顧客価値創造請負人#2「思い込みの強い社長」

 ある一人の社長が弊社事務所を訪れた。年のころは50歳前後のようだが、声に張りがあり自信に溢れている印象だった。実は、2週間ほど前に知人の税理士から電話があり、「顧問先の社長が新規事業を構想していて、熱く語ってくれるんだが少し発散しているような気がしていて、一度話を聞いてもらえないだろうか」と頼まれた。彼は税理士にしては新しいことへの好奇心が旺盛で、社長のよき聞き役になっているが危機察知能力は高い。彼の紹介で弊社のクライアントになった社長は多い。
 
 話を元に戻そう。紹介された社長は開口一番、「松廣税理士から、勝又さんは色々な経営者と新規事業を推進されていると聞きました。勝又さんと議論すると、私が構想している新規事業のヒントになるかもしれないと言われ、本日は楽しみにこちらに伺いました」と物腰柔らかく話を切り出した。そして、年季の入った革のカバンから資料を取り出した。
 
 資料のタイトルには「地元特産品を活用した地域活性化プロジェクト」と記され、50ページに及ぶものだった。内容を掻い摘んで解説すると、経営者が営む会社の地元では「いちご」が特産品らしく、地場の農家との加工品の開発や、いちごスイーツを食べられるお店や、温泉といちごのテーマパーク、そして様々なイベント開催を通じて地域活性化を図る構想であった。社長は、現業を続けながら大学院へ通い、1年がかりで構想をまとめたそうだ。文章の端々に「これはやるべきである」や「やらねばならない」といった強い表現が使われていた。このような資料を作る「理想役」は、アイデアパーソンではあるものの、思い込みが強い傾向にある。社長は資料を見ながら熱弁をふるっていたが、私は適当に頷きつつ彼がしようとしていることを頭の中で整理していた。
 
 30分ほど語った後、社長は「この構想について勝又さんはどう思いますか?」と聞いてきた。私の言葉に言い換えれば「私の素案の解像度を上げてもらえませんか?」ということだが、思い込みの強い理想役の素案に対し否定的な意見を言うと、相手は聞く耳を塞いでしまう。こういう時にはまず、素案を構造的に整理することから始めた方がいい。私は先ほど開設した内容を社長に伝え、構想をしたこと自体に「素晴らしい」と心から賛辞を送った。実現性を無視して、地元の発展を心から願って事業を思いつくことは、誰にでもできることではないからだ。社長はホッとした表情をした。自分の構想が支持されたと思ったのだろう。

 しかし、こういう時にこそ注意深く議論を進めなくてはならない。私はあくまでも構想した「行為」を褒めたのであって、「内容」には賛同していない。ここからが推進役の腕の見せ所だ。私は社長に次のように話を切り出した。

 「地元のことを純粋に想い、広がりのある大きな絵を描かれていて、とても面白い内容だと思います」と面白い内容であることを伝えつつ、プロジェクトのフレームワークを使って社長の現在地点と次に考えるべきことを示唆した。
 
「弊社のプロジェクトの枠組みで申し上げますと、社長は現在【方針フェーズ】にいらっしゃって、3つのW(「Who」誰に、「What」何の価値を提供し、「Why」どのような世界を実現する)を整理されようとしています。お話の中では加工品やテーマパークといった「How」は色々書かれていますが、3つのWが抜けている印象ですが、いかがでしょうか?」
と、社長の考えを促す質問をした。
 
 すると社長は「実は私もそこを悩んでいて、アイデアは色々と膨らむのですが、いざ何から手をつけるべきか考えると絞り込めません。勝又さんのお話を聞いて、「Who」の絞り込みが弱いのでしょうね」と答えた。自身の構想に足らない点に気付いたようだ。
 
 思考の解像度が低いことに気付いたら、解像度を上げる議論をすればよい。社長は理想に頭が振れ過ぎているため、現実に目を向けさせようと私は社長に質問した。
 
「地元によく来られるのは、どのような方が多いですか?」
「近隣県からの家族連れが多い印象です」
「それは何故だと思いますか?」
「子供っていちごが好きでしょ。多分子供を喜ばせたい親が連れてくるんでしょうね。あるスイーツのお店へ行った時に、こどもがいちごを食べる姿を見て、ニコニコしながら喜ぶ両親を見ました」
「いい話ですね。家族が一年中いちごを楽しめるといいですね」
「そうなんですけど、問題はいちごの収穫時期に限られることなんです」
 
課題が朧気ながら見えてきた。私は社長が持つべき方針(3つのW)は、
Who:子供にいちごで喜んでもらいたい親
What:一年中いちごが食べられる環境を提供する
Why:いちごを通じて親子関係をよりよくする
ではないかと考えた。私は推進役として思い切って社長に伝えた。
 
社長は「まさにそれです!年中いちごが食べられる、触れ合える環境を実現したい考えていたことがあって、地元のいちごだけでは難しいので、他県や海外のいちごを取り扱う業者や、品種改良を研究する大学の先生と話したことがありました。色々な人と話しているうちにアイデアが膨らんでしまいました」とハッとした表情をした。
 私はホワイトボードに、1月から12月までを書き出し、社長から聞いたいちごが取れない月に印をし、それ以外で他からいちごが調達できそうな月にいちごの品種を書いた。そして埋まらない月については社長に「ここで調達できそうないちごを調べてはいかがでしょうか?調達が難しそうなら、品種改良を当たるのもありかもしれません」と伝えると、社長は「早速動きます」と力強く返事をした。あっという間の1時間の議論だった。
 
 社長は帰り際に「こういう議論をしたことはありませんでした。とてもいい刺激になりました。今後も定期的に議論させて頂くことは可能でしょうか?」と言い、私は「もちろんです。それが推進役の仕事ですから」と返答した。
 
後日、松廣税理士と久々に飲んだ。「社長、すごく喜んでいたよ。勝又のサポートを受けることにしたと聞いた。いつも助かるよ。ありがとう」彼の人間性が素直に好きだ。税理士の中には顧問になることを目的にする人間もいるが、彼は会社をよりよくしようとアンテナを張り、社長や従業員の話に耳を傾け、自分では手に負えないことは信頼するパートナーと共に解決しようとする。彼のような顧問が増えれば、多くの会社が救われることだろう。