳裏に閃いたが、
 河合聡史は慌ててその言葉を呑みこんだ)・・・。
 とにかくまともじゃないですよ、彼らは」
タクシーが拾える幹線道路に出ると、
それまで胸につかえていた濁った心象を、
吐き出すように河合は言った。

「同感だ。オレも多くの犯罪者と

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ユングの娘 偽装の心理15

ユングの娘 偽装の心理15

              偽装の心理15

翌日の午後、鳴海徹也の姿は、真代橋署の捜査一課にあった。
彼の目に野デスクに座っている鏑木課長の手には、
数枚の報告書があった。

「これを見る限り、衣澤康祐は自殺のセンで
  間違いないんじゃないか?」

「ええ・・・まあ」
鳴海の気の無い返事に、鏑木は顔を上げた。

「何だ?まだ納得していないように見えるな。
  衣澤康祐は漫画家への道も閉ざされ、

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ユングの娘 偽装の心理16

ユングの娘 偽装の心理16

             偽装の心理16

「しかし、あの編集者、時間がないとか言っておきながら、
 けっこうしゃべったな」
首都出版を出ると、赤いダウンジャケットを羽織り、
鳴海は凝った両肩を伸ばして背伸びをした。
大きく深呼吸をすると、彼は氷山遊に視線を落として言った。

「何か、魔法でも使ったのか?」

「魔法なんかじゃないわ。
色彩による時間感覚を試してみたのよ」
氷山遊はそういいながら、

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ユングの娘 偽装の心理17

ユングの娘 偽装の心理17

             偽装の心理17

「衣澤康祐という男性がここで
 アシスタントしていたと
 編集者の方から聞いたのですが、
 覚えてらっしゃいますか?」
氷山遊の問いに、牧野善治はひと呼吸置くと、
胸の前で両腕を組み目を細めて答えた。

眉間には皺を寄せ、わずかに上半身を反らせた。
「衣澤・・・ですか?
  アシスタントは入れ替わりが多くてね。
  全員覚えてる暇なんかないんですよ」

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ユングの娘 偽装の心理18

ユングの娘 偽装の心理18

             偽装の心理18

鳴海は腕時計を見た。
午後二時を少し回った頃だった。
「河合、前原百合加さんに連絡をとってみてくれ。
  自宅に行っても、
  そこに居なかったら意味が無いからな」
前原百合加の住所がある練馬区まで、
 3区をまたぐ距離だ。わざわざ行って、
 留守だったでは話にならない。

鳴海にそう言われて、
河合はメモ帳とスマホを取り出し、
液晶画面に指を当てた。

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ユングの娘 偽装の心理19

ユングの娘 偽装の心理19

      偽装の心理19

鳴海徹也はウエイトレスを呼んで、
2杯目のコーヒーを注文した。腕時計を見る。
氷山遊が前原百合加の部屋へ入ってから、
三十分以上が経っていた。

鳴海と河合は、喫茶店の窓際のテーブルについていた。
そこには屋外を一望できる大きな窓がある。
前原百合加のアパートの様子もよく見える位置だ。

「いつまで、かかるんだろうな

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ユングの娘 偽装の心理20

ユングの娘 偽装の心理20

             偽装の心理20

真代橋署に着いたのは、
西の空を陽が朱色に染めた頃だった。

鳴海は捜査一課の鏑木課長のデスクへ向かった。
鏑木は何やら書類に目を通していたが、
不意に眼前に現れた鳴海に気づいて、
少し驚いた表情を見せた。

「課長、応接室空いてますか?」

「何だ?いきなり」
鏑木はそう言いながらも、
鳴海の背後にいる三人に視線を投げた。
彼は氷山遊の姿を認めると、

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ユングの娘 偽装の心理21

ユングの娘 偽装の心理21

             偽装の心理21

 鳴海は前原百合加の衝撃的な告白に、
一瞬呼吸を詰まらせた。
鳴海の隣りでメモをとっていた河合も、
唖然とした表情を刻んだ顔を上げた。

「その犯人を特定できますか?」
鳴海は静かに訊いた。
前原百合加は声を震わせながら、その名を言った。

「漫画家の牧野善治です」

「牧野っていったら、たしか・・・」
そう言った河合聡史は、驚きを隠せない顔だ。
しかし

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ユングの娘 偽装の心理22

ユングの娘 偽装の心理22

             偽装の心理22

「彼の胸に、刃物が刺さっていました。
 その傷口から、まるで水道の蛇口をひねったみたいに
 血が噴き出していて・・・。
 私は何が起こっているのかわからないまま、
 パニックになって・・・
 悲鳴さえ出なかったんです」
前原百合加は搾り出すように、
 言葉を紡いでいるようだった。

「その時点で、衣澤康祐さんは、
  すでに亡くなっていたんですか?」

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