072 「ひとはひとりでは生きてゆけない」から
「人はひとりでは生きてゆけない」
よく見聞きする短文である。
これは現代の一つの常識である。
しかし、子供の頃には今ほど聞かなかった文句である。
現実の生活を見渡せば、何一つとっても、自分ひとりだけの力で作れない。
だから真理のように聞こえる。
絶対の真理の一つである。
なぜ当たり前のことをわざわざいうのだろうか。
そこで、目の前に「人はひとりでは生きてゆけない」という友人がいたとする。
さてこの友人になんと応えたらいいのだろうか考えてみる。
まともに応えるなら「だから、みんなで助け合って生きてゆこう」となる。
しかし、これでは応えになっていないのが残念である。
この応えは相手に反発せず、そのまま受け入れている。
相手を否定しない、まず受け入れる、カウンセリングでも基本とする考え方である。
一見すると辻褄があってごくまっとうな答えのように思える。
しかし実は問題をもっとも深刻化していく考え方である。
それは、字面だけを完全是認(全く正しいことと認識している)しているからである。
友人は「人は一人では生きられない」という状況を文字通りしっかり認識している。
くどいようだが、そういう世の中で生きていることを充分承知している。
子供でも知っていることである。
しかし、それをそのまま気分いいことだと感じていないのである。
でも仕方ないと頭で考えているのである。
だから「人は一人では生きてゆけない」と、できない、否定的な表現になる。
仮に心地いいことと感じていれば、「皆で生きるのは気分がいい」とかになる。
もっとストレート(率直)な言い方になるはずである。
「人はひとりでは生きてゆけない」
この文句はどういう心境の時に出てくるのか。
この文句を吐く心境がわからなければ、それに応える下の句は作れない。
そうしないと心のやりとり(意思の疎通・コミュニケーション)にならなくなる。
上の句の吐く心境を推し量るのには、上の句の上の句を考えるのがいい。
上句の上句がわかれば、上の句がどういう心境からかわかる。
そうすれば、気持ちを汲んで下の句を続けられる。
応えは大きく分けて二つある。
上の上の意を続ける「だから」と逆説になる「だけど」である。
「だから人はひとりで生きてゆけない」となるのか。
「だけど人はひとりで生きてゆけない」となるのか。
まず「だから人はひとりでは生きてゆけない」を考えてみる。
この前にある句はなんだろうか。
「私は人間であり、人間は社会的であるから」とか
「一人ではなにも出来ない」とかの類である。
これは気持ちでなく、理屈とか理論である。
だから、仮にこれに応えても気持ちに応えたことにならないのである。
そこに気持ちである念が残り、残念となるのである。
次に「だけど、人はひとりでは生きていけない」とすると、その前にある句はなにか。
「本当はだれの世話にもならず、自分ひとりで生きゆきたいけれど」
といった気持ちが隠れているのがわかる。
ここに尊厳が隠れている。
「○○できない」の前に、「○○したいだけど」がある。
「○○したいけど、○○できない、のだ」という心理である。
「人はひとりでは生きてゆけない」と心が完全に受け入れていないのである。
だから、わざわざ口に出して言うのである。
ここにあるのは、やるせない気持ちである。
ここにあるのは、なげきであり、諦めなのである。
と分かれば、応じられる。
「本当はひとりで生きてゆきたいけど」といった気持ちが先にある。
だけど「人はひとりでは生きてゆけない」と続いているのである。
その隠れている気持ちを汲んで、下の句をスムーズに続けてみる。
「だから、なるべく一人で生きよう」となる。
常識に負けず、常識に合わせず、
常識と離れず、常識を是認も否認をしない。
常識をただの常識とみる。
そこの常識の尊厳がある。
くどいようだが別の言い方をしてみる。
「どうせ一人では生きてはいけないのだから」に続けることばがある。
それは「せめて皆で助け合って生きよう」ではないのである。
すこしひねりの効いた「せめて自分でできることは自分でしよう」なのである。
今の常識に対する疑問の答えは今の常識の外にある。
今の常識の中に答えはない。
「ひとはひとりでは生きてゆけない」は今の常識である。
これに対する疑問の応えは以前の常識にある。
それは「なるべく自身のことを自分でする」という以前の常識である。
これが友人でなく自分だったらどうか。
自分の疑問にどう自身で応えるか。
友人を通じて見えているのは、もう一人の自分である。
あたりさわりのない答えでは、到底もう一人の自分を納得させられない。
「人はひとりでは生きられない」といった心境になる時がある。
そんな気分を共有しても気は納まらない。
ましてや、助け合いをして擬似的に自分の心を満たしても、決して本心は満たない。
気分が収まらない問題の解決になるどころか、解決をどんどん難しくしていく。
ひとのうた
ひとはひと
ひとはひとりでに
ひととなり
ひとにならねば
ひとでなし
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