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手のひらの 唇の脇の 手の甲の

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連載小説『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』をまとめています。(全11話)
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#豪雨災害

『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(最終話)

『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(最終話)

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(前のお話)

 昨日の夜もきちんとベッドの上で寝たはずだったのだが、横になると久しぶりに布団で眠れるのだ、という感覚になった。
 隣に京佳さんがいるという状況は変わらないはずなのに、睡魔が強烈に襲ってきたことを覚えている。そのまま、僕は何もせずに朝を迎えた。
「おはよう。ごめん、僕の職場まで通勤にどれくらい掛かるか分からないから、早く起きすぎた」
「んーん。昨日寝るの早かった

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『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(10/11)

『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(10/11)

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(前のお話)

 ずいぶん長く眠ったように感じたが、早朝に目が覚めた。
「おはよ」
 完全な寝起きではない声色の京佳さんが、口の中だけであくびをする。
「外はもう明るい。早いけど、僕はもう行かなくちゃ」
 口で言ってはみたが、昨日見た自分の部屋の光景を思うと、動く気力が湧いてこない。水が引いてからそろそろ丸一日になる。時間とともに、汚らしい床が干からびていく様子まで想像できる。

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『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(9/11)

『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(9/11)

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(前のお話)

 翌日土曜日の朝方になって、僕は目的の駅まで運ばれた。座席で眠りはしたが、停車中の車内で小脇に仕事の鞄を抱えた状態では深く眠れなかった。あるいは姿勢だけの問題ではなかったのかもしれないが、とにかくほとんど寝た気がしなかったのだ。

 駅近くの立体駐車場に歩いて向かいながら、京佳さんと話した。
「無地に着いたよ。駅までは」
「遊悟くん、疲れたでしょう?」
「疲れた

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『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(8/11)

『手のひらの 唇の脇の 手の甲の』(8/11)

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(前のお話)

 僕は京佳さんと平坦な時間を過ごした。
 と、自分では思っている。
 春に桜を見に行ったのは僕が「どこに行く?」と聞いたら京佳さんが「桜を見にいきましょう」と言ったからで、「きれいだね」と言いながら、僕らは写真も撮らずに広い公園を歩いた。
「桜が見たいから」ではなく、春に行くとすれば、ごく一般的だから「桜を――」と京佳さんが答えているであろうと、僕は推測していた

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