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ユングの娘 偽装の心理19

                                偽装の心理19

鳴海徹也はウエイトレスを呼んで、
2杯目のコーヒーを注文した。腕時計を見る。
氷山遊が前原百合加の部屋へ入ってから、
三十分以上が経っていた。

鳴海と河合は、喫茶店の窓際のテーブルについていた。
そこには屋外を一望できる大きな窓がある。
前原百合加のアパートの様子もよく見える位置だ。

「いつまで、かかるんだろうな」
鳴海は届いたコーヒーを、ブラックのまま一口飲むと、
ため息混じりにため息をついた。

「鳴海さん、いつも僕に言ってるじゃないですか。
  待つことも刑事の仕事だって。
  それにまだ三十分くらいしか経ってないですよ」

向かいに座る河合聡史は、
左腕にはめたGショックに目を落としながら言った。

「ところで、河合。もうすぐクリスマスだが、
  一緒に過ごす女性はいるのか?」

コーヒーカップに口をつけていた河合は、軽くむせた。

「何ですか、いきなり。今は付き合ってる女性はいませんよ」

「好きな人もいないのか?」

鳴海の問いに、一瞬、河合の表情が強張った。」

「まあ、いないことはないんですけど・・・」
河合は言葉を濁した。

「ほう、それは署内の女性か?」

「いえ、違いますよ。
  交際相手も警察官だなんてごめんこうむります」
河合は、肩をすくめた。

「・・・ということは、一般人だな?もう告ってのか?」

「もう、よしてくださいよ。
  まるで取調べを受けているみたいだ」
口を尖らしながら、河合はまたコーヒーを一口すすると、
彼は言葉を続けた。

「告っても、無駄です。フラれるに決まってる。
  高嶺の花なんですよ。彼女は」

高嶺の花?
鳴海自身、久しぶりに聞いた言葉だ。
鳴海から見ても、河合聡史はいかにもモテそうなルックスで、背丈もある。
今でいうイケメンの部類に入るだろう。
その河合が臆するほど、
『高嶺の花』と言わしめる女性に対して、鳴海は幾分関心をいだいた。

「お前もまだ若いんだから、
  そう言わずに、当たって砕けろよ」
鳴海は、さも可笑しそうに笑った。

「当たって砕けたら、意味ないじゃないですか・・・」

河合がさらに抗議しようとしたした時、
その彼を鳴海は手で制した。鳴海の視線は窓外へと向けられている。
河合もまた、反射的に鳴海の向けられている、視線の先を追った。

幹線道路を挟んで向かいにある、
前原百合加のアパートに動きがあった。
彼女の部屋の扉が開いて、
氷山遊、続いて前原百合加の姿が現れた。

「河合、行くぞ」
鳴海は鋭く言いと、伝票を掴んでレジカウンターへ向かった。
早々に支払いを終えると、早足で道を渡った。

前原百合加は小柄な女性だった。
色白でまだあどけない幼い顔立ちの美人だった。
おそらく二十歳は越えているだろうが、
高校生でも充分通用するほどの若さを醸し出していた。
ただ鳴海が気になったのは、彼女の左のまぶたと口元が、
青白く腫れ上がっていることだった。

前原百合加は淡いクリーム色のハーフコートに、
デニムのスリムジーンズ姿で、スニーカーを履いている。
そんな彼女は、氷山遊の後ろに隠れるようにして立っていた。

それはまるで、鳴海たちに対して怯えているかのように見えた。

「話せるのか?」
鳴海は言葉少なに、氷山遊に囁くように訊いた。

「ええ、大丈夫よね?百合加さん」
その答えは鳴海に対してではなく、
前原百合加に再確認するかのようだった。

前原百合加は氷山遊を見つめ返すと、
決意をあらたにしたかのように、しっかりとうなづいた。
鳴海はあらためて前原百合加に向き直ると、
丁寧な態度で言った。

「真代橋署で、衣澤康祐さんのことについて、
  詳しく事情を伺いたいのですが・・・」

前原百合加は一瞬表情を強張らせたが、
鳴海を見つめてしっかりとした口調で答えた。

「はい。すべてお話します」


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