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【小説】 旅草 —空に浮かぶ街 福楽実 後半

前半


十九頁

しき
「ん、なんだ?」
「どうして、笑顔えがおきらいになるとおもいます?」
「アイツのことか」
わたしは、かなしかったりくるしかったりするときほど、わらってるかおきたくなります。下絵したえかず、なに意識いしきせずに、ただ一枚いちまい白紙はくし笑顔えがおめてくと、すこしでもおだやかな気分きぶんになってきます。それほどちからつものなのに、どうして」
「アイツの場合ばあいやみちかくおおきくかかわってくるだろうな」
やみちからが?」
 しきつづいて、玉兎ぎょくとさま説明せつめいする。
やみやみものは、狂大きょうだいちからわりにこころやみとらわれ、多大ただい心労しんろう常時じょうじ背負せおっている」
ゆえに、やみやつらはひねくれモンばっかだ。そんなやつらのうことなんか、にしたってしょうがない」
「そうですか……でも、旅草たびくさって、たたうものなのでしょうか。わたしはただ、平穏へいおんたびがしたいのですが……」
「そもそも世界せかい不穏ふおんだらけだ。平穏へいおんもクソもねぇ」
「そんな、かなしい……」
 うだうだとためいきをつくわたしに、埜良のらさんの堪忍かんにんれた。
「もー! 恵虹けいこう、そんなウダウダかんがえてないで、まえのものにたってくだけろだ!」
 葉緒はおちゃんもった。
恵虹けいこうさん、たたかうのがいやなら、たたかわないで解決かいけつするようなやりかたでやればいいとおもいます。恵虹けいこうさんらしいやり方で」
わたらしいやりかた……」
 そのときしまほうから、舞林まいりんさんがんできた。
「おーい! おーい! リン!」
舞林まいりんさん」
「わあ、舞林まいりんさんだー」
「みんなー! 上見うえみてみてー! リン!」
 われたとおりに見上みあげてみると、各層かくそう風樹ふうじゅ透明とうめいかべおおくのたみたちがあつまっていた。みな恵虹けいこうたちに注目ちゅうもくして、なにやらさけんだり、じていのりをささげたりしているたみもいた。
「みんな『がんばって』って、応援おうえんしているんだよ。風樹ふうじゅかべ分厚ぶあついし、距離きょりもあるから全然ぜんぜんこえてないけど、みんな期待きたいせているんだ。突然とつぜんあらわれた、自分じぶんたちを希望きぼうへとみちびいてくれる英雄えいゆうたちに。リン!」
 こえはしない。でも、かれらの熱意ねついは、このけてしまうほど鮮烈せんれつつたわった。
 わたしかれらをて、あたまかんだ言葉ことばをぽつりつぶいた。

民草たみくさ

 民草たみくさのために、ちからるうこと。これこそ、最大さいだいさちである。
 
 ひとむかしまえきた、とある偉人いじんのこした言葉ことば伝記でんきんだこの言葉ことばいまおもした。
 こころなかで、わたしおもいがかたまった。
 「たしかに。そうですね! ありがとうございます、葉緒はおちゃん!」

 場所ばしょわって、福楽実ふくらみじょう王座ぎょくざこしろす刃賀じんがは、機嫌きげんい。
貴様きさまもわかっておるな。我輩わがはい歯向はむかう馬鹿共ばかどもは、みな死刑しけいだ」
 かれる刃賀じんがに、みの青年せいねんあきれた様子ようすでためいきをついた。
おごるでない。其方そなたらごときにけるようであれば、ぼく相手あいてをしてやる価値かちもないという意味いみだ」
 青年せいねんがそううと、刃賀じんがかおをしかめた。

二十頁

貴様きさまだれ味方みかただ?」
だれ味方みかたにつくつもりもない。ぼくぼくだ。だが、すくなくとも其方そなたかれかなうことなど、まんひとつとしてない。その理由りゆうは、其方そなたには到底とうてい理解りかいできないことだ」
 そうって、青年せいねん刃賀じんがまえからった。

 翌日よくじつくに運命うんめいをかけた勝負しょうぶときおとずれた。恵虹けいこうたち旅草たびくさは、この三日間みっかかんで、さく十分じゅうぶんり、万全ばんぜん状態じょうたいのぞんだ。
 風樹ふうき第八層だいはっそうひだりにある闘技場とうぎじょう。その客席きゃくせきには、国中くにじゅうたみたちがあつまっていた。そのなかには、幽閉ゆうへい一時解除いちじかいじょされている、元国王もとこくおう一家いっか姿すがたもあった。

『さあ、ついにやってまいりましたー! くに福楽実ふくらみ』の運命うんめいをかけた三本勝負さんぼんしょうぶー!! 黒鬼族くろおにぞくたい旅草たびくさ英雄えいゆうたち。我々われわれさきひかりか、さらなるやみか、これいかに!! リン!』
 実況席じっきょうせきすわり、この仕切しきっているのは、舞林まいりんだ。おとうと二人ふたり両端りょうたんすわっている。
『さっそくはじめてもいいかな? リン?』
ぼくかないでよ」
「いいんじゃない?」
 すると、実況席じっきょうせき蝙蝠こうもりりてきて、舞林まいりんたちにった。
「いいよ、はじめちゃって」
『じゃあ、はじめっ! リン!』
 
 そのまえに、枢基すうき勝負しょうぶ形式けいしき規則きそくみなはなす。
 
一回戦目いっかいせんめ単純たんじゅん一騎いっきち、二回戦目にかいせんめ二対二にたいに提携戦れんたい三回戦目さんかいせんめ建前たてまえでは一騎いっきちですが、一人ひとり補助ほじょとして、実質じっしつ二対二にたいに対決たいけつです。
 勝負しょうぶ規則きそくとしましては、許可きょかされた以外いがい人数にんずう闘技とうぎ舞台ぶたいつことをきんじること、それ以外いがいからの援助えんじょ妨害行為ぼうがいこういきんじること、必要ひつよう以上いじょう武器ぶき道具どうぐなどをまないこと、勝負しょうぶ相手あいてなせないこと。これらの違反いはんられた場合ばあい即失格そくしっかくとなります』
不正ふせいはダメ絶対ぜったい
不正ふせいじゃなくとも、勝負しょうぶであるかぎ勝敗しょうはいかならずつくもの。旅草たびくさたちがてば『福楽実ふくらみ』は刃賀じんが殿どの支配しはいから解放かいほうされて自由じゆうになることができます。しかし、かれらがければ、かれらとぼく三人さんにんくびとなり、支配しはいからのがれることも出来できません』
ぼくらのいのちとこのくに未来みらいのためにも、旅草たびくささんたちには絶対ぜったいってもらいたい!』
偏向実況へんこうじっきょう
ぼくらの英雄えいゆう、がんばれー!」

『それでは勝負しょうぶきましょう! 第一回戦だいいっかいせんは、一騎討いっきうち! われらの英雄えいゆう旅草たびくさがわからは、かみなりちからつかさどまもがみ埜良のらちゃんだ!』

 闘技場とうぎじょう舞台ぶたい鉄檻てつおりげられた。そこから埜良のらてきた。

たいする黒鬼くろおにがわからは、刃賀じんが殿どののご子息しぞく下團くだん殿どのだ!』

 埜良あいて相手あいてとしててきたわかおとこは、権力者けんりょくおや恩恵おんけいをものの見事みごとけているにおいがプンプンだ。
 二人ふたり対峙たいじした。

二十一頁

「なんだ、ぼくちんの相手あいては、こんな辛子からしむすめか。められたものだな」
めてんのはそっちでしょ、気持きもちいいくらいのぼんぼんが相手あいてなんて、まばたきしてるあいだ勝負しょうぶわっちゃうわ」

両者りょうしゃバチバチにえております。それでは、第一勝負だいいちしょうぶ開始かいしっ!』

 たたかいの火蓋ひぶたってとされた。

黒曜岩こくようがんかべ
 開幕かいまく早々そうそう下團くだんはすぐさきに、くろおおきないわした。直後ちょくご埜良のら雷光らいこうはやさでちかづき、いわった。
無駄むだだ。このいわは、とても頑丈がんじょうになるよう創造そうぞうしたからな。兎人とじんりだってとおさない」

下團くだん殿どのは、防御ぼうぎょてっするさくのよう。埜良のらちゃんのかみなりはやさで、この大岩おおやま突破とっぱできるか!』
「がんばれ、埜良のらちゃん!」
萌右もう、おまえ応援おうえんてっするつもりだろう」
 
いわいろ漆黒しっこくやみつうずるこのぼくちんならば、漆黒しっこくこうをのぞくことなど可能かのうまっている)
 下團くだん漆黒しっこくいわを|透視《と
うし》し、埜良のら様子ようす確認かくにんする。
 
黒曜雨こくようう
 
 下團くだんは、埜良のら背後はいご複数ふくすうさき刃物はもののように鋭利えいりいし出現しゅつげんさせ、その背中せなか目掛めがけてばした。
 危険きけん察知さっちした埜良のらは、すぐによこへとかわした。かわしたさきへも同様どうようかずばし、それを何度なんどかえして、埜良のらめる。

下團くだん殿どのおのれ防御ぼうえいてっしつつ、相手あいてすきをつくという、なんとも卑劣ひれつな……』
『しかし、にかなった戦法せんぽうです(偏向実況へんこうじっきょうダメ絶対ぜったい)』
埜良のらちゃん……」

 埜良のらは、いわのないよこまわむが、下團くだん一瞬いっしゅんのこりの三方向さんほうこうにもおなじようないわあらわし、四方しほうまもりを完璧かんぺきかためることに成功せいこうした。これで下團くだんは、攻撃こうげき集中しゅうちゅうすることが可能かのうになった。
「はっはー、たか。これでぼくすことなど出来できやしない。たか、辛子からしむすめ!」
 ただ四方しほういわかこっただけで調子ちょうしをこく下團くだんに、その上空じょうくうでじわじわと雷雲らいうんつくっていた埜良のらは、ドンと背中せなか太鼓たいこたたいた。
 大岩たいこかこまれたせま面積めんせきに、ピカッ! ドカン! とかみなりとされた。

落雷らくらい

 下團くだんつくった、四方しほうかこ大岩おおいわ消滅しょうめつした。かみちからもの気絶きぜつしたとき、そのものちからつくったものは消滅しょうめつする。同志どうしなんかがいだりしないかぎりは。

『おーっと! ここで埜楽のらちゃんのかみなりちから炸裂さくれつ!! 大岩おおいわえ、下團くだん殿どのたおれてうごかない!!』

二十二頁

勝負しょうぶはついたな」
 蝙蝠こうもりった。
『ということで、三本勝負さんぼんしょうぶ第一回戦だいいっかいせん勝者しょうしゃ埜良のらちゃん!!』
 
 会場かいじょう歓声かんせいつつまれた。埜良のら下團くだんった。

ってる? かみなりって、そらからちてくるものなんだぜ?」

下團くだん殿どの盲点もうてんいた、アッパレの一撃いちげき! 最高さいこうだよ、埜良のらちゃん リン!』
 
 埜良のらは、自分じぶんりかかる数々かずかず歓声かんせいに、両手りょうてんおおきくってこたえた。

「さて、もうつぎってもいいかな リン!」
「いいんじゃない?」

『それでは、つぎたたかいにまいりたいとおもいます。第二回戦にかいせん二対二にたいに提携戦れんたいせん! われらが旅草たびくさがわからは、つき神様かみさま愛娘まなむすめ葉緒はおちゃん! と、霊人族れいじんぞくで、おと神様かみさま信仰しんこうする、琵琶びわきの歌龍かりゅうくん!』
 入場口にゅうじょうぐちからてきた葉緒はおは、やけに上機嫌じょうきげんだった。るんるんの笑顔えがお観客かんきゃくにも元気げんきいっぱいにった。まるでみなのアイドルのように。
 それとは対照的たいしょうてきに、歌龍かりゅう観客かんきゃくかずとそのねつ圧倒あっとうされたのか、おくしたかおひざもプルプルふるえていた。
 なかなかまえすすめない歌龍かりゅうを、葉緒はおってれていく。

たいする黒鬼側くろおにけいからは、この二名にめい!』

 葉緒はおたちのかいがわからてきたのは、ゴリゴリにゴツい筋肉達磨きんにくだるまども。

刃賀じんが殿どのみぎひだりみぎうでふとほう拳魔けんま殿どのひだりあしふとほう葦卑子あしひこ殿どのだ!』
紹介しょうかい仕方しかた、ちょっとざつじゃない?」
「というか、この試合しあいてるかな……? 体格差たいかくさが……半端はんぱないけど」

 やまのような大男おおおとこ二人ふたり相手あいてにして、無論むろんガクガクにふるえる歌龍かりゅうたいして、葉緒はおみまだ、るんるん笑顔えがおやしていない。
 黒鬼くろおに一人ひとり葉緒はおたずねた。
こわくないのか」
「うん、いま葉緒はお最強さいきょうなんだよ! 玉兎ぎょくとさまうでによりをかけてつくってくれたお弁当べんとうをさっきべたから!」

『かわいー!』
「おい。……にしても、すごい度胸どきょうだな」
「かっこいいなぁ」
 
 葉緒はお純粋無垢じゅんすいむくこたえに、二人ふた黒鬼くろおにどもは嘲笑あざわらう。
弁当べんとうだと?」
「それをって、百人力ひゃくにんりきってか? くだらねぇ」
 馬鹿ばかにされた葉緒はおは「なによ」とほおふくらました。

二十三頁

『それでは、第二勝負だいにしょうぶ開始かいしっ!』

 はじまった玉響たまゆら先手せんてったのは歌龍かりゅう琵琶びわかなで、みな視線しせんきつける。

まどうた金縛かなしばり〜】
 おどろおどろしいきょくかなで、ひとのろうような気味きみわるうたうたう。

「な、なんだこれ」
うごかねぇ」

『なんと、歌龍かりゅうくんがかなでる不穏ふおんうた影響えいきょうか、拳魔けんま殿どの葦卑子あしひこ殿どのうごかなくなってしまった〜』

うたてきせいするとは、めずらしい発想はっそうね、お兄様にいさま
「そうだな、空姫そらひめかれおとかみしんじているとっていたが、おそらくは、響芸ひびき出身しゅっしんものだろう」
むかしおと信者しんじゃはなしをしたときいたことがある。御守おまもりをたたいて、おとのさらなるちからとき異次元いじげん世界せかいひらかれると」
「お父様とおさま異次元いじげん世界せかいというのは……」
勿論もちろんわたしはそれをたことがないゆえくわしくはらないが、そのものはなしでは、その世界せかいには無数むすううた貯蔵ちょぞうされており、ほっしたイメージにぴったりなうたながれてくると」
「それはすごい」
うためられた効果こうかによって、戦況せんきょう変化へんかさせる。それが、おと信者しんじゃたたかかた
 そのもの琵琶びわきだったが、琵琶びわはじうえうたうたえば、効果こうか二倍にばいだ」

鏡花水月きょうかすいげつみだざき〜】
 葉緒はお周囲しゅうい何体なんたいもの自分じぶん分身ぶんしんつくした。そして、かたまる黒鬼くろおに二人ふたりまわりをぐるぐるとまわる。

歌龍かりゅうくん」
 葉緒はおさけぶと、歌龍かりゅう琵琶びわまった。

【おいしさ満天まんてん! 天満あまみつさんさん!】
 たくさんやした葉緒はおたち全員ぜんいんから、浄化じょうかひかりはなたれる。
 
さきほどの無礼ぶれいをおびしたい」
「悪いことをした」
 これほどの月光げっこうびた黒鬼くろおにどもは、すっかりこころ浄化じょうかされ、葉緒はおまえにひれして謝罪しゃざいした。

『おっと、拳魔すいま殿どの葦卑子あしひこ殿どの二人ふたりそろって葉緒はおちゃんにひれした〜!』
「これは、勝負しょうぶがついたとっていいだろう」

拳魔すいま殿どの葦卑子あしひこ殿どの戦意喪失せんいそうしつにつき、第二回戦だいにかいせん勝者しょうしゃ葉緒はおちゃん、歌龍かりゅうくんだ〜! リン!』

 葉緒はお歌龍かりゅうよろこんで、たがいのかりゅうれた。

二十四頁

『さあ、いよいよ、第三回戦だいさんかいせん! 最後さいご勝負しょうぶとなりました! その内容ないよう一対一いったいいち一騎いっきちですが、両者りょうしゃにはそれぞれ一人ひとり補助ほじょをつけることが可能かのうです。われらが旅草たびくさがわからは、このほう! なんといろちからつかさどる! そらをもいろど旅草たびくさ恵虹けいこうさん! その補助ほじょには、歌龍かりゅうくんがつきます リン』
 
 入場口にゅうじょうぐちからてきた恵虹けいこうは【お色直いろなおし】をして、しろ姿すがたになっていたが、ところどころにむらさきを入れていて、みのアイツをしているようだ。

たいする黒鬼くろおにがわからは、すべての元凶げんきょう黒鬼くろおにたちをべ、ぼくらを支配しはいする刃賀じんが殿! 補助ほじょには、刃賀じんが殿どの側近そっきん緑鬼みどりおに曙夜しょよ御前ごぜん!』
りょう陣営じんえい大将たいしょう相対そうたいする、この勝負しょうぶ勝敗しょうはいで、福楽実ふくらみ未来みらいまります……』
恵虹けいこうさん、頑張がんばってー!!」
 萌右助もうすけつづいて、観客かんきゃくみんな精一杯せいいっぱい声援せいえん恵虹けいこうおくった。
 すると、恵虹けいこうけいこう空色そらいろまった。舞林まいりんいろおなじだ。
『ご安心あんしんください。皆様みなさま未来みらいは、希望きぼうあふれています。わたしは、恵虹けいこう希望きぼういろめぐものです』
「フン、つまらん。“希望きぼう” なんてものは、この存在そんざいしない。この存在そんざいするのは、やみ絶望ぜつぼうだけだ。貴様きさまらはなに夢見ゆめみている!?」

『あ、そうそう。この勝負しょうぶはあくまで一騎討いっきうちなので、補助ほじょ方々かたがたにはさないように! リン! それでは、第三回戦だいさんかいせん開始かいしっ!」

暗黒あんこく濃霧のうむ
 
 先手せんてったのは、刃賀じんが舞台上ぶたいじょう暗闇くらやみにする。

にじとばり
 
 暗闇くらやみかえすように、舞台上ぶたいじょうだけでなく、闘技場とうぎじょう全体ぜんたい虹色にじいろかこみ、どこもかしこもにじだらけ。
 会場中かいじょうじゅうがどよめいた。「にじだ!」「虹色にじいろだ!」とさけび、いきものおおくいた。
 
 刃賀じんがも、にじいろ壮大そうだいちから圧倒あっとうされつつも、「くだらん」といしばり、かたなかまえ、恵虹けいこう目掛めがけて突進とっしんする。だが、かたなりかざしたころには、恵虹けいこう姿すがたはそこになかった。
 やつの感知かんちし、かみなりちから刃賀じんがとは真逆まぎゃく方向ほうこうすすんだのだ。
歌龍かりゅうさん、音楽おんがくを!」
「はいよっ!」
 恵虹けいこうめいけて、歌龍かりゅう琵琶びわかなで、うたうたった。

うつ鯉登こいのぼり〜】
 
 歌龍かりゅう音楽おんがくわせて、恵虹けいこうにじ流水りゅうすい発生はっせいさせ、ぐるりぐるりと舞台上ぶたいじょうかこう、おおきな螺旋らせんえがいた。
 この螺旋らせん刃賀じんがは「なんだこれは」とおののき、身構みがまえた。
 くして、この螺旋らせんにじ一体いったいこいあらわれた。おおきさは恵虹けいこう同等どうとうだが、はただの錦鯉にしきごいだ。

二十五頁

 恵虹けいこうこいにまたがり、とも螺旋らせんにじのぼっていく。やつのかお
きしていた。そしてやつは、好物こうぶつにくまんをうつし、食《く》いながら、純白じゅんぱくかみのその一部いちぶ歌龍かりゅうおな青緑あおみどりえ、刃賀じんがけてさけんだ。
「かかってきなさい、刃賀じんが殿どの!!」
 見事みごとなアオりっぷりだ。
 刃賀じんが刃賀じんがで、やつの口車くちぐるまっかり、憤慨ふんがいした。
めるなよ!! クソわらべがァ!!!」
 刃賀じんが次々つぎつぎ攻撃こうげきした。だが、すべてをことごとはじかれ、やつらはまらない。
 グッといしばり、うしろをかえって、補助ほじょやく曙夜しょよ怒鳴どなった。
曙夜しょよ!! なにをしている!? 貴様きさま攻撃こうげきをせぬか!!!」
 うつろなかお二人ふたりたたかいをていた、やみちからつ、緑鬼みどりおにむすめ刃賀じんが怒鳴どなごえに、むすめかおしたに向けた。それから、ギロリと般若はんにゃのようないかめしい形相ぎょうそうで、刃賀じんがにらんだ。
絶対ぜったいいやだ」
 そうって曙夜しょよは、みずらのやみで、刃賀じんが拘束こうそくした。
『おっと! まさかの仲間なかまれ!? 曙夜しょよ御前ごぜん刃賀じんが殿どの拘束こうそく!!」
 手足てあしくちふさがれて、刃賀じんが怒鳴どなることすらできない。刃賀じんが拘束こうそくした曙夜しょよは、なにおもいをたくすように、恵虹けいこうをじっとた。
 その有様ありさま不思議ふしぎそうにていた恵虹けいこうは、にこっとわらって曙夜しょよった。
きますよ」
 そうつぶやいて、こいおよぐスピードを一気いっきはやめた。
 そして、にじ螺旋らせん頂上ちょうじょうまで辿たどくと、そのままのいきおいで、ちゅうした。
 するとこいは、りゅうへと変化へんかした。
こいりゅうになった——」
 外野がいやていた連中れんちゅうは、呆然ぼうぜんくちけていた。
「これはまさに、あき大国たいこくおこなわれる『鯉登こいのぼり』だ」
 りゅうは、こい何倍なんばいものおおきさになった。にじ螺旋らせんえ、わりにりゅう空中くうちゅうでトグロをいていた。恵虹けいこうはその龍頭りゅうとうすわり、拘束こうそくされている刃賀じんが見下みおろした。
「これでわりです!」

にじ後光ごこう

 三百六十さんびゃくろくじゅうかこう【にじとばり】から、虹色にじいろひかり放射線ほうしゃせんじょうはなたれ、そのすべてが身動みうごきのれない刃賀じんが命中めいちゅうした。虹色にじには、厄除けと幸運こううんをもたらすちからっている。
 そんな平和へいわ希望きぼうちからをとくとあじわった闇使やみつかいは、そのまぶしさにえきれず、うしなった。
 すべての【うつ】を削除さくじょして、恵虹けいこう一言ひとことはなつ。

人生じんせいは、たのしんだものちなのです」

刃賀じんが殿どの戦闘不能せんとうふのう。よって、第三回戦だいさんかいせん勝者しょうしゃ恵虹けいこうさん!!』

 客席きゃくせきからはいままで以上いじょう熱狂的ねっきょうてき歓声かんせいがった。

「……やったな……恵虹けいこう……」
 歌龍かりゅうがなぜかおも足取あしどりで恵虹けいこうちかづいた。
歌龍かりゅうさん。……どうしました?」
「いや……ホント……カッコよかった……ぜ——」
 言葉ことばのこしてたおれる歌龍かりゅうを、恵虹けいこうあわててめた。

二十六頁

歌龍かりゅうさん、大丈夫ですか!? 歌龍かりゅうさん!?」
 応答おうとうがない。歌龍かりゅうは、刃賀じんが同様どうよううしなった。
「……あれっ? わたし歌龍かりゅうさんにはててませんよね?」

馬鹿ばかめ」

「あっ、しき歌龍かりゅうさん、どうして気絶きぜつしてるのでしょう」
「そりゃあ、おめぇのにじのせいだろ」
「でも、【にじ後光ごこう】は歌龍かりゅうさんにはねらっていませんし、【とばり単体たんたいではそこまでつよくもしてません。歌龍かりゅうさんは、やみちからではありませんからそこまで影響えいきょうはないはずですが……」
やみ信者しんじゃでなくとも、こういう陽気ようきちから不得意ふとくいなやつもいるもんだ」
「えぇ! ウソぉ!!」

「この場合ばあいは、うたよ」
 そうってあらわれたのは、おとかみ沙楽さらさまだ。
「なんだ、沙楽さらか」
千呂流ちろる歌龍かりゅう)は、根暗ねくらで、陽気ようきうたとか苦手にがてなんだけど、それでも気負きおいがちで、つい無茶むちゃしちゃうのよ。今回こんかいだって、『チョーゼツあかるくてキラキラしたうた』を所望しょもうしてたし♪」

 原因げんいん判明はんめいした恵虹けいこうは、かなしげなかおで、ぎゅっと歌龍かりゅうきしめた。
「ごめんなさい、歌龍かりゅうさん。無理むりをさせてしまいましたね……

『「福楽実ふくらみ」の命運めいうんをかけた三本勝負さんぼん!! ったのは——旅草たびくさみなさんです!!』

 こうして『福楽実ふくらみ』は、刃賀じんが黒鬼くろおにどもの支配しはいから解放かいほうされた。以前いぜんくにおさめていた国王こくおう天伸てんしんとその家族かぞく王家おうけ権威けんいもどし、福楽実ふくらみしろもどった。
 散々さんざんくに横暴おうぼうはたらいた刃賀じんが黒鬼くろおにどもは、天伸てんしんいのちにより、牢屋ろうやれられた。

 国王こくおうは、国民こくみん一同いちどう恵虹けいこう旅草けいこうたちを風樹ふうじゅ第十層だいじゅっそう福楽実ふくらみじょうまえまねいた。
 おうたみまえち、くちひらいた。
「まずは、恵虹けいこう葉緒はお埜良のら歌龍かりゅう。このくにすくってくれてありがとう。舞林まいりん枢基すうき萌右助もうすけも、くにのためにうごいてくれてありがとう。とくに、舞林まいりんには我々われわれ王家おうけいのちすくわれた。本当ほんとうにありがとう。
 そして、国民こくみん皆々みなみな不甲斐ふがい国王こくおうのせいで、このくにながきにわたって、やみとらわれてしまった。これはおうであるわたし責任せきにんがある。すまなかった。つらくくるしい日々ひびをよくぞ今日きょうまでびてくれた!」
 謝罪しゃざい感謝かんしゃめて、国王こくおう民衆みんしゅうけて、深々ふかぶかあたまげた。
 国王こくおうたいして、たみたちはさけんだ。
かおをおげください、国王様こくおうさま!」「たしかに毎日まいにち大変たいへんでしたが、つらくはありませんでした!」「それどころか、たのしくもありました!」「舞林まいりんが、いつもぼくらをわらわせてくれたから」「いつでも陽気ようき振舞ふるまう、舞林まいりんくんに、いつも元気げんきをもらっていました」
「ありがとう、舞林まいりん!」「ありがとう!」
 口々くちぐち舞林まいりんたたえ、感謝かんしゃするたみたちに、当人とうにんはなはおどろいている様子ようすだ。
 おうくびたてって、くちひらいた。
復帰ふっきして早々そうそうだが、わたしおうからりようとおもう」
「えっ、どうしてですか?」
わたしはかつて大敗北だいはいぼくきっし、くに国民こくみんまもるという、おうとしての責務さいむたせなかった愚王ぐおうがどうしてこうものうのうと王位おういもどってられる? 諸外国しょがいこくにもしめしがつかん。
 なにより、わたしよりもこのくにおうとなるにふさわしいものがいる。舞林まいりん其方そなたにこのくにおうまかせたい」

二十七頁

「え、ええっ!!」

 これには舞林まいりんはもちろん、おとうと二人ふたりおもわずさけんだ。

「な……なぜわたしごときが」

其方そなたはこれまでずっと、みな笑顔えがおにしつづけ、闇中あんちゅうにあったこのくにあかるくらしつづけた。恵虹けいこうたちをこのくにんだのも、其方そなただとな。
 其方そなたはこのくに英雄えいゆうだ。ぜひとも、福楽実ふくらみおうとなってもらいたい」
「しっ、しかし、わたし一人ひとりくにをうまくおさめられるとはおもえません」
かっておる。そこで、枢基すうき萌右助もうすけにもともおうとなり、舞林まいりんささえてもらいたいとかんがえている」
ぼくらもですか?」「三人さんにん王様おうさまがいていいのですか?」
べつに、国王こくおう一人ひとりでなければいけないというまりもない。それに、たった一人ひとりまかせるよりも三人さんにんおさめたほうくに安定あんていするものだ。それぞれ価値観かちかん思考しこうちがう、其方そなた三兄弟さんきょうだいならな」
「……それでも、わたしたちはしがない農民のうみんたいした知恵ちえ教養きょうようもございません」
「そんなもの、あとからにつけてけばいい。くにおさめるおうとして、なによりも大事だいじなものは、くにとそのたみおもう、じんこころだ。其方そなたらにはそれがある。
 おう素質そしつ十分じゅうぶんだ」
 ここまでをいて、舞林まいりんからはなみだあふれた。
 国民こくみんたちからも舞林まいりんたちをこえがたくさんこえた。

舞林まいりんさん……」
 恵虹けいこうもつられていていた。
「なんで恵虹けいこういてるの?」
 軽くため息をついて、埜良が言った。
いてなどおりません!」
 しかし、あふなみだを、葉緒はおからわたされた手拭てぬぐいでぬぐった。
 
 舞林まいりんは、国民こくみんたちからの声援せいえんおとうたたちからの合意ごういて、福楽実ふくらみおさめるおうとなることを決意けついした。
 民衆みんしゅうほうき、宣言せんげんした。
「わかりました。この風前ふうぜん舞林まいりん枢基すうき萌右助もうすけは、福楽実ふくらみこくおうとなり、国民こくみん皆様みなさまあかるい未来みらいみちびくことをちかいます!」
 
 こうして、舞林まいりん枢基すうき萌右助もうすけ三兄弟さんきょうだいは、福楽実ふくらみわか三人さんにんおうとなった。
 早速さっそく戴冠式たいかんしきおこなわれたのち、くにげてまつりがもよおされた。
 刃賀じんが国民こくみんからしぼった挙句あげく大量たいりょうあましていた食料しょくりょう使つかった、しろ料理人りょうりにんたちのお手製てせい料理りょうりたみみんなった。調理ちょうりには葉緒はおくわわり、葉緒はおつくった料理りょうりべたものたちは、こころ浄化じょうかされていた。
 舞林まいりんは、みずからの空気くうきちから恵虹けいこういろちからわせてつくったやぐらうえって、なにやらヘンテコなおどりをおどっていた。地元じもと連中れんちゅうにとっては、馴染なじみあるおどりらしい。萌右助もうすけ筆頭ひっとうに、一緒いっしょになっておどるやつらもいた。
 たみらと一緒いっしょになっておど兄弟きょうだい二人ひっとうに、枢基すうきは「おい国王こくおう」とあきれていた。
 埜良のら一緒いっしょおどってたのしみ、歌龍かりゅう雰囲気ふうきわせてたのしげな音楽おんがくかなでていた。

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 そのかたわら、葉緒はお料理りょうりっている屋台やたいのすぐそばで、恵虹けいこうにくまんを頬張ほおばっていた。やつのとなりにいる白雲丸しらくもまるにのせられた大皿おおざらうえには、月見団子つきみだんごごとく、たくさんのにくまんがげられていた。
 無我夢中むがむちゅうにくまんを頬張ほおばるやつのは、にくまんでキラッキラだ。
「あ、しきにもなにってきましょうか?」
 恵虹けいこうは、葉緒はお月夜つくよ二人ふたりった。
「いいですね。せっかくのおまつりですもの。色様しきさまにもたのしんでいただきたいですよね」
 葉緒はおよろこんでった。
しきのことですから、わたし様子ようすついでにおまつりの様子ようすのぞいているとはおもいますが、こんな美味おいしそうな料理りょうりまえにして、なにべないのはもったいないです」
たして、食《た》べるだろうか」
「わたし、色様しきさまぶんつくりますね」
「いや、おれはいらねーよ」
 仕方しかたなく、おれあたまだけであらわれてやった。
「あ、しき
色様しきさま
色様しきさいなにべますか?」
にくまんべます?」
「いらねーよ。おれのことはにすんな」
色様しきさま人間にんげんたちのはいってともたのしむというのも、一興いっきょうかと」
「そうですよ、せっかくのおまつりですよ。いま、このときを、もっとたのしまないと」
「それをうならおまえおどりにかねーのか?」
わたし遠慮えんりょしておきます」
 恵虹けいこうはそうって、またにくまんを頬張ほおばった。

いま、お時間じかんいただいてもよろしいでしょうか?」

 突然とつぜん何者なにものかからこえをかけられた。わたしたちは反応はんのうし、そちらをくと、奇妙きみょう容姿ようし男性だんせいっていた。
 まずにつくのは、背中せなかからえている猛禽類もうきんるい立派りっぱつばさ。それから、するどつめあし。しかし、ひざからうえ人体じんたいという、鳥人ちょうじんそのものである。
 かみいろは、胡桃くるみ樹皮じゅひめたかのような黄褐色おうかっしょくで、あきうみにはめずらしい短髪たんぱつひたいさらしていた。そのうえうしろにらしたみじか毛束けたば一部いちぶ赤色あかいろめられていた。格好かっこうからしても、流行りゅうこう最先端さいせんたんっていた。
 はだいろあわ柿色かきいろ身長しんちょう葉緒はおちゃんよりすこたかいくらいの小柄こがらながとがったみみからして、人類じんるいとしての種族しゅるい兎人とじんぞくであろう。
 
 かれさき挨拶あいさつ自己紹介じこしょうかいった。
「こんにちは。ぼくせい佐鳥さとりいみな楊平ようへいあざな知隼ちはやもうします。出身しゅっしんは、秋大陸あきたいりく黒槌くろづち山中やまなかにあるさと鳥里とりさとというところで、とりかみ信仰しんこうしております。お見知みしりおきを」
 これをいて、わたしはハッとした。かれは、世界せかいまたにかける新聞記者しんぶんきしゃであり、歴史学者れきしがくしゃでもある。かれいた数々かずかず歴史本れきしぼんはとてもわかりやすく、まなびにもなったゆえわたしこのんでんでいた。
 どれほどほんもうとも、著者ちょしゃかおえないゆえからなかったが、まさかこんな若々わかわかしい姿すがたをしていたとは衝撃しょうげき事実じじつであった。兎人とじんぞくは、三百年さんびゃくねんきる長寿ちょうじゅ種族しゅぞくで、知隼ちはや殿どのとし二百にひゃくえているはず。
 戸惑とまどいをおさえ、わたしかれ自己紹介じこしょうかいをする。
はじめまして、わたしは……」
ってるよ。恵虹けいこうくんでしょ? きみは、世界せかいまたにかけるほどの人気にんきだからね」
わたし自身じしんはまだかけれていませんが……」
恵虹けいこうさんって、そんなにすご絵師えしさんだったのですね」

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「そうだよ。きみ作品さくひんていると、きみひととなりがよくかるよ。にくまんが好物こうぶつだったり、己斐戸こいどの「鯉登こいのぼり」に感銘かんめいけていたり、人物画じんぶつがとく服飾ふくしょくこだわったもよくいていたよね」
すごい、わたしのことよくっているんだな。……まるでどっかの超能力者ちょうのうりょくみたい)
 そうおもうと、かおだけのいろがじっとわたしにらんだ。
男女だんじょわず、ときにその垣根かきねえたコーディネートで、服飾界隈ふくしょくかいわいをいつもおどろかせていたよ。そんな面白おもしろが、まさか色彩しきさいの宇宙そらさま庇護下ひごかにあって、さらに旅草たびくさだとった。ぼくきみへの興味きょうみきないよ」
りすぎじゃねぇか?」
 しき文句もんくらした。不満ふまんいていないが、わたしおなじようなことをおもった。
最後さいごへんは、いまさっきったことだけどね」
 かれは、観察力かんさつりょく推察力すいさつりょくにもすぐれているようだ。
「ところで、知隼ちはや殿どのわたしなにようですか?」
「そうそう、ぜひきみにもてもらいたいことがあってね。きみになっているであろう、彼女かのじょのことさ」

 知隼ちはや殿どのわたし二人ふたりで、福楽実ふくらみじょうかった。それにづいた三王さんおうみなさんもまつりりをした。

 かれのいう「彼女」とは、刃賀じんが側近そっきんにいた、緑鬼みどりおに少女しょうじょのことだった。
 舞林まいりんさんいわく、彼女かのじょやみ市場しじょうされ、刃賀じんがわれた奴隷どれいだそうだ。
 舞林まいりんさんに紹介しょうかいされると、彼女かのじょ——をあけぼのさん。三本勝負さんぼんしょうぶときばれていた曙夜しょよというは、刃賀じんがにつけられていたものである。あけぼのさんは、あつくかかった前髪まえがみげた。
 ひたいには、ぱっちりとしたがあった。そのわたしは、おぞましい嫌悪感けんおかんさいなまれた。
「もう……大丈夫だいじょうぶですから。無理むりしないでください」
無理むりしてるつもりはないです。わたしにおそれるものは、もうなにもないので」
 せつない彼女かのじょ一言ひとことに、むねがズキズキいたい。
恵虹けいこうさん? わたしにれてみてください」
「え?」
 一瞬いっしゅん戸惑とまどいをおぼえたが、彼女かのじょ意図いとはすぐにかった。
 わたし了承りょうしょうし、目線めせんわせて彼女かのじょほほにそっとれた。
 
 そしてふたつのじて、わたし前髪まえがみおくひそむ、第三だいさんひらいた。

恵虹けいこうさんもまさか……」
「しっ。あんまりこえしていいもんじゃないんだ」

 あけぼのさんがこれまで辿めぐってきた過去かこは、けっしていものではない。つ、他人たにんもの過去かこのぞけるちから自他じた危険きけん未来みらい予知よちできるちから第三者だいさんしゃ視界しかいりることができるちからほっして、やみ市場しじょうられていた彼女かのじょった。
 なんて貴重きちょう存在そんざいることができたのだから、大切たいせつあつかうべきなのに、やつらはあけぼのさんを粗末そまつあつかった。
 とき暴力ぼうりょくるったり、くら場所ばしょめたり、こんなやつら、神様かみさままっせられればいいのに、やつらのしんじるかみやみかみ。どんな悪事あくじはたらこうとも、呆気あっけなくゆるされる。
 にくたらしいはなだ。
 だからやみ市場しじょうなんてものが存在そんざいするんだ。

三十頁

 あけぼのさんが市場しじょう出回でまわったのは、いまから四年前よねんまえ。うららかな陽気ようきしたおさなおんな一緒いっしょにおはなんでいたところを黒鬼くろおにどもにさらわれた。それ以前いぜんは、ちちはは祖母そぼいもうと五人ごにんらし、長閑のどかしあわせな日々ひびおくっていた。

 もしとらわれていなかったら、彼女かのじょいまはるのうららかな場所ばしょで、家族かぞく友人ゆうじんらしていただろう。かなしみがつのるばかりだ。

 はるは、第三だいさんじて、ふたつのけた。
舞林まいりんさん、……あけぼのさんには、彼女かのじょ安否あんぴあんずる家族かぞくがいます。彼女かのじょ故郷こきょうおくとどけてあげてください」
 舞林まいりんさんのをじっとった。
ぼくらは、彼女かのじょにはまだここにいてしいとおもうんです。故郷こきょうかえしたいおもいもありますが、かえしたところでまたさらわれるかもしれない」
「あけぼのさんのやみちから強力きょうりょくですし、自分じぶんまも程度ていどであれば大丈夫だいじょうぶかと」
「それが、やみちからはあのかたられてしまいまして、まった使つかえない状態じょうたいなんです」
「あのかた?」
みのかれだよ」
 アイツが!?
「あのものは、あけぼのさんだけでなく、刃賀じんが殿どのすべての黒鬼くろおにものたちのやみちからってしまった。いまかれらに、悪意あくいまったられません」
「おなかのそこからわき悪意あくいや、重苦おもぐるしさはほとんどかんじられなくなったかわりに、やみちからうしなわれた。ただかみしきくろなだけの、ただそれだけのもの
「うう……からない。かれなんののためにったのだろう。みなすくうため? それとも、自分じぶん強化きょうかするため?」
 そのどちらでもありそうだ。
ぼくは、かれ心配しんぱいだよ。いくらかれわかいとはいえ、そんなにもやみいだえたら寿命じゅみょうがごっそりけずれてしまうよ。ただでさえ、やみちからもの短命たんめいなのに」
 ここで、あらためて舞林まいりんさんはあけぼのさんにけてった。
「……正直しょうじきなところ、あけぼのさんにこのくににいてしい理由りゆうは、今後こんごきみちからりたいからなんだ。これから『福楽実ふくらみ』や国民こくみんみなりかかる危険きけん予測よそくができれば、それをふせぐことができる。
 もちろん、ここにいれば絶対安全ぜったいあんぜんだとはえない。ぼくらだって全然ぜんぜんつよくないし、まただれかがめてきたとき対処たいしょできるわけでもない。だから、きみちから必要ひつようだとおもったんだ。
 もうきみつらおもいはさせない。これから毎日まいにちたのしいものにしてせるし、なにがあってもきみまもく。
 だからおねがい——」
 
福楽実ふくらみに、ちからして!」

 真摯しんしぐにおもいをぶつける舞林まいりんさんに、あけぼのさんは最初さいしょおどろ見開みひらいていたが、やがてそのまなこから、ぽろりとなみだこぼれた。

「……わたしでよければ」

 この一言ひとことに、舞林まいりんさん、枢基すうきさん、萌右助もうすけさんの三王さんおうかおは、ぱあっとれた。

三十一頁

「ありがとう! これからよろしくね! リン!」

国民こくみんには、まつりのあとつたえよう」

ぼくたちみなで、福楽実ふくらみ立派りっぱにしていくぞー!」

 かんがかたはバラバラな三人さんにんだけれど、この三人さんにんちからわせてすすんでけば、福楽実ふくらみくに着実ちゃくじつ成長せいちょうげてくだろう。
 なみだながしながら、あけぼのさんはった。
「おれいいたいのは、わたしのほうです。こんなわたしをそこまでぐに必要ひつようとしてくれてありがとう。恵虹けいこうさんも、わたしのためにそこまでいてくれてありがとう。なんだかこころすくわれたわ」
「べつにあけぼのさんのためじゃないです!」

 そこへ、知隼ちはや殿どのくちひらいた。
前途ぜんとあるわか王様おうさまさんたちに、ぼくから一言ひとこと未来みらいくしたいのなら、まず歴史れきしをよく勉強べんきょうすることだよ。歴史れきしつねかえすから。
 過去かこきた問題もんだい過去かこひとがどうやってえたのか、悲惨ひさん結果けっかになってしまったひとたちはどうしてそうなったのか、無事ぶじえられたひとたちのその秘訣ひけつなんか、そういうのをることで、これからたような問題もんだいりかかっても、対策たいさくてるってものさ。
 勉強べんきょうには、ぜひぼく歴史書れきししょんでよ。言葉ことばおぼええたての幼子おさなごでもかりやすいのもいっぱいあるからさ」
 これをのこして、かれ部屋へやってった。わたしもそのあとうように、部屋へやあとにした。
 

 翌日よくじつ恵虹けいこう旅草たびくさは、あらたなたびへとおもむくため、福楽実ふくらみわかれをげる。
 くにすくってくれたれいとして、たくさんのみず食料しょくりょうなどがおくられた。
「ありがとう!」「ぼくらの英雄えいゆうー!」
 ふねまえあつまるたみたちがこんな言葉ことばをいっぱいばした。

「それでは、出航しゅっこうです!」

 かじり、大海原おおうなばらした。
 恵虹けいこうも、群衆ぐんしゅうけていっぱいにった。

 ふね福楽実ふくらみしまからかなりとおざかったころとおとおうえほうからこえこえた。

『おーい! おーい! みんなー! うえて! リン!』

 舞林まいりんこえだ。見上みあげると、十層じゅっそうもある巨大きょだい風樹ふううえに、舞林まいりん枢基すうき萌右助もうすけ、あけぼのの四人よにんっていた。その距離きょりはあまりにかけはなれており、やつらは米粒こめつぶ程度ていどおおきさだが、とく舞林まいりんかりやすい。

 見上みあげていた恵虹けいこうたちは、やがてくちおおきくけていった。
 やつらのさきには、福楽実ふくらみかこうように、おおきく立派りっぱにじがかかっていた。

にじだ!』

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