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長編小説『くちびるリビドー』第3話/1.もしも求めることなく与えられたなら(3)

「私がウニみたいなギザギザの丸だとしたら、恒士朗は完璧な丸。すべすべで滑らかで、ゴムボールのように柔らかくて軽いの。どんな地面の上でもポンポン弾んで生きていけるし、水の上ではプカプカ浮くことだってできる。それに比べて私は、ところどころ穴だらけで、形も微妙に歪んでて、ギザギザの棘だって見かけだけで実際は簡単にポキっと折れちゃうし。そのくせ『きれいな水の中でしか生きられな~い!』とか言っちゃって、とことん自分が嫌になる」//この“満たされなさ”はどこから来て、どこへ向かっていくのだろう……。あの頃、私の頭の中は「セックス」と「母乳」でいっぱいだった。

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くちびるリビドー


湖臣かなた




〜 目  次 〜

1 もしも求めることなく与えられたなら
(1)→(6)

2 トンネルの先が白く光って見えるのは
(1)→(6)

3 まだ見ぬ景色の匂いを運ぶ風
(1)→(8)


1

もしも
求めることなく
与えられたなら


(3)


 空気中に拡散された夏の気配が、行き交う人々の解放感を刺激する――なんて思うのは、単なる心の投影か?
 ハガキの地図を頼りに歩く私はまるで時代遅れの迷子のようだったけれど、いちいち調べるのも面倒だったし、相手は今どき携帯電話を持たない主義を貫くような人物だったから、その場所を見つけ出し(訪れるのは開店祝いのとき以来だ)無事会うことができるのか、ちょっとしたゲーム感覚になっていたのだろう。
 ……確か、こんな感じの建物だった……と見上げる雑居ビル。
 その一角に掲げられた『Bulge(バルジ)』の看板を確認し、狭い階段を下りていく。入口に『OPEN‐18:00 / CLOSE‐25:00』の文字。時刻を確認すると、まだ十八時を過ぎたばかりだった。……まったく、勢いだけで来てしまった。耳を澄ませても、中の様子はうかがい知れない。
 私は今にも萎えそうなハートを「PULL」の上に乗せ、不自然なほどに重量感のある銀色の扉を力いっぱい引き寄せた。

 ――シャラルロン♪

「いらっしゃ~い! 宇宙の果て、冥王星の向こう側へようこそぉ♪」
 以前も衝撃を受けたはずの歓迎の言葉に、またも驚いて笑みがこぼれる。
 突入は成功したらしい。
 真夜中の空気を湛えた店内は記憶のとおり、その極端なほどの暗さと幾つもの間接照明が織りなすアンバランスな煌びやかさ(目が慣れるまではどうにも落ち着かず、間違った場所に足を踏み入れてしまったかのように心地が悪い)は思いのほか懐かしく、スポットライトを受けて鈍いシルバーの光を放っているカウンターの先へ笑顔を向けると、店主の一人が「ゆりあじゃない⁉︎」と目を丸くして声を上げた。
 少女マンガの主人公が恋してしまう少年のような、相変わらずの整った顔立ち。
 それなのに、今ではすっかりオネエ言葉。
「久しぶり。寧旺(ネオ)に会いたくなって来ちゃったよ!」と言いながら私は、華奢で背の高いほうの店主(なぜかパイナップルを手にしている)にピースサインで応えた。


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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆