古川柳八篇⑤ 愛想のよいのを惚れられたと思ひ 柄井川柳の誹風柳多留
文芸には、男と女を題材としたものが多い。LGBTQと言いながらも、基本は男女の仲が中心となる。それが生物としての本来の姿だろう。男女の機微を詠んだ作品も多く創られた。
江戸時代に柄井川柳が選んだ川柳を集めた「誹風柳多留八篇」の紹介、最終回。
読みやすい表記にし、次に、記載番号と原本の表記、そして七七の前句をつける。自己流の意訳と、七七のコメントをつけているものもある。
愛想のよいのを惚れられたと思ひ
463 あいそうのよいのをほれられたと思ひ 末の為なり末の為なり
愛想よくされたら、「おっ、俺に惚れてるな」と男は勘違いしてしまう。それを川柳にして笑っていればいいけど、本気にして女性を刺殺するなんて事件もある。現代人にもこんな川柳を作れる心の余裕がほしい。
笑ったぞあの娘は俺に惚れている
男はいつもうぬぼれたまま
わたしをばばかした気さと内儀言ひ
402 わたしをばばかした気さと内儀いひ 馬鹿なことかな馬鹿なことかな
私をだました(ばかした)気になっている。ばかなダンナだ(馬鹿なことかな)と、おかみさん(内儀)が言っている。男はいつも女房の手のひらの上で踊らされている。
朝帰り一人しやべつて静かなり
598 朝がへり壱人しやべつて静なり とゞきこそすれとゞきこそすれ
朝帰りしたのは夫。一人しゃべっているのは妻。夫は一言もなく静かにしている。という解釈とともに、逆の解釈もできる。ブスっと何も言わない妻に、一生懸命いいわけをしている夫。どちらにしても、家庭内ではよくある話?
朝帰り回らぬ舌で言ひ負ける
689 朝がへり廻らぬ舌でいひまける けんどんな事けんどんな事
こっちの朝帰りの夫は、まだ酒が残っており、ろれつが回らない。回らぬ舌で一生懸命いいわけをしている。なんで結婚したら男はこんなに弱くなるんだろうな。まあ、それで夫婦はうまくいくのだろう。「慳貪」は、ここでは、「無愛想」の意味で使っている。
女性の地位が低い時代だといわれても、男尊女卑の時代だといわれても、現実の夫婦の間では、いつの間にか女房の方が強くなっていく。
以上で「誹風柳多留八篇」の紹介はおしまい。
古川柳は江戸の人々の日常を五七五にして表現している。「古」がぬけた現代の川柳は、人生の真実をどこまで表現できているだろうか。
江戸の川柳を見ていくと、現代川柳を創作するときの参考にもなるだろう。江戸時代の「誹風柳多留」は、まだまだ続いて出版される。
今までに紹介した江戸の川柳は、以下にまとめてある。「作品集」としても見ることができるようにしているので、参考にしてほしい。
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