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妖怪博士が話題、長引くコロナ禍にせめて心の余裕を

 「大学共通テスト国語の問題『続き気になる』と妖怪博士の本に注文殺到で増刷」(神戸新聞NEXT2021.1.26)という記事があった。香川雅信さんの「江戸の妖怪革命」序章が共通テスト問題に使われ、話題となっているというのだ。
 妖怪博士。著者の香川雅信さんに興味を覚えた。

 香川さんは、1969年、香川県生まれ。当時、日本では例のなかった妖怪をテーマとした論文で博士号取得。そのため「妖怪博士」と呼ばれる。1999年より兵庫県立歴史博物館に勤務。学芸課長。主な研究テーマは、「妖怪」と「玩具」。
 妖怪は「『いない』ことを前提に、『人間はなぜ、妖怪を必要としてきたのか』を研究して」、「『妖怪を必要としてきた人間(の文化)』の方を研究して」いる人だ。
 歴史博物館特別展「驚異と怪異—モンスターたちは告げる—」(2020.6.23〜8.16)を担当し、京都大学附属図書館所蔵の「アマビエ」図を展示したことでも有名だ。

 その図の説明には、熊本の海に現れた妖怪が、「当年より6年間は豊作が続くが、疫病が流行するので、自分の姿を写して見せよ」と言ったとある。

肥後国海中へ毎夜光物出る。所の役人行見るに、図の如く者現す。「私は海中に住アマビヱト申者也。當年より六ヶ年の間、諸国豊作也。併せ病流行。早々私を写し人々に見せ候え」と申て海中へ入けり。右は写し役人より江戸へ申来る写也。
  弘化三年四月中旬  (「肥後国海中の怪」本文)


 妖怪が病気の流行を予言し、その絵姿を見ることで疫病から逃れられるという伝承は各地にある。

 「神社姫(じんじゃひめ)」は、美女の頭に竜の胴体。「疫病から逃れるには、我が姿を写して人に見せよ」と告げたとある。神社姫の正体は「人魚」だったといわれ、次は「人魚」が珍重された。
 江戸時代はコレラが流行したので、恐怖に襲われた人々は、ワラにもすがる思いで絵姿を求めた。

 予言獣としては「件(クダン)」がよく知られている。人間の顔をして牛の体を持っている。人間の顔をした子牛が生まれると、人の言葉で予言を残し、すぐに死んでしまう。その予言は必ず当たるといわれた。
 こういう予言妖怪は他にもいる。

 アマビエは、京大図書館にある1点のみ存在する。
 本来は「アマビコ」の言い伝え間違いではないかとの説がある。「アマビコ(海彦、天彦)」は、3本足の猿の姿で描かれる。アマビコの伝承はいくつか記録されている。それがアマビエの本来の姿ではないかといわれる。猿が魚人となり、「ビコ」が「ビエ」と書き間違えられた。海に行き、海の人魚のような姿になったのではないかと思われる。
 もともと海には不思議なことがいっぱいある。


 これらの妖怪が流行したのが江戸時代だ。
 本来、「日本人は自然への恐れや、理屈では説明できない事象への答えとして妖怪という存在を生み出して」きた。そして、江戸時代になると、「『妖怪なんていない』という考えが常識になって」いき、「『いないけれどもいるということにして楽しんだ方がいい』と考え」るようになった。そして、百鬼夜行図などが描かれ、黄表紙にも妖怪が出てくるようになった、と香川さんは述べる。


 黄表紙(きびょうし)は、子ども向けの「桃太郎」のような赤本から発展し、江戸で大人向けに作られた絵本だ。遊里が舞台になることも多く、絵と文が一体となった絵物語、大人の絵本だ。

 その中で、おもしろおかしく化け物、妖怪がたくさん出てくる。ウサギやタヌキも人間の格好をして人間の言葉を話す。鬼や妖怪も当然登場する。ついには仏様や神様まで登場する作品がある。

 当時の江戸庶民は、寺子屋で読み書きそろばんを学んでいたので、かな書きの冊子をよく読んでいる。庶民だけでなく、豪商や武士、旗本も読者となっている。ただの絵本ではない。知識人が読んでいたのだ。
 江戸の土産として黄表紙が地方に伝わり、後にそれが発見されたりもしている。

 黄表紙には、「心」も登場する。これは、人の姿をして、顔が丸い玉になっており、玉に「心」と書いてある。
 悪い心は、丸い玉に「悪」と書いてあり、良い心は「善」と書かれる。この黄表紙(山東京伝の「心学早染艸」しんがくはやぞめぐさ)から、「善玉」「悪玉」という言葉が生まれた。
 妖怪どころか、神や仏、人の心までキャラクターにしたのが江戸の庶民だ。作者がどんなキャラクターを考えても、人々が受け入れなかったら流行しない。

 江戸の人たちは、武士も町人も農民も、ひとたびコレラにかかればコロリと死んでしまう。ほかの伝染病も、薬草を飲むしか治療法がなかった。大きな恐怖の中に生きていた。
 一方ではすがって助けを求めるはずの神や仏を笑っている。では信心深くなかったかといわれれば、そんなことはない。信仰は厚い。
 信心とは別に、遊び心があったのだろう。



 100年前のスペイン風邪も終息には3年かかっている。
 2年目の今年もコロナは続くものと思わなければならないだろう。

 近年、世間で忘れられた妖怪も、「おばけは死なない」(ゲゲゲの鬼太郎)で、よみがえる。水木しげるがよみがえらせ、今また香川さんらが復活させた。

 復活するものがあれば、消えるものもある。江戸のコレラも100年前のスペイン風邪もいつまでも続いたものではなく、終息している。新型コロナも必ず終息する。ワクチンがあろうとなかろうと、必ず終息する。


 コロナ禍でくさることなく、心を病むことなく、心に余裕をもって生きていきたい。


(タイトルの絵は『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)の原画を元に着色した)



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