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【小説】 旅草 —空に浮かぶ街 福楽実 前半


一頁

 清々すがすがしい青空あおぞらに、まばらにかぶくも。そのしたでは、旅草たびくさたちが、ひまつぶしていた。
 歌龍かりゅう琵琶びわかなで、葉緒はお埜良のら葉緒はおふところおさまる月夜つくよが、ゆららさららとみみれていた。
 その三人さんにん様子ようすを、はなれたところから恵虹けいこうが、うつしていた。それにづいた葉緒はおが、恵虹けいこうちかづく。
なにいてるんですか?」
葉緒はおちゃんたち三人さんにん様子ようすです」
「へぇー」
上手うまいものだな」
「ですから、葉緒はおちゃんがうごいてしまった以上いじょう、もうけなくなってしまったのですけどね」

主様ぬしさま! 主様ぬしさま!」
 
 このふね操縦そうじゅう周囲しゅうい見張みはりをになう、“虹色隊にじいろたい” の一人ひとり黄色きいろいいやつが、帆柱ほばしらうえ見張台みはりだいからこえった。
 恵虹けいこう葉緒はお歌龍や|埜良のらも、それぞれ作業さぎょう中断ちゅうだんし、そのこえ注目ちゅうもくした。
「どうしましたか? 黄太おうた!」
 恵虹けいこう返事へんじをする。
前方ぜんぽうから、何者なにものかが接近せっきんしてます!」
『え!?』
 おどろいたみなは、ふね先頭せんとういそいだ。

二頁

 ふねさきると、たしかに、へんなやつがこっちにんでている。
「な、なんだあれ」
ひとのようですが、みょう格好かっこうですね」
 みょう格好かっこうというのも、やつはからだ大半たいはんが、おおきな白玉しらたまおおわれて、あたまにもしろまる帽子ぼうしかぶっている。種族しゅぞくは、黄鬼きおにひと前頭ぜんとうに、一本いっぽん立派りっぱかどが、帽子ぼうしつらぬいてえている。
「おーい! 白玉しらたまー!」
「おーい!」
 埜良のら葉緒はおは、やつにかって、おおきくった。
 これにづいたのか、そら白玉しらたまのやつも、おおきくり、さらに速度そくどげた。

はじめまして、みなさん! ぼくは、舞林まいりん! われらが空気くうき神様かみさま天象てんしょうさまおさめる空気くうきまち、『福楽実ふくらみ』 からましたー! リン!」
 
『りん?』
「なあ、その、『ふくらみ』 ってのは、何処どこにあるんだ?」
ぼくうしろにえるだろう? でっかいでっかい、透明とうめいが!」
「あれですね」

 舞林まいりん背後はいごにあるのは、そらとどかんと、たかたかばし、地上ちじょう見下みくだすように堂々どうどうとそびえつ、透明とうめいのデッカい大樹たいじゅだ。
 ふとふとみきから、左右さゆうふたつの方向ほうそうわざかれした、ごと楕円だえんかたちをしたあのなかに、たみまちむらがある。この透明とうめい楕円だえん双葉ふたばは、うえ二段にだん三段さんだん階層かいそうがあり、頂上ちょうじょうまで、十階じゅっかいある。一番いちばんうえ十階じゅっかいには、このくにおさむ、しろっている。
 この大樹たいじゅは、“風樹ふうじゅ” といい、そのなかさかえるくにを『福楽実ふくらみ』という。
「わあ、すごい!」
「たっかーい!」
本当ほんとうに、あのなかくにがあんのか?」
「そうだよ、われらが天象てんしょうさまの、すんごいおちからのおかげさ! リン!」
「ということは、あの大樹たいじゅは、空気くうきでできているということですか?」
「そういうさ! リン!」
 空気くうきでできた建造物けんぞうぶつ。にわかにはしんがた事実じじつに、葉緒はおかがやかせ、埜良のら歌龍かりゅう愕然がくぜんとした。
「おねえさんは、これがどういう仕組しくみか、かるかい? リン!」
 と舞林まいりんは、恵虹けいこうはなしった。
(おねえさん!?)
 これには、ほか三人さんにんまるくした。
 だが恵虹けいこうは、にせずいにこたえた。
空気くうき凝固ぎょうこしてるのではないですか? それでかべゆかつくり、そこに土地とちおよまちつくったみたいな」
大名答だいめいとう! 物知ものしりだねー! リン! かみちから達人たつじんなかじゃ、固形物こけいぶつ固形化こけいかするってのは、常識じょうしきごとなんだってねー! リン!」
わたしもよくやっていますよ」
玉兎ぎょくとさまや、つきうさぎさんたちもよくやってたよね」
葉緒はお……」
「じゃあ、おれおと固形化こけいかできんの? おと固形化こけいかってなんだ?」
「アタシのかみなりも? ……かみなりかためたらどうなるんだろう」

三頁

 仕方しかたねぇから、おれてきて、有難ありがたおしえをいてやった。
「いいか、小僧こぞうども。この世界せかいじゃ “想像力そうぞうりょく” がつよさのカギだ。たとえば、かみ信仰しんこうし、ちからたとしよう。
 普通ふつうなら、たん発生はっせいさせ、ものもややしたり、夕食ゆうしょくつくりに役立やくだてたりするだろうな。もちろん、それもわるくないが、かみちから無限大むげんだいだ。から連想れんそうしたモンなら、ありねェことでも、屁理屈へりくつでも現実げんじつとなる。
 自他じた熱血漢ねっけつかんえたり、ほのお獅子しし立髪たてがみえるなら【ほのお獅子しし】なんてモンになってもいいかもしれん。逆転ぎゃくてん発想はっそうで、つめてぇモンにするのもありかもな」
つめたい?」
「そんなんあんのか?」
「やってみっか?」とおれいろちから実践じっせんする。
 
冷火れいか

 メラメラとがる水色みずいろほのお。だがはっしているのはねつではなく冷気れいきだ。ほのおあたりの温度おんどをみるみるげていく。
『さ、さむい!』
えているのにさむい」
 おれほのおし、はなしつづけた。
「そういうことだ。固定概念こていがいねんぱらい、やわらかいあたまほかくことができりゃあ最強さいきょうだな」
固定概念こていがいねんぱらうか〜。めっちゃあたま使つかうやつだよね……むりだ〜」
変幻自在へんげんじざい多彩たさいわざ……、おれそんな天才てんさいじゃねぇし」
 埜良のら歌龍かりゅうあたまかかえ、うなった。
 恵虹けいこうのやつはった。
「ですからまずは、ゆめやロマン、きなやりかたつらぬいてけばいとおもいます。
 十人十色じゅうにんといろ十人じゅうにんには十通じゅうとおりのいろがあるように、埜良のらさんには埜良のらさんの、歌龍かりゅうさんには歌龍かりゅうさんの、葉緒はおちゃんには葉緒はおちゃんの、わたしにはわたしいろがあるのですから」
「まあ、そうだな。きなこと、すこしでも興味きょうみいたものはめて、それらをかきあつめれば、ほかとはちがう、自分じぶんならではの戦法せんぽうつかるはずだ」

「……本当ほんとう素敵すてきかんがえだな。……リン」

 なおして、舞林まいりんった。
みなさんて、旅人たびびとさんだよね? リン!」
「そうですが」と言う恵虹けいこうなかさえぎって、葉緒はお語気ごきつよめてはなった。
「いいえ! わたしたちは、旅人たびびとではありません!」
 他三人ほかさんにんは、「えっ?」と呆気あっけられた。
旅草たびくさです!!」
「いや、さほどわりませんよ。葉緒はおちゃん……」
 舞林まいりんは、口元くちもとてて、くすくすわらった。
「ごめんなさい。では、旅草たびくささんたち。よければ『福楽実ふくらみ』にっていかないかい? リン!」
 これに旅草たびくさたちは、一寸いっすんまよいもなく賛同さんどうした。
 
 ふね船着ふなつめて、恵虹けいこうたちは『福楽実ふくらみ』に上陸じょうりくした。

四頁

「ようこそ! そらかぶまち、『福楽実ふくらみ』へ!! リン!」
 玉響たまゆら舞林まいりんのパンパンのからに、とげのついたふとつるきついた。
 突然とつぜんのことで、恵虹けいこうたち一同いちどう驚嘆きょうたんした。このつるあやつるのは、舞林まいりんて、ひと一本角いっぽんつの黄鬼きおにかみまなこいろ黄緑きみどり。これは、植物しょくぶつかみしんじているものあかしだ。
 舞林まいりんは、随分ずいぶんときつくけられており、にぶうめいていた。
「まったく、馬鹿ばかにい! 勝手かってにふわふわんで行くなって言ってるだろ!」
「ミキ……とげきはやめてってってるだろ……自慢じまんのふわふわがれる……リン……」
れて本望ほんもう
 しかし、とげはそこまで鋭利えいりではないため、舞林まいりんのパンパンなからだれなかった。
「それで、そのひとたちは?」
「おきゃくさんだよ、旅草たびくささんたちさ」
 舞林まいりん紹介しょうかいされ、恵虹けいこうたち一行いっこうは、おとうと自己紹介じこしょうかいをした。
ぼくは、せい風前ふうぜんいみな幹助みきすけあざな枢基すうきもうします。ここには、面白おもしろいものなんてなにもありませんよ」
 枢基すうきのこの言葉ことばに、恵虹けいこうたちは反論はんろんする。
「いいえ、いま時点じてんでもすごく面白おもしろいですよ。わたし興味きょうみきません」
「そうです、そうです」
「“そらかぶまち” なんてたことないよ!」
一番いちばんテッペンまでけんのかな?」
 歌龍かりゅう何気なにげないこの一言ひとことに、舞林まいりん枢基すうき二人ふたりは、ドキッとあおざめた。
無理むりです。ぼくらじゃ最上階さいじょうかいにはけない」
風樹ふうじゅ最上階さいじょうかいにあるのは、王族おうぞく貴族きぞくむおしろやお屋敷やしきで、ぼくらみたいな下市民しもじみんるのは場違ばちがいだし、禁忌きんきなんだよ。リン!」
一般市民いっぱんしみん自由じゆうできるのは、一階いっかいから七階ななかいまでです。そこからうえ富裕層ふゆうそう範囲はんいですから。
「まあ、そうだよな〜」
 歌龍かりゅうは、すこ残念ざんにんそうに、あかるくわらばした。
 舞林まいりん枢基すうきかおには、かげりがえた。

 はなは極太ごくぶと風樹ふうじゅみきふもとには、数多かずおおくのとびらが、等間隔とうかんかくならんでいた。
「ここからうえにあがるのですか?」
 恵虹けいこうたずねた。
「そうさ! リン! なかのでっかいあかいやつは、富裕層ふゆうそう御用達ごようたし。だから、下市民しもじみん使つかえない。普通ふつうたみは、そのほか透明とうめいなやつを使つかうのさ。リン! 
 どの戸口とぐちを使っても、どこのかいにもけるから安心して! リン!」
 説明せつめいをする舞林まいりんは、いまだにつるくくられて、ちゅうただよっていた。まさに風船ふうせんはなは滑稽こっけいだな。
「それで? このとびらからどうやってうえくんですか?」
 葉緒はおくびかたむけてった。
昇降しょうこうかごって移動いどうするんだよ」
 そうって、枢基すうきとびらのすぐとなりいてある、ちいさなかねを リン とらした。
「その仕組しくみが、結構けっこう面白おもしろいんだよ〜! リン!」
 すると、うえから四角しかくおおきなかごりてきた。とびらがあるとっても、ほとんどが透明とうめいで、かごそとから丸見まるみえだ。
 りてきたかごて、恵虹けいこうたち一同いちどうは、衝撃しょうげきけた。
「え、ウソでしょ……」
「ここって、うみだったっけ?」
「いいえ、ここは地上ちじょうですよ。しかし、間違まちがいありません」
「うわあ〜」

五頁

海月くらげだあ!』

「そう、福楽実ふくらみ名物めいぶつ、“海月籠くらげかご” !! リン!」
 こいつ、くくられてるくせに、やけにたのしそうだな。
 透明とうめいとびらひらいた。なかには、おんな一人ひとっていた。
「おたせしましたぁ。こちら、“海月籠くらげかご” でございまぁす!」
 気持きもわりぐさだな。
彼女かのじょは、籠女かごめさん! 海月籠くらげかごうごかしてくれるかただよ! リン!」
「どのそうかれますかぁ?」
第一層だいいっそうで」
「かしこまりましたぁ」
 一同いちどうは、かごった。流石さすが舞林まいりんりて、枢基すうきかれた。
 かごひろさは、四畳半よじょうはんとまあまあなひろさだ。
「では、第一層だいいっそうまいりまぁす!」

 風樹ふうじゅ第一層だいいっそうくと、ふたつあるのうちの、右側みぎがわおもむいた。
 そこには、仄々ほのぼのとした農村のうそんひろがっていた。
 
『すごーい!』
 むらについて早々そうそう恵虹けいこう旅草たびくさどもは、馬鹿ばからしく感嘆かんたんこえげた。
「ここ、本当ほんとう上空じょうくうにあるんだよな?」
いてるはずなのに、ぴょんぴょんしてもれないよ!」
「ほんとだー! ぴょんぴょん!」
「そりゃあ、それだけでれていては、生活せいかつなんてとてもできませんよ」
「そうだよ! これも空気くうきちからでカッチカチに固定こていして、うごかないようにしてるんだから! リン!」
「このつちも、もしや空気くうきちからですか?」
「さすがにちがいます。くうきちからで、草木くさき植物しょくぶつちからつくられているんです」
「なるほど」
かわいけとかのみずは、空気くうきだけどね。天候てんこうあやつれるから」
 そうって舞林まいりんは、ちいさなくもあらわして、くもらせた。
「すごぉい! あめってる!」
「チビあめだ〜!」
仕組しくみはかる説明せつめいしたし、はやくよ〜。萌右もうってるから」
「わかったよ〜。 リン!」

 移動いどうには、恵虹けっこう白雲丸しらくもまる使つかった。こいつは、変幻自在へんげんじざいで、どこまでもおおきくすることができ、何人なんにんでもせることができる、結構けっこう便利べんりなやつだ。
 舞林まいりん枢基すうき案内あんないのもと、やつらの住家すみかかう。しろ透明とうめい円頂屋根えんちょうやねしてんでくる太陽たいようひかりそらあお横切よこぎって。

「ここがぼくらのおうちだよ! リン!」
素敵すてき!」
 広々ひろびろとした田畑たはたに、ぽつりとたたずむ茅葺かやぶきいえ
風情ふぜいあふれる素敵すてきなおうちですね〜」

六頁

 恵虹けいこう仄々ほのぼのとしたかおった。
萌右もう! 今帰いまかえったよー!」
「ただいま〜。 リン!」
 舞林まいりん枢基すうきは、はたけ作業さぎょうしている少年しょうねんこえをかけた。
 そいつも二人ふたり同様どうようひと一本角いっぽんつの黄鬼きおにであった。
「あっ、舞兄まいにい! 幹兄みきにい! おかえり〜」
 仄々ほのぼのとした笑顔えがおで、った。
 舞林まいりんは、恵虹けいこうたちに紹介しょうかいする。
かれぼくらの可愛かわおとうと萌右助もうすけさ。リン!」
 萌右助もうすけまわりには、精霊族せいれいぞくのやつらがって、一緒いっしょ農作業のうさぎょうかっていた。
萌右もうちゃん、お野菜やさいいっぱいれたよ〜!」「こっちも大量たいりょうさ!」
「ありがとう、みんな」
 やつはそうって、精霊せいれいたちに指示しじした。見事みごとに、精霊せいれいたちをしたがえていやがる。
 それをて、歌龍かりゅうまるくした。
「へぇ、こんなところにも、精霊せいれいっているんだな」
精霊せいれいは、ひと笑顔えがおこのみ、笑顔えがおあるところにあらわれるんです」
 説明せつめいをする枢基すうきに、舞林まいりんは「ミキもわらえば、もっとえるとおもうよ」とった。枢基すうきは「無理むりだね」と速攻そっこう否定ひていした。
「どうして?」と舞林まいりんたずねると、枢基すうき
いまはそんな、わらってられる状況じょうきょうじゃないからだよ! なんで二人ふたりは、そんなヘラヘラとわらっていられるの!? いまがどんなにくるしいかからないの!!」
幹兄みきにい! そんなにおこらないでよ。……精霊せいれいたちがおびえてる」
 精霊せいれいどもは、萌右助もうすけ背中せなか作物さくもつかげなどにかくれて、ふるえていた。こいつらはぎゃくに、不穏ふおん空気くうきには滅法めっぽうよわい。過度かど心労しんろうあたえられればポッカリってしまう。
「……だって……」
 それ以上いじょうは、言葉ことばなかった。
 舞林まいりんった。
「いくらいま絶望的ぜつぼうてき状況じょうきょうでも、わらっちゃいけない理由りゆうにはなんないよ! リン!」
にい……」
「さっ、いまは、大事だいじなおきゃくさんをもてなそう! もう、お昼時ひるどきだよね。ごはんにしよう! リン!」
 そこで、葉緒はおがビシッとげた。
料理りょうりならわたしにおまかせを!」
葉緒はおちゃんは、うで料理人りょうりにんです」
葉緒はお料理りょうり格別かくべつだよっ!」
 恵虹けいこう埜良のらうしだてとなった。
「へぇ、そうなんだ〜。じゃあ、葉緒はおちゃんにつくってもらおうか」
「ありがとうございます!」
食材しょくざいなら、ぼくらの野菜やさい使つかってよ」
「いいのですか?」
「たくさんの野菜やさいそだてて収穫しゅうかくしているとね、あるんだよ。ものにならない粗悪品そあくひんが。
 派手はでにひんがったきゅうりやピーマン、きずはいったトマト、ぱっくりれたジャガイモ……とか、いろいろね。リン。 でも、べれないことはないから、ぼくらのごはんになってるのよ〜! リン!」
「なるほど」と恵虹けいこう相槌あいづちをうつ。
 葉緒はおは、まるめたてのひらをポンとむねてた。
まかせときなさい! この葉緒はおに、さばけない食材しょくざいなどありません!」

七頁

「よっ! われらがめい料理人りょうりにん!」とはや埜良のらと「どこでおぼえたんだ? その言葉ことば」と歌龍かりゅう。「どこからでしょう」と同調どうちょうする恵虹けいこう
 たのもしいと、舞林まいりんは、不格好ぶかっこう野菜やさい次々つぎつぎかごあつめた。その野菜類やさいるいて、葉緒はおった。
「もう、つく料理りょうりめました!」
はやい! なにつくるの!?」
埜良のらも、ノリノリだな、おい」
今回こんかいつくるおしな……それは —— “カリ煮込にこみ” です!!」
「カリ煮込にこみ?」
 歌龍かりゅう頭上ずじょうには、疑問符ぎもんふてきた。月夜つくよ説明せつめいをする。
「カリというのは、なつうみ一部地域いちぶちいきつたわる家庭料理かていりょうりで、たくさんの香辛料こうしんりょう使つかって調味ちょうみした、にく野菜やさい魚介類ぎょかいるいなどの料理りょうり総称そうしょうだ。
 葉緒はおつくるとったのは、そのなか煮込にこ料理りょうり、これは、貿易ぼうえきさかんくに大陸たいりく都市部としぶにもつたわって、ひろしたしまれている」
わたしべたことありますよ」
「アタシもー!」
おれらねーな。まあ、そこまででっかいくにじゃねーし、ちっこいしまだし」
「それで、香辛料こうしんりょうはありますか?」
 葉緒はお舞林まいりんたずねた。
「さすがにそれはないけど、市場しじょうにはってるよ。早速さっそくってみよう! リーン!」
 そうって舞林まいりんがった。
「あっ、ちょっ、にい!!」
 枢基すうき舞林まいりんをかざし、そこから、とげつるはなった。しかし、いとも容易たやすかわされた。
不意ふいちじゃなきゃ、つかまらないよ! リン!」
「さあ、こう、みんな!」と、恵虹けいこうたちを手招てまねく。
わたしは、ここにのこります」
 恵虹けいこうった。
おれのこるよ」
 歌龍かりゅうもそれにつづいた。
 ものには、葉緒はお埜良のら、それから月夜つくよ三名さんめいくことになった。

 失望しつぼうしたかおでためいきをつく枢基すうき
「はあ、まったく、あの馬鹿兄ばかにいは……」
わたしたちが手伝てつだいます」
「いいのですか?」
「はい! 歌龍かりゅうさんもいいですよね?」
「しゃーねー、おれ琵琶びわおとで、作業さぎょうはかどらせてやる!」
「え?」
 みょうめたこえったが、ただサボりたいだけだろ。
 歌龍かりゅう琵琶びわおとはじいた。
「わあ! それはたすかります〜」
 萌右助もうすけ一人ひとりだけは、かがやかせてよろこんだ。
「それではいてください!『頑張がんばれみんな』!!」
頑張がんばれ、頑張がんばれ、みんな〜」とクソな応援歌おうえんかうたうやつに、三人さんにんともども絶句ぜっっくした。
粗末そまつ応援歌おうえんかほどあたまにくるものはありませんよ」
 恵虹けいこうがきっぱりとはなった。
 結局けっきょく歌龍かりゅう農作業のうさぎょう手伝てつだった。

八頁

 一方いっぽう葉緒はお埜良のらわたし、そして舞林まいりんは、ふたび “海月籠くらげ” にむ。
「おたせしましたぁ。こちら、“海月籠くらげかご” でございまぁす」
 今度こんど籠女かごめは、先程さきほどものとはってわり、はなは冷淡れいたんものであった。
「どのかいかれますか?」
第五層だいごそうで」
「かしこまりましたぁ。では、おりください」
 一行いっこうは、かごむ。
第五層だいごそうまいりまぁす」
 
 第五層だいごそう到着とうちゃくすると、ふたつある部屋へや左側ひだりがわおもむいた。そこは、家屋かおくならまちであった。
 舞林まいりん案内あんないあるいてくと、周囲しゅうい家屋かおくとはちがう、煉瓦れんがづくりのおおきな建造物けんぞうぶつふたならぶ、大規模だいきぼ施設しせつがあった。そのぐちのすぐうえには、「五層左市ごそうひだりいち」とかれた横断幕おうだんまくかかげられていた。
「ここだよ! リン!」舞林まいりんった。
「おっきい建物たてものですね」
「ここが市場いちば?」
 感心かんしんする葉緒はおと、困惑こんわくする埜良のら
はいってればかる」と、舞林まいりん早速さっそく硝子がらす木材もくざいでできたとびらいた。

 なかはいると、ぐにつらかれた大通おおどおり。その両端りょうたんには、簡易的かんいてき屋台やたい店舗てんぽならんでいた。
「ここが、福楽実ふくらみ庶民しょみんにとっては、最大級さいだいのおものどころ五層左市ごそうひだりいち」さ! リン! ちなみに、五層左ごそうひだりというのは、ここのまちしめ名前なまえだよ。五層目ごそうめひだりまちだからね。リン!」
「その独特どくとく口癖くちぐせは、舞林まいりんじゃないか」
 初老しょろうあたりの男性だんせいこえけられた。
風詠ふうえいさん、こんにちは〜。リン!」
「そちらのじょうちゃんたちは?」
「このくにおとずれてきてくれたおきゃくさんだよ! リン!」
「へえ、客人きゃくじんとはめずらしい」
「おひるつくるために、香辛料こうしんりょういにたんだ! リン!」
「そうか。じゃ、その調子ちょうし元気げんきでな」
風詠ふうえいさんこそ! リン!」
 男性だんせいると、今度こんどは、二人ふたりわかむすめってた。
「あ、舞林まいりんさんだ!」
舞林まいりんさーん」
 この舞林まいりん人気にんきぶりに、葉緒はお埜良のら唖然あぜんとしていた。

 場所ばしょわって、ひと黄鬼きおに三兄弟きょうだいいえはたけだ。そこで農作業のうさくもつ手伝てつだ恵虹けいこう歌龍かりゅう。そのさながら、恵虹けいこう枢基すうきたずごとをした。
さきほどおっしゃった “いまわらってられる状況じょうきょうじゃない” って、どういうことですか?」
「……あなたがたには、関係かんけいないことです」
 枢基すうきは、無愛想ぶあいそうつらをしてった。
「この福楽実ふくらみくには、黒鬼くろおにひとたちの支配下しはいかにあるのです」
 わりに萌右助もうすけことはなした。枢基すうきは「おい!」とんだ。
なに余計よけいことを!

九頁

余計よけいじゃないよ! はなすぐらいなら、いいだろ? ……はなすくらいなら」
 萌右助もうすけ真剣しんけん眼差まなざしに、枢基すうきだまりこくって、めていた作業さぎょう再開さいかいした。
支配しはい……とは?」
 強張こわばったかお恵虹けいこうたずねる。
いまから十二年前じゅうにねんまえ突然とつぜん黒鬼くろおにやつらがやってきて、しろおそって王様おうさまたおし、福楽実ふくらみったのです。
 けた王様おうさまは、ころされはしませんでしたが、お妃様きさき王子様おうじさま王女様おうじょさまともしろから追放ついほうされ、第一層だいいっそうみぎのこのむらてられた小屋こや幽閉ゆうへいされてしまったのです」
「それはさぞかし屈辱的くつじょくてきでしょうね……」
王族おうぞくだけでなく、貴族きぞく方々かたがたおなじようない、不便ふべん生活せいかついられています」
「でもよー、このくにはいるのって、そう簡単かんたんことじゃないだろ? 住民じゅうみんでもないのに、どうやってはいったんだ?」
 くちはさんだ歌龍かりゅう。このいには、枢基すうきこたえた。
籠女かごめおどして、無理むりやり海月くらげうごかしたそうです」
庶民しょみんたちも、おかねもの大量たいりょうみつがされて、貧窮ひんきゅうしています。まずしさから、病気びょうきになってもどうすることもできず、ちちも、ははも……くなった」
「だから、にいには、長男ちょうなんとしてしっかりしてしいのに、いっつもふわふわどっかって!」
「……両親りょうしんくなったかなしさやくるしさで、ぼくはずっといていた。

 そんなときまいにいは、天象《てんしょう》さまにおいのりして、かみいろそらいろえた——」
 
 いているぼく。そのまえ舞兄まいにいはしゃがんで、こうった。

萌右もうてみて!」

 右手みぎて親指おやゆび人差ひとさゆびをくっつけて、っかをつくった。そして、そのっかに息を吹き込んだ。

 すると、っかからは、ぷくぷくとたくさんの泡玉あわだまてきて、そらった。

「どうどう? すごいでしょ?」

 いきなり泡玉あわだまてきたおどろきと、舞兄まいにいのそのとし見合みあわないはしゃぎっぷりに、ぼくわらってった。

「うん、すごい」

 これにあじめたのか、舞兄まいにいは、度々たびたびぼく泡玉あわだまげいせてきた。ぼくだけじゃない、幹兄みきにい近所》の|人《ひとたちにもせまくって、幹兄みきにいにはしぶかおをされつづけているが、たくさんのひと元気げんきけた。
 てくる泡玉あわだまは、だんだんとおおきくなっていき、仕舞しまいには、舞兄まいにい自身じしんおおきな泡玉あわだまとなってそらった。
 ふわふわとそらまいにい姿すがたは、なんとも滑稽こっけい可笑おかしくて、みんなのわらものになった。

 またあるとき舞兄まいにいった。
「りん……りん……。“りん” ってってると、なんだかしあわせな気持きもちになるよね。リン!」
 こうして「リン!」が、舞兄まいにい口癖くちぐせとなった。

十頁

 このはなしいた恵虹けいこうは、うるうるとなみだめていた。
舞林まいりんさん……なんてかたでしょう……」
 歌龍かりゅう感銘かんめいけた様子ようすで、うんうんとうなずいた。
 枢基すうきった。
「でも、ぼく心配しんぱいです。おかね食料しょくりょうしぼりとられて、普通ふつうくるしいかおをするはずのに、ここのみんなあかるく笑顔えがおで、それをアイツらはどうおもうでしょう」
 これに歌龍かりゅう苦笑にがわらいをかべてった。
流石さすがに、笑顔えがおきらうなんてことは……」
「そんな心優こころやさしいやつらなら、そもそもこんな暴挙ぼうきょなどやっていないです」
たしかに、舞林まいりんさんをうとましくおもい、なにかしらの危害きがいくわえるかもしれませんね」
「……最悪さいあくいのちさえもあやうい。……そうなるくらいなら、にいには、じっとしててしいです」
「それで枢基すうきさんは、舞林まいりんさんに否定的ひていてきなのですね」
ぼくは……みな笑顔えがおにしていく舞兄まいりんほこりにおもってる。……でも、幹兄みきにいうことも、かるから、手放てばなしでたたえられない」
 おも空気くうきがずんとのしかかっていた。枢基すうき萌右助もうすけ背中せなかまるめて、うつむいた。
 恵虹けいこうくちひらいた。
支配者しはいしゃおさ名前なまえって、かりますか」
 そのこえに、うつむいていた二人ふたりかおげた。
せい黒松くろまついみな慶子よしこあざな刃賀じんが名乗なのっていました」
 
 
 場所ばしょわって、福楽実ふくらみ最上階さいじょうかいにある、福楽実ふくらみじょう只今ただいま、このくに支配しはいするおうに、一人ひとり黒鬼くろおに青年せいねんたずねた。
「やあ、刃賀じんが殿どの調子ちょうしはどうだ?」
「……闇神様やみがみさま玉子たまごか、なにしにた?」
「ひどいくちだな。開口かいこう一発目いっぱつめがそれなら、友達ともだちなど到底とうてい出来できぬぞ」
吾輩わがはい童扱わらべあつかいするな」
「それで、調子ちょうしはどうだ? ここにまえ市街地しがいちったが、たみたちは幸福こうふくそうであった。其方そなたは、為政者いせいしゃなのだな」
「? そんなはずはない。やつらからは、かねもの鱈腹たらふくしぼっているんだ。幸福こうふくになどなるものか」
 これをいて、青年せいねんまるくした。
「まさか、らないのか?」
 これをいて、刃賀じんがまるくした。そして、側近そっきんつ、緑鬼みどりおに少女しょうじょ指示した。すると少女しょうじょは、しばらくじた。青年せいねんは、少女しょうじょをじっとた。
たしかに、たみみんな表情ひょうじょうは、あまりられません」
なんだと!? 何故なぜだ!?」
なん一芸いちげいだ? 自分じぶん支配下しはいかにあるたみかおらないで、何故なぜ玉座ぎょくざにどっぷりとかれる?」
五月蝿うるさい! 貴様きさまのような青二才あおにさいめたくちを!」
 青年せいねんあきれ、ためいきをついた。

悪魔あくまかがみ

十一頁

 青年せいねんは、自身じしんやみちからで、楕円形だえんけいくろいふちかがみした。

かがみかがみ、このくにたみさまうつせ】
「かしこまりました」
 かがみうつされたのは、陽気ようき笑顔えがおりまく白玉しらたまからだをした青年せいねんと、笑顔えがおかれくそのほかたみたち。
 みな笑顔えがお刃賀じんがは、眉間みけんにしわをせ、あからさまに不機嫌ふきげんかおになった。
何故なぜだ! 何故なぜ此奴こやつらはわらっている! 何故なぜ絶望ぜつぼうひしがれない!」
其方そなた最悪さいあくだな。そりゃあ、ふわふわのかれみな元気げんきけてるからだろう。素晴すばらしいやつだな」
 青年せいねん眼前がんぜんに、かたなさきてられた。あやしい気配けはいはなつ、奇妙きばつ黒刀こくとう
吾輩わがはいたいのは、塵共ごみども苦痛くつう絶望ぜつぼうちたかおなのだ。邪魔者じゃまもの排除はいじょするまでだ」
ぼく協力きょうりょくしよう。ぼく目標もくひょうは、かれのすぐとなりにいるからな」

「おつき食堂しょくどう開店かいてんです!」
 舞林まいりんさんたちが無事ぶじかいものからかえり、葉緒はおちゃんが昼食ちゅうしょく調理ちょうりかった。

「おたせしました! “お野菜やさいごろごろカリ煮込にこみ” です!」

 まえはこばれてたそれは、一般的いっぱんてきなカリ煮込にこみよりも、あかみがつよいものだった。トマトが一緒いっしょはいっているからだろう。
 ちなみに、これにかけるおこめも、けてべるパンもない。そんな贅沢ぜいたくかたができるほど、裕福ゆうふくではないゆえだ。そのわり、大雑把おおざっぱられたジャガイモやピーマンなどの野菜やさいがごろごろはいっている。
 みなは「いただきます」と合掌がっしょうし、レンゲでひとすくって、くちはこぶ。
 そして咀嚼そしゃくし、香辛こうしんかおりややわらかな酸味さんみかんじた。

美味おいしい!!』

 みんなそれぞれ、驚嘆きょうたん嬉嘆きたんえた舌鼓したつづみった。
 
「すごい! 本当ほんとう美味おいしいよ! リン!」
「ウンウン」
「なんだかこころがスッキリするよ〜」
 つい先程さきほどまで、かれた立場たちばかんがえがそれぞれっていた三人さんにんが、いまではもれなく笑顔えがおで、いみわせていた。これが葉緒はおちゃんの料理りょうりちから……。
 素敵すてきだな、と口元くちもとゆるめた。
「ん、どうしたんだ、恵虹けいこう?」
「いえ、なんでもないです」
「さすがは葉緒はおだな!」
 歌龍かりゅうさんにもめられて、満更まんざらでもない様子ようす葉緒はおちゃん。
 
 うつわたいらにすると、舞林まいりんさんはがった。
葉緒はおちゃん、これとっても美味おいしかったから、近所きんじょひとたちにお裾分すそわけしていい? リン!」
「いいですよ」

十二頁

「ありがとう! リン!」
 舞林まいりんさんはおれいうと、カリ煮込にこみのはいったおなべふたをして、両手りょうてった。
わたしも、同行どうこうしてもよろしいでしょうか?」
 わたし志願しがすると、舞林まいりんさんはうごきをめた。
「すみません。こういうのはぼく仕事しごとなので。……リン」
 そうって、舞林まいりんさんはすぐにいえした。

 舞林まいりんおとずれたのは、簡素かんそ小屋こや。だがそのまえには、二人ふたり黒鬼くろおに武士ぶしっていた。
 舞林まいりんは、小屋こや屋根やね着地ちゃくちした。

ねむりの空気くうき

 武士ぶしどもの意識いしきび、たおれるようにねむりにちた。
 そのすきいて、舞林まいりんり、小屋こやたたいた。
「はい」と返事へんじをして、でててきたのは、中年ちゅうねんあたりの黄鬼きおにおとこだ。おとこまえに、舞林まいりんはひざまずき、あたまれた。
「こんにちは、天伸てんしんさま本日ほんじつ清々すがすがしいれのでございますね。リン!」
 舞林まいりん挨拶あいさつさきつこのおとこは、かつて福楽実ふくらみくにおさめていたおう天伸てんしんである。
舞林まいりんか。また正面しょうめんから堂々どうどうと。監視せいしなんかにつかれば大変たいへんだ。なかはいりなさい」
失礼しつれいします! リン!」
 小屋こやはい舞林まいりん、その上空じょうくうには、一匹いっぴき蝙蝠こうもりまわっていた。

 
 小屋こやには、天伸てんしんとそのつまみね長男ちょうなん若大わかひろ長女ちょうじょ空姫そらひめ四人よにんらしていた。舞林まいりんは、この小屋こやにしょっちゅうるらしく、妻子さいしたちもよろこんでむかえた。
「おひるのお裾分すそわけ、カリ煮込にこみでございます! リン!」
 したなべ食卓しょくたくき、ふたけた。
「わざわざ、番人ばんにんねむらせてまで、我々われわれのために」
王家おうけ皆様みなさまは、このせま部屋へやに、四人よにんめられて、見張みはりもけられて、ながいことご不便ふべんらしをされて、わたしのことなど、皆様みなさまくらべればたいしたことではありません!」
 謙遜けんそんする舞林まいりんに、若大わかひろった。
こと多少たしょうはあれど、貴方あなたらしも大変たいへんなことにはわりないでしょう。それなのにもかかわらず、わたしたちのことをにかけてくれて、本当ほんとう感謝かんしゃしています。舞林まいりんさん」
 つづいて、空姫そらひめくちひらいた。
父上ちちうえ刃賀じんがたたかい、やぶれてしまっても、いのちまではられなかった。おしろから追放ついほうされ、ここに幽閉ゆうへいされてしまいましたが、四人よにんはなばなれになることにはならなかったこと、あなたがにかけてくれて、よく料理りょうりけてくれること、とてもうれしくて、わたし十分じゅうぶんしあわせです」
「でも、無理むりはいけないわ。貴方あなたをつけられたら、貴方あなたはもちろんのことおとうとたちにまで危険きけんおよぶかもしれない」
わたしたちのことはおになさらなくて、結構けっこうです」
 そうって舞林まいりんは、おなじくってきたうつわに、カリ煮込にこみをよそおった。
 
 四人よにんべているよこで、舞林まいりんは、恵虹けいこうたちのはなしをした。

 やがて、小屋こやそとから、なにやらこえこえてきた。あやしくおもった舞林まいりんは、けた。

十三頁

 するとそこには、二十人程にじゅうにんほど黒鬼くろおに兵士へいしどもがいた。みな陽気ようきみをかべ、べたにくつろいで、談笑だんしょうしている。
 舞林まいりん呆然あぜんとした。あまりに意味不明いみふめい光景こうけいだからな。舞林まいりんうしろから、そとのぞいた天伸てんしんが言った。
「これは、刃賀じんがとこのへいか。……なにをしてるんだ」
「さあ……」
 周囲しゅうい見渡みわた舞林まいりんは、になるものをつけたらしく、小屋こやからした。そのさきにあるのは、明度めいどひく紫色むらさき四角しかく頑丈がんじょうそうなおり。そのなかには、一匹いっぴき蝙蝠こうもりまわっていた。
「これは……蝙蝠こうもりか。一体いったいだれが?」
わたしがやりました」
 そうってあらわれたのは、わずもがな、恵虹けいこうだ。彩色さいしきつえにしている。
恵虹けいこうさん!」
 恵虹けいこうは、はじめて王家おうけ一家いっか丁寧ていねいにお辞儀じぎをした。
はじめまして、わたしせい石暮いしぐれいみなきょうあざな恵虹けいこうもうします。しがない旅人たびびとですが、お見知みしりおきを」
 そんな恵虹けいこうたいして、天伸てんしんった。
きみたちのことは、さっき舞林まいりんからいた。このくにおとずれててくれてありがとう。そして、このくに厄介やっかいごとにんでしまったようだな」
「いえ、おになさらないでください。わたしたましいいろであるむらさきは、ひとひととをつなぐごえんいろでございますゆえ、このりかかるどれもこれもが、むらさきみちびかれしごえんかまえる所存しょぞんです」
たましいいろ? ……まさか、きみ
 そのとき、ピカッとまぶしい一閃いっせんと、さわがしいさけごえがやってきた。
恵虹けいこう大変たいへん!」
埜良のらさん!」
 一閃いっせんぬしは、埜良のらである。埜良のらは、萌右助もうすけかついで、雷速らいそくでやってきた。このはやさにれていない萌右助もうすけは、まわしていた。だが、すぐにました。
舞兄まいにい!」
萌右もう!」
 萌右助もうすけは、舞林まいりんり、そのからだきつく——が、でっかい白玉しらたまはじかれた。
 そのにいたみなが、なんともえぬかおをした。
「ごめんよ、萌右もう
 舞林まいりんたま両端りょうたんさえ、シューとしぼませる。
「リン!」
しぼんだ!』
 そしてあらためて、舞林まいりん萌右助もうすけきしめた。
なにかあったの? みきは?」

みきにいが……えた」

 この一言ひとことに、舞林まいりんかおさおになった。

「そんな……」

 恵虹けいこう埜良のらたずねた。
葉緒はおちゃんと歌龍かりゅうさんは無事ぶじですか?」
「うん、られたのは、枢基すうきだけ。玉兎ぎょくともいるし、大丈夫だいじょうぶだよ」
「なら、よかったです」
「ところで、恵虹けいこう、こいつらはなに?」

十四頁

 埜良のらは、そこらで駄弁だべっている黒鬼くろおにどもをった。
「このくに支配者しはいしゃしたがえる兵士へいしたちのようです。小屋こやまえ突如とつじょあらわれて、予感よかんがしなかったので、黄色きいろちから陽気ようきにさせました」
陽気ようき?」
陽気ようき気分きぶんになれば、邪悪じゃあくなことなどしようとおもわないでしょう?」
からんよ?

『イェーイ! テメェらを拘束こうそくしてやるぜー!! イェイ! イェーイ!』

 みたいなやつがおるかもしれんし』
「それ、絶対ぜったいヤバいやつですよね……」
 ぜってぇ精神せいしんがやられてるな、そいつ。

 恵虹けいこう埜良のら些末さまつなやりとりをいた天伸てんしんは、恵虹けいこうちかづいてたずねた。
恵虹けいこう其方そなたもつちからはもしや、いろちからではないか?」
「そうです」
 恵虹けいこうはそうって、彩色さいしきつえし、あざやかなにじ弓形きゅうけいつくった。そのにいた全員ぜんいんにじくぎけになり、感嘆かんたんらした。

にじだ!』

「これが……色彩しきさい宇宙そらさまのおちからたとねがっても、簡単かんたんたまわることなどかなわない。それを其方そなたは、只者ただものではないな」
 恵虹けいこうは、まりわるそうなみをかべ、謙遜けんそんした。
わたしはしがない旅人たびびとですよ」

 すると、舞林まいりんがぴょんとそらがって、みち辿たどっていく。
舞兄まいにい、どこくの!?」
「ちょっと用事ようじ!」
用事ようじって……まさか……」
わたしもおともいたします!」
 恵虹わたしも、白雲丸しらくもまるって、そらがった。
埜良のらさんは、葉緒のらちゃんたちのところへっててください」
恵虹けいこう……」
白雲丸しらくもまる出発進行しゅっぱつしんこうです!」
「あいよっ!」
 その背中せなか埜良のらは、なにかをめたかおで、萌右助もうすけこえけた。
萌右助もうすけくよ!」
「うん!」
 埜良のらは、萌右助もうすけかかえ、雷速らいそくけた。

かぜ
 天伸てんしんは、とおざかる恵虹けいこうたちの方向ほうこうをかざし、かぜこした。

 舞林まいりん恵虹けいこうは、舞林まいりんたちのいえとおぎ、風樹ふうじゅみきかう。

「おたせしましたぁ。こちら、“海月籠くらげかご” でございまぁす!」

十五頁

 今度こんど籠女かごは、ぱちぱちはじけるようなわか雰囲気ふんいきっていた。
第十層だいじゅっそうけるかい?」
 舞林まいりんがそういうと、籠女かごめおどろ狼狽うろたえた。
第十層だいじゅっそうって……おしろですよ?」
ぼくらは、そこにようがあるんだ。大事だいじおとうとられてしまって……おねがい、ぼくらを十層じゅっそうはこんで!」
 必死ひっしたの舞林まいりんに、籠女かごめは「舞林まいりんくんのたのみなら、いいよ」と二人ふたりかごせた。
第十層だいじゅっそうまいりまぁす!」
 

 場所ばしょ福楽実ふくらみそら刃賀じんが
すわみぎ手前てまえには、おおきな鳥籠とりかごるされていた。そのなかには、先程さきほど部下ぶかつれれて黄鬼きおに青年せいねんが、手足てあし拘束こうそくされてはいっていた。かれ少々しょうしょうふるえながら、まわりのものたちをにらんでいた。
 そんなかれに、刃賀じんがあざけるようにった。
じつどくなものだ、貴様きさまは。あんな馬鹿者ばかものあにつせいで、こんなった。すべてはあの馬鹿ばかにくめ」
 するとかれうつむき、眉間みけんにしわをせ、いしばった。

いばらむち
 しろゆかから、さき鋭利えいりとげのついたふとつるやし、刃賀じんがほおねらう。
 
 しかし、その攻撃こうげきは、つる同様どうようふとながさのくろふさがれた。

 青年せいねんさけんだ。
にいなにわるいことしてねぇよ! 全部ぜんぶ、おまえのせいだろ!!」
 今度こんど刃賀じんが眉間みけんにしわをせた。
貴様きさまだれものもうしておる!!」
「おまえだよ! 黒松くろまつ刃賀じんが!!」
 堂々どうどうかれに、さらにおこった刃賀じんがは、こぶしにぎり、ちからいっぱい鳥籠とりかごなぐった。
 鬼人族とじんぞくもの霊人れいじんぞく五倍ごばいほどの筋力きんりょくつ。そのこぶしなぐられた鳥籠とりかごは、おおきくかたむき、おおきくれた。手足てあし拘束こうそくされ、つかまることもできない青年せいねんは、頑丈がんじょうおりひたいをぶつけた。
 いたみにもだえるかれに、刃賀じんがはなった。
「おまえもまた、あいつに馬鹿者ばかもののようだな。我輩わがはいおこらすような真似まねばかりしよって!!」
 刃賀じんがは、いかりのままにさけび、鳥籠とりかごなぐる。
にいは、なにわるいことなんてしてねぇよ!! くにみな笑顔えがおにする、勇敢ゆうかん英雄えいゆうだ!」

 そうだ、にい英雄えいゆうだ。こころなかでは、ほこらしくもおもっていた。でもこわかった。こいつにつかまって、ひどうんじゃないかって。最悪さいあくいのちられてしまうんじゃないかって。
 だから、表面上ひょうめんじょうでは、にい否定ひていした。にい邪魔じゃまばかりした。それでもにいあきらめなかったけど。
 本心ほんしんふさいで、大好だいすきなにい否定ひていつづけるのはくるしかった。
 それでもこうなってしまった以上いじょう、もうふさつづけるのはやめよう。

馬鹿ばかはおまえだ! ひとくるしめることしかのうがないのか! おまえのような蛮族ばんぞくはこのくににいらない、『福楽実ふくらみ』からけ!!」

十六頁

 何度なんど鳥籠とりかごらそうと、くっすることのない青年せいねんに、しびれをらした刃賀じんがは、こしげているちからいた。
「もうい、貴様きさま打首うちくびだ!」
 
「そこまでだ!!」

 おう正面しょうめんから堂々どうどう突入とつにゅうした舞林まいりん
みき! 大丈夫だいじょうぶか?」
「……あに
 そのとき枢基すうきはいっている鳥籠とりかごうえすべれて、おり枢基すうきしたちていく。しかし、ちたのはおりだけで、枢基すうき途中とちゅう落下らっかまった。まるで、だれかにひろわれたように。
 理解りかい不能ふのう状況じょうきょうに、枢基すうき動揺どうようせた。

みどりちから回復かいふくじゅつ

「このこえは……恵虹けいこうさん?」
 そう、透明化とうめいかした恵虹けいこうだ。だが、やつは、枢基すうきこえにはおうじなかった。そのまま、戸口とぐちかう。

 そのとききゅう部屋へやなか暗闇くらやみした。
昏冥くらやみ魔王まおう】 
 刃賀じんがは、暗闇くらやみなかかたなかまえ、舞林まいりんたちにかって突進とっしんする。

舞林まいりんさん、あぶない!」
 その一歩いっぽ手前てまえ頃合ころあいで、恵虹けいこう舞林まいりん警告けいこくする。

空気くうきかえし!!】
 舞林まいりん両手りょうてまえにかざした。すると、突進とっしんする刃賀じんがうごきがまった。

あおちょう
 恵虹けいこういろわざで、やつあたまやす。

 そして恵虹けいこうは、つきひかりで、暗闇くらやみあかるくらし、冷静れいせいになった刃賀じんがまえち、透明とうめい解除かいじょした。

其方そなた刃賀じんが殿どのだな?」
なんだ、貴様きさま
わたしは、せい石暮いしぐれいみなきょうあざな恵虹けいこうもうす。其方そなたいたいことがいくつもある」
まった最近さいきん若者わかものは、どいつもこいつも生意気なまいきくちばかりだ」
何故なぜ枢基すうきさんをさらった?」
「……我輩わがはい支配下しはいかにある塵共ごみどもわらわせて、あかるくするような、目障めざわりな馬鹿ばかへの天罰てんばつだ」
 刃賀じんがのこの一言ひとことに、舞林まいりんさけんだ。
「だから、なんみきつかまらなきゃいけないの!! 『福楽実ふくらみ』のみなわらわせたりしたのは、ぼくだ! みきじゃない! そもそもみきは、そんなぼくにいつも否定的ひていてきだった!」
「だから、おまえへのばつで、おとうとつかまったんだ! いつだって、馬鹿者ばかもののツケをはらわされるのは、その周囲しゅういものだとまっている!」
 舞林まいりん言葉ことばうしなった。

十七頁

戯言ざれごとくも大概たいがいにしなさい!」
 いかりが頂点ちょうてんたっし、かみあかくした恵虹けいこうはなつ。
元来がんらい舞林まいりんさんもなにわるいことはしていないでしょう。ひとよろこばせてなにわるい! むしばっせられるべきは、ひとからこううばい、くるしめてばかりの其方そなただ」
だまれ! 塵共ごみどもがのうのうとわらっているのをるのは、はらつだろう! だから、かねものしぼって明日あすえぬ状況じょうきょうにしたのに、何故なぜやつらはわらっている? ありないだろ?」
「……其方そなたは、ひとうえうつわにない。ひとおもう『じんこころ』をものに、本当ほんとうほまれな未来みらいなどやってこない。
 わたし貴方あなたに……」

「ちょっとまったあー!!」

 そうさけんでてきたのは、埜良のら。そのうしろには、葉緒はお歌龍かりゅう萌右助もうすけいている。萌右助もうすけは、あにたちのもとり、葉緒はお恵虹けいこうみぎち、歌龍かりゅうみなよりすこうしろにつ。
「み、みなさん!」
 埜良のらは、みなより一歩前いっぽまえて、刃賀じんがはなった。
「さっきの会話かいわいてたけど、アンタ、ひどすぎだよ!」
(ずっといてたのですね……)
「……だれだ、貴様きさまら」
「アタシらは、恵虹けいこう仲間なかまだ。やるなら四人よにん、みんなでだ。ねっ、恵虹けいこう
 目配めくばせをする埜良のらに、恵虹けいこうをそらした。
彼女かのじょとおりだ。一人ひとりだけでとうだなんて、あまりに無謀むぼう傲慢ごうまんなことにおもうぞ。一人ひとりみなためみな一人ひとりためにとな」
 そうってあらわれたのは、なんともあやしい黒鬼くろおにおとこだった。しりとどくまでにながびたやみ黒髪くろかみを、まえ二本にほんうしろに一本いっぽんみにまとめ、むらさきいろれられていた。
 前髪まえがみ恵虹けいこう同様どうよう分厚ぶあつく、まゆにかかるまでばしたそのうえから、山高帽子やまだかぼうしかぶっている。
 ころもにはうえはダンディなトンビコートを羽織はおっているが、したむらさきのスカートをいていた。
 おとこなのにはちがいないが、おんな見違みちがえてもおかしくはない。そんなわった風貌ふうぼうは、恵虹けいこうそのものだ。
 やつ姿すがたて、恵虹けいこう戸惑とまどいのかおになった。
「ここは、かれ四人よにんと、刃賀じんが殿どのふくんだ黒鬼くろおにがわ精鋭部隊せいえいぶたい四人よにんで、このくに命運めいうんをかけた三本勝負さんぼんしょうぶかないか?」
 刃賀じんが反発はんぱつした。
「ふざけるな! 勝手かってはなすすめるでない! だれがそんなものを……」
「おや? 其方そなたともあろうものが……こんな若人わこうどおくするほどの小心者しょうしんものだったのか?」
「アン?」とやつあおりにまんまとせられる刃賀じんが。「んだとコラー!」と埜良のら一緒いっしょおこっていた。恵虹けいこうがそれをなだめる。

 そのまま、みのやつ勝負しょうぶまりなどを設定せっていし、説明せつめいしていった。

 決戦けっせんとき明日あす場所ばしょは、風樹ふうじゅ第八層だいはっそうにある闘技場とうぎじょうくにけたたたかいとうだけあって結構けっこう大掛おおがかりだ。
 
 しかし此奴こやつ本当ほんとうみょうやつだ。
 途中、舞林まいりんたち三兄弟さんきょうだいしばげたかとおもえば、仕舞しまいには開放かいほうし、三人さんにんれてかれることはなかった。
 恵虹けいこうは、やつ背中せなかって、けた。

十八頁

其方そなたは、一体いったい何者なにものだ?」
 やつまって、かえる。
音虫おとむしでも、福楽実ふくらみ第一層だいいっそうでもかけた、あの蝙蝠こうもり其方そなただな? 音虫おとむしのあの騒動そうどうも、今回こんかいのことも、すべ其方そなた仕業しわざだな?」
 恵虹けいこう吐露とろに、まわりの面子めんつ衝撃しょうげきひろまった。
 たいしてやつは、おだやかに微笑ほほえんだ。
「どうしてそれがかるんだ?」
「……直感ちょっかん
「ほう、面白おもしろこたえだな」
「でもからない。其方そなたは……なんなのだ?」
ぼくぼくさ。きみたようなものだろ?」
 そうって、やつってった。
 
 
 結局けっきょくしろったみんなは、無事ぶじかえることができた。
 舞林まいりんさんたち三兄弟さんきょうだい自宅じたくへ、わたしたち旅草たびくさふねへとそれぞれもどる。

いてください。『さらば、人生じんせい』」
 明日あしたせまたたかいに悲観ひかんし、そもそもはなから尻込しりごんでいたという歌龍かりゅうさんが、帰還きかん早々そうそう琵琶びわ片手かたてかたる。
「もー、しけったいなー! 大丈夫だいじょうぶだって!」
 埜良のらさんに歌龍かりゅうさんは反論はんろんする。
なに大丈夫だいじょうぶだ!! アイツのってたこと、もうわすれたわけじゃねーよな!! 三回戦さんかいせんのうち、おれらは一回いっかいでもけたら、全員ぜんいんくびになるって! めちゃくちゃだよ、なんでおまえらはすんなりれてんだよ!」
「ごめんなさい、歌龍かりゅうさん。反論はんろんするひまあたえられませんでしたし」
けなきゃいいんだよ! 絶対ぜったいけんなって意味いみでしょ」
「アイツがそんなのいいヤツなわけねーだろ! かあちゃんたちをくるしめて、おれころそうとしたやつだぞ!」
 すると葉緒はおちゃんがわたしちかづいてきて、たずねた。
「あの事件じけんって、かれ張本人ちょうほんにんなんですか?」
「はっきりとこたえてはくれませんでしたが、おそらく、そうだと思います。それに、今回こんかい勝負しょうぶも、アイツの策略さくりゃくだったのだとおもいます」
「えっ? どうして?」
「……かりません、つかみどころがさすぎます。まるでうなぎ
うなぎって、つかみづらいですよね〜」
「そうそう、ヌルヌルしていて、すぐにげられてしまいます」
恵虹けいこうさん、うなぎつかんだことあるんですね ♪」
むかし、おまつりで……」
葉緒はお恵虹けいこうはなしがズレているぞ」
 いつのにか、うなぎはなしになってしまったのを、玉兎ぎょくとさま注意ちゅういした。

 いくつもの疑問ぎもんがふつふつとる。まるでシュワシュワとはじけるラムネのように。

 わたしは、わらず船縁ふなべりでくつろいでいるしきたずねた。


続き


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